秀吉にかわりまして、光秀がお送りいたします
「ここで待っておれ」
信長はそう言って客人の待つ部屋に入っていった。最近、信長に取り入ろうとする輩が増えてきているのだ。
ああ寒い。縁側で待つ光秀は体を震わせていた。これは雪でも降るんじゃないか。そう思わせるほどの寒さだった。
十分くらいして、ふと光秀は信長の草履を眺めた。手に取ってみると、もうすっかり冷たくなってしまっている。これはまずい、と光秀は思った。会談が終わり、信長様がこの草履をはいたら足が冷えてしまう。信長様にそんな思いをさせるわけにはいかない。
光秀は草履を懐に入れた。しわがよらないように、丁寧に。そしてなるべく体を小さくした。ダンゴムシのように丸くなり、信長が帰ってくるのを待った。
しばらくして、会話の声が途切れたかと思うと、なにやら浮かない顔の信長が出てきた。
「信長様、草履を」
光秀は草履を石段の上に置き、はきやすいように整えた。
「うむ」信長は少し疲れたのか、けだるそうな声だった。光秀は信長の苦労をねぎらった。
しかし、草履をはいた瞬間、信長の目の色が変わった。
「貴様ァ!ワシの草履を尻に敷いていたな!?」
鬼のような形相だった。
「め、めっそうもございません!信長様の草履を尻に敷くなど!」声が震えた。
「何を言うか!この寒空の下、こんなにあたたかいはずないではないか!」
「誤解です信長様!私は、信長様のおみ足が冷えないよう、草履を懐に入れておったのです!」
最大限に腰を低くし、頭をこすりつけんばかりに土下座した。
顔を上げると、なんだか信長の顔がほころんでいるように見えた。
「ほう」信長は嬉しそうに言った。
「やはりお前は優秀だ」
それからというもの、信長は大名たちに会うたびに光秀のことを話した。
「明智光秀という男がの」
光秀は嬉しかった。そして思った。
「そうか!信長様は、あたたかくすると喜んでくれるんだ!」
後に、光秀が本能寺に火をかけるのはまた別のお話。