峯崎 葵という女
別作品、「なんか政府公認でネトゲすることになったんだが」もよろしくお願いします。5月15日現在、小説家になろう勝手にランキング内、「冒険」ジャンルにて第11位です。
その女子生徒は峯崎 葵と名乗り、一人で語りだした。
「彼女、白雪 亜莉沙という女は、それはもう極悪非道を体現させたような人格で、少し隙を見せたらーー」
なんかめんどくさそうだったので、放置して帰ることにした。すたすた。
「ーーそんなわけでわたくしはあの女と犬猿の仲にーーって、聞いていたのですか? さっきから相づちの一つも打たないでーーっていないんですの!? ・・・・・・なんという・・・・・・あの女に関わる女にロクな人間はいないんですの!?」
「いや、別に聞いてない訳じゃないんですよ?」
「っ!?」
俺がちょっとコンビニによって買い物をして、会計を済ませて出てきたところで丁度葵が通るところだった。
俺がいない、ときょろきょろしているところにコンビニの入り口から声をかけると驚いたようで、びくっ、と肩を震わせてから俺の方を向き、指をさして言い放った。
「貴方、人が話しているのを放っておいて買い物だなんて、礼節をわきまえていらっしゃらないんですの?」
「いや、一応ファミるって言いましたけど・・・・・・」
小声でな。
「っ、むぬぬぬぬ・・・・・・屁理屈を・・・・・・」
「いや、なんかすいません。でもまあ俺急いでるんで。それじゃ」
そう言って素早く横を通り抜けようとすると、
「ちょっ、お待ちなさいっ!」
葵が素早く半身を俺の進行方向に割り込ませてきて、俺の身体は急にブレーキをかけることが出来ず、どんっ。
俺の身体と葵の身体がぶつかって、俺が葵を道路に押し倒す形になってしまった。
「~~~~っ!!」
いくら住宅街に近く人通りがそこまで多くない場所だったとはいえ人が完全にいなかったわけではなく、
「きゃーーっ!?」
脇を通り過ぎようとした若いお姉さんが悲鳴を上げ、
「なんだなんだ?」
それにつられて周りの大人たちが集まってきて、
「いや、あの、その、別に、ねえ? やましいことをしているわけじゃないって言うと語弊になるんだけどもやましいことをしようとしてしたわけじゃいっていうか、まあしたかったのかしたくなかったのかって言われたらそりゃまあこんな美少女相手に欲情しないっていう方がおかしいわけで、あれなんだろうもの凄い言葉のチョイスを間違った感が拭えないんだけど、いや待って下さいお兄さんおもむろにスマホ取り出さないで、決して怪しいものではあああごめんなさいーー!!」
衆人環視の中で土下座したのは初めてでした。
やだなにこれ癖になりそう。
いやならねーよ。
そんな一連の動作の最中、葵はと言えば端正な顔を赤面させて俯いて人差し指の先をくるくると回転させて、ばっ、と唐突に顔を上げたかと思えばおもむろに、
「せ、せ責任を取っていただきますわっ!!」
「・・・・・・はい?」
「責任を取っていただくと言ったのです!! こんなに多くの人の前で辱めを受けるなんて、どう責任を取って下さるのですか!? ・・・・・・もうお嫁に行けないですわ・・・・・・・」
・・・・・・似たような台詞をついさっきも聞いたな。俺ってばそんなに罪作りな男なんだろうか? 自覚はないが。
「すいません、すいませんでした!! ・・・・・・なので責任云々の話はなかったことに・・・・・・」
「出来ませんわ!!」
「ですよねー」
このまま話していても埒が開かなさそうなので、その後も何度か謝罪を繰り返してからダッシュで逃げた。
「入学早々なんでこんな目に・・・・・・はあ」
俺の高校生活、重要な歯車とか核とかが数百単位で抜けている気がする。
「ラノベの主人公かよ・・・・・・って、それは流石にないか」
独り言を呟きながら今度こそきちんと帰路に着いて、数分ほど歩いた後に家に帰り着いた。
「今日一日の密度が濃すぎだろ・・・・・・」
ベッドの上で寝転がっているうちに寝てしまっていたらしく、目が覚めると枕元の時計は深夜2時を指していた。
「くっそ、腹減った・・・・・・」
呻きながらリビングにいくと、食卓の上にラップをかけられたカレーがあった。すぐそばにメモ。
”カレー。チンして食べて。妹”
「相変わらず素っ気ないな・・・・・・我が妹よ」
我が家は現在俺と妹、丙 亜紀の二人暮らしである。
両親は二人が二人共放浪癖持ちであり、一年中ふらふらしては時折家に帰ってきては生活費と言って数百万円を現金で置いていくのだ。
世の中金が全てとは言うが、もう少し親子の愛情とかそういうものはないんだろうか。ないんだろう。おそらく。
