~03昼休み
四時限が終わり、昼休みになると、スピーカーから音楽が流れ始めた。クラスの三分の一が一斉に一階の購買部に走り出し、残りの半分は、食堂があるホール棟へ歩き出した。この時期の購買部や、食堂は新メニューが出るので、人気が高く、生徒が多くて、かなり混雑する。残りの弁当組は、ゆっくりと自分の包みを広げている。
ほとんど寝ていたが、疲れが取れず、ボンヤリしていると、購買部から戻って来た聖が、此方に来る。
「新作のサンドイッチと〜カツサンド買えたよ〜よかった〜」
そう言いながら、友一の机に、俺の机を並べて座る。
「あれ〜まだエリスちゃん来てないの〜」
「ああ、今日は、茜と一緒に来るから、遅れてるんじゃないか?」
「えっ? 茜も来るの〜?」
聖は露骨に嫌な顔をする。聖の火鷲神社と、茜の氷馬神社は、この奥水学園都市の二大神社で昔から仲が悪い。学園の大通りを挟んで、西側の市街地と住宅街に火鷲神社、東側の商店街に氷馬神社がある為、正月の参拝数で競争したり、自分の神社の方が、御利益があると言い争う。奉られているのも火と氷で正反対なので、中等部で同じクラスになった時に、俺と友一が二人の仲裁係になり、大変な目にあった。
「新婚さんだからな。春休みに、春美さんから、料理習って、今日から弁当なんだって、姫サン言ってた。」
「もぉ〜春美おばさん、余計な事するなよ〜。でも〜おばさん、料理美味いもんね〜」
「ああ、そろそろ来るだろうから、旦那を起こすか?」
「こんな事なら、結婚にもっと、反対するんだったよ〜」
「何処の花婿の父だ……友一、昼だぞ! 起きろ!」
そう言って、隣の新婚さん、氷馬友一を揺する。多少ダルそうに、身体を起こすと、欠伸をしながら背伸びをする。
「ハアァ〜ッ。やっと一限目終わったかー。」
「もう昼だ。阿呆。」
「よくそんなに寝られるね〜」
「ナニッ! 何で、起こしてくれねぇんだよ! パン売り切れちまうだろ! 今日は義母さん、弁当無しなんだよ!」
「えっ? 知ら…ナフ、ゴフゴ…」
慌てて聖の口を塞ぐ、どうやら、茜が弁当持って来るのは秘密だったらしい。春美さん、サプライズ系大好きだからなぁ…そんな事を考えていると、教室に入ってくる、二人の生徒が、視界に入る。その内の一人、栗色の髪をポニーテールにしている生徒が、弁当箱を胸に抱え、こちらを見て、笑顔で友一を呼ぶ。
「あなた〜ゴハンよ〜」
「……………………」
「「……………ブフッ!!」」
友一は眼を見開き、俺と聖は、友一に背を向け、笑いを堪えるのに必死だった。普段はサバサバして、男勝りな茜の豹変……いや、猫変に……コレがデレなのか?
友一ですら、何が起きたか理解していない。そんな俺達を、気にも止めず、茜は、近くの椅子を持って、友一の隣に座って弁当箱を広げる。
そしてもう一人、綺麗な銀髪の生徒、[銀拳]エリス・アープも、椅子を持って、俺の隣に座り、購買部で買った紙袋を置く。
「何、買って来たんだ?姫サン」
「…アンパン。ラーパン無かったから」
どうやら、隣クラスなのに遅かったのは、購買部に寄っていたから、らしい。因みにラーパンとは、ラーメンパンの事で、円形のパンに、麺と焼豚、ゆで卵、海苔とメンマが乗っている焼きそばパンの亜種だ。俺も鞄から、弁当を取り出し。未だに動かない友一に、声を掛ける。
「早く喰おうぜ、旦那様」
「そうだよ〜あ・な・た〜ブフッ」
「…いただきます。あなた」
「キャッ!ヤダ〜ほら、友一。ア〜ン」
「〜〜〜〜〜クッ」
四者四様の挨拶をして、俺達は昼食を食べ始めた。
二人の、[初めてのお弁当]イベントは、終始、茜のリードに友一が、押され、一品づつ食べる事に、感想を聞かれ、その度に茜は、嬉しそうに笑う。それを見た友一は、赤面して何も言えず、ひたすら食べ続けた。
そして今、茜は、食後の林檎を剥いている。床では、友一の弁当を摘まみ食いしようとした聖が、茜に殴られて腹を抑え、白眼を剥いていた。時折、「楓さん、お花畑綺麗だよ〜」なんて言っている。無事に帰ってこい。
そして、エリスはアンパンを食べながら、嬉しそうに茜を見ている。
「姫サンも、ああいうの憧れる?」
試しに聞いてみると、エリスはアンパンを見つめ、此方に差し出す。
「…ア〜ン」
友一が、「お前も食らえ」と目で訴え、床では聖が「リア充死ね」と呟き、笑顔の茜に踏みつけられている。エリスはアンパンを差し出しながら、小首を傾げると、肩に掛かる銀髪が、サラリと流れる。
「〜〜〜〜〜クッ」
少し前の友一と、同じ反応をして、アンパンに噛じりつくと、エリスの柔らかな笑顔が、視界を埋める。
(クソッ、これ、反則だよ……)
今は只、アンパンを咀嚼して周りの温い視線に耐えるしかなかった……
「クソッ〜! 俺だって楓さんと、ア〜ンしてもらうよ〜」
昼食を終えた俺達に、聖が叫ぶ。
「火鷲神社、御利益無いから無理でしょー」
「うるせ〜茜! 神社は関係ないよ〜」
「あら? 氷馬神社なら、縁結びも完璧よ。参拝しに来たら?」
(また始まったか……止めるのも面倒だし、放っておくか……昨日の事も姫サンに聞いて無いしな。昼休み終わりそうだし、放課後に聞いてみるか……)
そう考えていると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。