~02午前
「ーーーであるからして、 西暦2022年、日本は高齢化と出産率の低下により人口が激減ました。政府はこの事態を打開すべく、新たな法案を提出たんですね。
[チャイルド3法]、これは、結婚した女性が、特別な事情が無い限り三名以上子供を出産する事を義務付けた法律です。そして子供達の教育費は、全て国が負担します。これは人材育成も兼ねています。
[婚姻を男女十五歳とする法改正]
こちらはチャイルド3法の促進の意味合いが強いですが、やはり人口の減少が大きな要因になっていますね。
[学業者労働基準法]こちらも労働力不足を解消するためですね。
しかし人口は増加したが、治安悪化。世界情勢も悪化、政府は2035年に、国民に自衛のため武器の所持を認める[武装法]を制定しました。
皆さんも経験したと思いますが、学園の業務棟にある[武装発現システム]に満6歳から、年二回アクセスして一定量の資質や、経験で武装発現され、皆さんの所持している武器が出来上がるのです。
一般的には、一人に一つの武装ですが、複数の発現も確認されていますね。
何か質問は、有りますか? 無ければ次回はテキストの30ページ、[業務法令]についてです。それではまた明日」
(……今のは確か、近代日本史の田中先生だったから、三時限目か? ………二時間半位寝たのか?)
ゆっくりと頭を上げて周囲を見ると、友一はまだ寝ていたが、聖がこっちに近づいてくる。
「志緒〜。ずいぶん寝てたね〜友一はまだ寝てるけど〜」
「明け方まで、仕事だったからな。眠くて眠くて」
「大変だったね〜夏っちと、防災課の娘が話してるの聞いたんだよ〜怪我人はいなかったから、よかったよね〜」
「ああ、市街地の方だったからな、聖の神社からも見えたか?」
「林が邪魔で見えなかった〜でも弟は、野次馬しに行って〜川原の方に走って行く変なヤツ見たって言ってたよ〜」
「変な奴か……後で聞いてみるか? サンキュー聖」
聖に礼を言って、次の授業の準備をする。何せ、SSSが相手だから情報は多い方がいい。午前最後の授業を聞きながら、夜の事件を思い出していた。
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昨日は学園から帰宅後に、家の裏にあるお袋の縫製店のバイトをして、深夜に店を閉めた後、家のリビングで、妹と遅い夕食後のお茶を飲んでいた時に、携帯が鳴りだした。
「兄貴、狩りにいくの?」
捕縛課からの着信音は特殊なので、妹に覚えられていた。僅かに不安を見せる表情に笑顔で応え、電話に出る。
『もしもし、蟹ですけど』
捕縛課のメンバーは本名を呼ばず、闘法や武装の形状で呼ぶのが決まりらしい。個人に対する安全対策と言っていたが、大抵のメンバーは武装大会上位者なので、素性はバレている。
『蟹か? 市街地西の名津通りでCクラス二十匹が暴れとる! 大至急行ってほしいんよ! それと、未確認だけどS一匹や。銀拳と鉄巫女が先行してる。ヨロシクな!』
『了解です。今から向かいます。』
電話を切り、部屋で服を着替え鳶色の袖がカットされたコートを羽織り、ベルトに長剣と短剣を装備していると、妹がドアに寄り掛かり、何かを差し出している。
「兄貴、デジカメ持って行って!」
疑問を感じながら、受け取ったデジカメから、視線を妹へ向けると、物凄いスピードで土下座しやがった!