まあ虐待を受けている、というわけでもないんだし(そもそも家にいないからな)、二人とも実は大企業のトップ層らしいので才能とかはあるんだろう。
ちなみに両親はともに一芸高校出身。
反面教師というか、ああはなりたくないな、とは思う。
両親がそんなだっただけに、俺は幼い頃から家事をこなして妹の世話をして・・・・・・と働いていたのだが、いつしか妹がその家事の役割を担うようになって今に至る。
昔は妹も俺に懐いていたのだが、最近は反抗期なのか俺に冷たく当たるようになった。ちなみに現在妹は中学三年生。
「まあせっかく作ってくれたんだし、食うか」
そういって皿をレンジに入れ、チンする。
「・・・・・・普通に美味いな」
うん、本当に美味しい。不味いわけがない。だってほら、
レ・ト・ル・ト・だ・し
「うん、レトルトだな。どこからどう見ても」
残念なことに、俺の妹は家事はよくやるが料理だけは上手くならなかったのだ。俺も毎日何ともいえない食事を食べている。
「レトルトで悪かったわね」
「っ!? ・・・・・・ってなんだ、まだ寝てなかったのか」
「なんだとはなによお兄ちゃん。せっかく可愛い妹が兄の感想を聞きたくてずっと起きて待ってたっていうのに」
「いや、絶対たまたま起きてきただけだろ」
「え? うん、もちろん」
「だと思ったよ・・・・・・」
さっきのカレーについていたメモを見ればわかるように、彼女の本質的なところにあるのは非常に事務的な性格である。普段はそれを巧妙な演技で隠すから以外と彼女のことを明るいムードメーカーだと誤解している人も多い。
全く厄介な性格だが、こう育ってしまったのは両親のネグレクトの他に俺の育てかたに間違いがあったという可能性を否定しがたいのがなんとも辛いところである。ましてやこの妹、家では俺のことを蹴ったりとやりたい放題なのである。
「まあ、美味しいよ。ありがとう」
一応素直に礼を言うと、
「っ、なんだよ・・・・・・そういう不意打ちは反則だろっ」
なにやら小声で呟いていた。
「ん? 反則? なにがだ?」
「うるさいお兄ちゃんのばか!! 聞こえなくていいの!!」
よく聞こえなかったので聞きなおすと、その台詞と共に足蹴にされた。
「まったく・・・・・・よしよし」
いつまで経っても反抗期が抜けない妹の頭を撫でてやる。
「っだから!! そういうのが反則なんだってば!!」
再び、今度は少し強めに向こうずねを蹴られた。
「おう・・・・・・そこはかの弁慶さんも泣くと話題の・・・・・・」
「お兄ちゃんなんて一生泣いてればいいのに。それでアタシに頼ればいいのに」
例によって後半部分はよく聞き取れなかった。まあいいか。
「ほら、もう三時も近いぞ。早く寝た寝た」
「はいはい」
そう言って亜紀を自分の部屋に追いやり、俺自身も皿を洗って歯を磨いて急いで寝た。
翌日。
「・・・・・・」
普段の起床時刻は大体朝六時。そこから軽くストレッチをして、メールチェックでもしている間に亜紀が起きてきて、朝食を作るのを手伝おうとして断られる、というのが俺の日課だった。普段の就寝は夜十一時ほど。普段の就寝は夜十一時ほど。大事なことだから二回言った。
昨日の就寝は俺も、おそらく亜紀も夜三時過ぎ。
一度目、目覚ましで起きた記憶はあった。
いつも通りなら布団から出るのもそこまで苦ではないのだが、いかんせん普段と生活リズムが変わるとそうはいかない。
「あと五分・・・・・・」
寝ぼけまなこにそう呟いて再び夢の世界へ旅出った俺を次に出迎えたのは、壁に掛かった丸い円盤の上で、短いのが八過ぎを、長いのが五過ぎを示している、という現実だった。
「ヘイ、ボブ、ジョークがブラック過ぎるぜ・・・・・・」
そう言いながら開いたスマホが示すは八時二十七分。
「遅刻ルートじゃねえか!? 亜紀!!」
ベッドから文字通り飛び降り、隣の部屋の亜紀に壁ドンする。
我が妹様は、なんだかんだ言って俺が起きてこない時は起こしに来てくれるのである。それがなかったということはつまり、そういうことだ。
「えええ!! 八時半じゃん!!」
壁ドンの甲斐もあってか亜紀も目を覚ましたらしく、がさがさと音がし始める。
ばんっ!! 隣の部屋のドアが開いたような音がしたので、俺もドアを開ける。
「お兄ちゃん、今日は朝ご飯なしで学校行って!!」
「ああ、わかったよ。でも完全に抜きってのは身体に悪いから、野菜ジュースだけ飲んでけ」
「はいはい」
そう言って亜紀は扉を閉めた。
「って、俺も全然時間ないし・・・・・・」
慌てると人間誰しも普段は難なく出来ることが出来なくなるもので、五分で終わる支度に八分ほど掛けてしまった。
