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グツグツと胃の辺りで煮えたぎる複雑な感情たちに翻弄されながら私は走った。
ふと気がつけば、いつの間にか自室に帰ってベッドの上にうずくまり、身体を布団で覆い隠していた。
今の私の姿は他の誰にも見て欲しくなかったのだ……。
「うっ……うぅっ……ぇん」
涙は抑えるまでもなく自然と瞳から零れ落ちた。泣き声を家族に聞かれないよう、枕に顔を押し当てる。押し殺した声が夜の虫の音に混じって虚空へと消えて行った。
大好きだったあの人。いつか私が彼の隣に立つんだと子供心に私は思っていた。
想いを伝え、気持ちを重ね合わせ、甘い時間を過ごす。そんな夢のような毎日を密かに想像していた。
でも、現実は彼の隣には私じゃない素敵な女性が立っていた。私よりも年が上で、身体も大きく、そのうえ綺麗な女の人。まだ、未発達で貧相な私とは大違いだ。
枕から顔を離し、ベッドに腰掛け自分の身体を見回す。
「こんなのじゃ、全然ダメだよ。もっと大人にならないと……」
そう呟いてから気づく。その、『大人』になるためにはいったいどれほどの時間がかかるのか。少なくとも一日や二日では変わりはしない。今彼の隣に立つ女性のように、すぐにはなれないのだと悟ると、ますます気分は落ち込んだ。
「どうせなら、好きだって言えばよかった……」
既になんの意味もない後悔を私は口に出し、再びベッド上で横になった。
泣き疲れた私をを慰めるように、柔らかい布団が身体を包んだ。
そして、私はいつの間にか心地よい眠りにつくのだった……。
その日を境に私は彼の姿を追わないように努めた。胸に刺さった棘のような痛みはまだ癒えなくて、ポタリ、ポタリと血を流していたけれど、友達と過ごす楽しい日々によってどうにか痛みを我慢することができた。
ただ、やはり好きな人の話が会話の中ででた時はいつにも増して胸が痛んだ。
そうしているうちに少しずつ季節は流れて行った。
秋には、肌寒くなった互いの手を温め合うために手をつなぐ二人の姿に目を背けた。
冬には、腕を組み、顔を赤くしながら距離を縮め合う二人を友達と一緒に見ることになった。
春には、綺麗に咲き誇った桜を公園のベンチに座ってゆったりと眺める二人を、犬の散歩のため外にでて見つけた。
夏には、かつての自分のように彼の隣に立ち、開け放ったシャツについて注意をする女性と、注意をされて渋々ボタンをしめる彼の姿が通学中に目に入った。
時間が経つにつれ、胸の痛みは更に増した。見たくないのに見えてしまうことが嫌で、私は何も考えないことにした。
そして私は中学生に、彼は高校生になった。