「お兄様!銀拳サンの御写真撮って来てください!!お願いいたちましゅ!!」
普段ではあり得ない程の必死な願い。慣れない言葉遣いで、噛んでいる……
(そういえば、初めて家に連れて来た時、腰抜かして、生まれたての小鹿だったからな……新学期早々中等部では、ファンクラブが作られていたし……)
「分かったから、土下座は止めてくれ」
「お兄様っ! 有難うごさいます!」
「……気持ち悪いから、お兄様も止めてくれ」
ベルトのケースにデジカメをしまい、土下座中の妹に送られ、家を出る………
もう、帰りたい……夜の商店街を走りながら、そう思った。
商店街を走り抜け、大通りを横断して、市街地に入る。塀や屋根を走ってショートカットしたが、名津通りに着くには、あと五分程係る。ポケットから通信機を取り出し、耳に装着する。通信範囲が二Kmだから、そろそろ誰かと通信可能なはずだ。
『こちら蟹、名津通りまで、五分。情報ヨロシク』
『……こっ、こちら鉄巫女。現在、名津通りをき…っ、北に移動中です。銀拳は、西ビル付近で交戦中です。』
『西ビルなら、二分で着く。』
『おっ、お願いします。私は四分係ります。為るべく一ヶ所に集中させて下さい。』
『了解。』
進路を西北に変更して。西ビルを目指す。この地域の建物は、密集していて高さも二階建てが多く、とても走り易い。ビル付近の通りはちょっとしたスペースが在るから、狩場には適している。姫サンなら、恐らく其処にいるはずだ。
目的地に着き、屋根から見下ろすと、二十数人の人影に、円形状に囲まれた姿を見つけた。妹に写真頼まれてたから、とりあえず三枚ほど、写真を撮る。
デジカメ越しに見える立ち姿は、美しく、身体はやや細身、ロングブーツに赤色チェックのミニスカート、ピュアホワイトの袖無しブラウスと、瞳と同じワインレッドのネクタイ、そして、自分と同じ│鳶色の袖無しコートを羽織っている。
何より、目を奪われるのは、彼女の肩に掛かる、繊細で、とても綺麗な銀髪と、髪の色と同じ色をした、肘まである小手だった。恐らくグローブの一種だろうが、その威力は凄まじく、前に居た中央学園では、ナンバー2だったそうだ。
『銀拳、一人で大丈夫だったか?』
『……問題無い』
『それじゃあ、背後は気にしないで、前に進め。』
『……了解』
彼女は、両腕を胸の高さまで構え、左足を引き腰を落とす。見据える先には、黒髪にリクルートスーツの新入社員みたいな男が、ベルトに小太刀を下げている。恐らくあれが、Sクラスなのだろう。
『銀拳、あのサラリーマンがSクラスか?』
『…あれは、SSS。中央学園から追っている賞金首。[死角]』
『シングルじゃねぇのか!……トリプル? 一緒にやるか?』
『…アレは私の獲物』
そう告げると、男に向かって飛び込んで行く。
透かさず周りのCクラス達が、前を塞ごうと立ちはだかる。屋根から飛び降り、その前に着地しながら、背中の長剣を抜いて、立ち上がる。
「俺に構わず、先に行け」
死亡フラグみたいな台詞を、言ってしまった……そんな事を考えていると、俺の肩を足場に包囲を飛び越え、死角に向かって行った。
「…ありがと、蟹」
肩から踏み出す瞬間に、囁いた銀拳を見上げた視線を、Cクラス達に移しながら思う。
「……白か…今度新しいの作ってやるか?」
『……蟹さん、何が白なのです?』
『鉄巫女っ!?』
突然の冷たい声に吃驚する。
『つっ、通信は装着時から、フルオープンですから、気を付けて下さいね?』
『……りょっ、了解』
『んっ、んっ。……では、狩りのスタートです。私は、後方三十mに設置にします。捕縛ポイントは現在地から後方五m、有効範囲は、半径五mです。その中に可能な限り集めて下さい。』
「了解。それじゃ、始めるぞ」
右手の長剣を斜め上段に構え、左手は短剣を肩に水平に構え、狭まる包囲を見据え、左右にゆっくり動き出し、ポイントまで誘導する。その間にもCクラスは、包囲を狭めながら、剣や槍で攻撃してくる。長剣で流し、短剣で弾く。身体を捻り矛を逸らし、ポイントまで誘導すると、一気に包囲を抜けて、外側に回り込み、外周にいるCクラス達を全て、内側へ弾き飛ばす。
『いいぞ! 鉄巫女!』
鉄巫女の右側には、祈りを捧げる女性の描かれた、ニm程の細長い台形の箱が見える。
『りょっ、了解。アイアンメイディン、解放二番。鉄鎖牢!』
彼女が叫ぶと、箱が縦に開き、中から無数の鎖が飛び出し、Cクラス達を縛り上げる。足元には、頭から足首まで、鎖に巻き付かれた、二十数匹の黒エビフライが転がっていた。
「流石だね。あとは、任せていい?」
エビフライを数えていた鉄巫女に言うと、「おっ、お任せください」と、元気な返事が返って来たので、ビルの方へ走りだした。
ビルの周囲は、アスファルトが割れたり、火災が起きたりして人が集まり出してきたが、銀拳の姿が見当たらない。通信機を使おうと、ビルを見上げた視線の先に人影が見えた。
屋上では、死角の姿は見えず、銀拳の姿しかなかった。
夜明けの光に照らされる彼女は幻想的で、触れれば壊れてしまいそうだった。
ポケットからカメラを取り出し、写真に収めた。
「また、逃げられたみたいだな?」
からかう様に、声を掛ける。励ます様に、次は、きっと捕まえられる様に…………………今度は二人で必ず…………………
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四時限終了のチャイムが鳴り響いた。