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○あれからどれくらい時間が経ったか。
一日、二日、一時間か二時間か、三十分四十分、まさか十分ってことはない。
時計がないとはこんなに不便。
大声を出すのはもう止める。誰も来ない。部屋は調べ尽くした。何も変わりはしない。
眼が覚めた時の不安も、それから恐怖も今では薄れた。
こんな言葉がある。あらゆる恐怖に打ち勝つもの、それは知性である。
ありとあらゆる可能性を考えておく必要がある。
今から何が起こっても、僕は冷静に対処する。
これは夢。僕は夢を見てる。まだ僕は眠ってる訳だ。
ない。
そう、きっと、どうしてもこんなところに運び込んだ奴がいる。
電車に乗って何故か砂漠にいた理由を知る奴がいる。
どうやったかは、わからない。しかし、そうでなければこんな所にいるはずない。
なぜそんなことをしたのかはわからない。
が、そこには必ず理由があり目的があって、意味もある。そうでない訳がない。
そいつらは俺の眼の前に姿を現わすはずだ。そうでない訳がない。普通、そうだろう?
今もきっとどこからか見てる。監視してる。だってそうだろう?
通勤電車に乗って砂漠についた。瞬間移動か。俺にそんな能力があるのか。
瞬間移動させられた。誰に?陰謀か。瞬間移動だって?馬鹿バカしい。
誰かに電車で意識を奪われた。気付かなかったんだ。それで砂漠に放りこまれる。みんなで俺を探してる。
妻の美津子も子どもの良太も両親も友人も会社の人たちも。
それともみんなでだましてる。国家的ないやもっとグローバルな、宇宙人が、そんな陰謀。
俺は正気か?他にどんな可能性が?砂漠にいたのが冗談だって?砂漠じゃなかったのか?
ここへ来たのも冗談。今こうやって書いてるのも冗談。誰がそんなこと俺に言ってくれるんだ?
こうなった記憶を、もしかして忘れてるのかもしれない。するとどうなる?
電車に乗って、その後、忘れて。砂漠で起きて、そのあと忘れて。
この部屋でまた思い出して、その前を忘れてる。意味がわからない。
どうしてこんな所にとじこめられたままなのか理解できない。
それでも俺の身に何かが起こったことは確かなことだ。誰かに怨まれてる?ここまで手の込んだ事をされる程、
怨まれるか?何かにまきこまれたのか?じゃあ、何に?ありえない。
とてつもない秘密を機密を知ってしまったのか?俺の知らない間に。バカバカしい。映画に出てる気か。
仮にあったとして今から洗脳でも始める気か?この俺に?
とにかく何があったとしても、そろそろ誰か目の前に出てくるはず。
もうすぐ強面の奴らが、不気味な宗教集団が、異国の武装集団、変装した宇宙人どもが俺をおどす。
もう少しほんのすぐ、もう直ぐ少し。もうちょっと。だって、普通、そうだろう?
だが誰も来ない。一体どれだけ待つのか。
普通って、何だ?誰か他にこんなめに会った奴がいるのか。
いない。聞いたことない。テレビや映画や本の読みすぎか。ドラマの影響か。
それ以外に比べるものがないじゃないか。タイムマシンにでも乗った?乗ったのは電車。
一体全体、何がどうなってる?
○もう限界。これ以上はない。
無理。限界。他に何がある?どんな可能性がある?
どれもこれも可能性なんて言える代物ではない。どうすりゃいいんだ?
今、何時?ここは、何処?僕は誰?
俺は俺だ。
おい、お前ら、ふざけるな。早く顔出せ。見てるんだろう?
とっとと出て来い、いらつく。ほんまにいらつく。
いつまで待たせる気だ?何を考えてる?先ずは出て来い。
○こんなふうに書くから、嘘くさくなる。文字にするから実感が遠のく。
ほんとうが消える。誰かに説明しなきゃならないはめになってしまう。
俺の身に起きたこと。
そうなんだからそうなんだ。俺がそう思うからそうなんだ。
そう感じるからそうで、そうに決まってるからそう決まるんだ。
だから、今がわからない。
これは、夢だ。理屈に合わないことが多すぎる。
夢なんだ。早く起きなきゃいけない。どうやったら起きれる?誰か起してくれるのか?
いらいらする。冷静になんてなれるか。
どれだけ待てばいい?ずっとこのままならどうなる?どう理解する?
御飯は?トイレは?もっともっと大事なことがある。
ほんとうに、どうなる?