「急がないと!!」
冷蔵庫から出したベジタブルライフをコップに注ぐのももどかしく滝飲みで済ませ、ダッシュで家を出る。
「亜紀!! 俺は先行くからな!!」
はいはい!! と返事を確認するや否や、俺は玄関を飛び出した。
この時間帯、一芸高校の生徒なら誰しも遅刻寸前なわけで、皆ダッシュである。
「T字路っ!! っさすがに向こうから飛び出してくるってのはないだろうなあ!!」
人がいないことに賭けて全力でカーブを曲がる。
案の定そこには誰もいなかったが、Tの文字の逆サイドから黒塗りの高級車が迫っているのに俺は気が付かなかった。
キィィィィィイイッ!! と、けたたましい音とゴムの焦げる臭いをまき散らして車が停まる。
「これは・・・・・・いわゆるヤーー」
「運のいいことに、この車は裏家業の方々のものではないのですわよ。感謝することですわ、送って差し上げましょう」
後部座席のドアから出てきたのは、昨日の峯崎 葵だった。
「峯崎先輩・・・・・・。すいません、ご好意に甘えさせていただきます」
「昨日はよくも途中で逃げてくださったわね? それなりのお礼をさせていただきますわ」
「・・・・・・やっぱり自分で走ります」
「ちょっと、お待ちなさい!! 冗談ですわ。・・・・・・というか、今から走ってももう間に合わないと思いますわよ? 遠慮せずに乗りなさい。・・・・・・藤、いいですわよね?」
藤、と呼ばれた運転席の女性が振り向く。
「ええ、お嬢様の唯一の男友達の方なのでしょう? どうぞお乗りください」
「べっ、別に唯一というわけではあったりなかったり・・・・・・ごにょごにょ」
「時間があまりないので、お早めにお乗りになってくださると助かります」
「あ、ああ、すいません」
そう言って葵に続いて車に乗り込む。
「峯崎先輩ってやっぱり、あの峯崎コーポレーションの峯崎さんのご親類の方なんですか?」
「ええ、そうですわ。代表取締役の峯崎 京一郎はわたくしの父です」
「直系の方だったんですか・・・・・・!!」
窓の外の景色が過ぎ去るのを横目に、葵と藤さんに話しかける。
「えっと・・・・・・そちらの運転席の方は・・・・・・?」
「藤ですか? 藤は、わたくしの専属家政婦のようなものですわ。幼い頃から両親に変わって世話をしていただいているのですわ」
葵の紹介を受けて、前を向いたまま藤さんが自己紹介をする。
「藤 香澄と申します。いつもお嬢様がお世話になっています」
「いえいえ、そんな、こちらこそ」
「ああ、そう言えば知り合ったのはつい昨日のことなんですよね。昨晩はそれはもう、わたくしにもついに男友達が出来たんですわー、とお嬢様が大変騒がしかったのですよ」
「さ、騒がしいとはなんですの!? 別にそんなにはしゃいでなどおりませんでしたわ!! わたくしはただ粛々と事実を述べていただけですわ!!」
「粛々wwよく言いますわww」
「っ!?」
お淑やかで上品そうだった藤さんの口からネットスラングのようなものが聞こえた気がしたのだが、気のせいだろうか? 気のせいだろう、気のせいに違いない。
俺が一人で納得していると、横から葵が説明してきた。
「・・・・・・藤は、仕事を任せれば一番なのですけれど、ネット中毒レベルも一番なのですわ」
気のせいじゃなかった、だと・・・・・・!?
そんな会話をしている間に車は一芸高校の裏門から、駐車場に入った。
「すいません、ありがとうございます。助かりました」
「いえいえ、これからもお嬢様(笑)をよろしくお願いしますね」
「そこ、(笑)が口に出てますわよ」
「お嬢様(苦笑)」
「苦笑じゃないですわ!!」
「あの・・・・・・もう時間ですよ?」
俺が横から一言入れると、葵も藤さんも気付いたようで、藤さんは別れの挨拶もそこそこに車に乗り込んで帰っていった。
「じゃあ、峯崎先輩、ここで」
「峯崎先輩などと、堅苦しく呼ばないでくださらない? あなたは昨日の責任を取ってわたくしと・・・・・・」
「わあーーっ!? ちょ、こんな人通りの多いところで言わないでください!! そして責任も取りませんから!!」
俺の台詞の選択がまずかったのか、
「責任・・・・・・」
「結婚・・・・・・」
「一夏の思い出・・・・・・」
「若かりし日の過ち・・・・・・」
「おい後半っ!?」
などの言葉が周囲で交わされていた。
「ち、違いますからね!? あ、もう時間だそれじゃあ!!」
とりあえずダッシュで逃げた。
時間だったのは本当。
口実を求めていたのも本当。
なにはともあれ、俺は担任とほぼ同着で教室にたどり着いたのだった。
これくらいのペースでいいんですかね……?
本日分投下します。