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フラッディファイア  作者: 氷鴉 刹
1 Desire:狂気に囚われし青年
1/10

第1話 「業火に沈む白亜」

 業火の中、ゆらりと揺れる陽炎(かげろい)が一つ。

全身を紅に染めた青年が、炎を背にして目の前に広がる惨状を前に、呆然と立ち尽くしていた。

長く伸びた金糸から覗く、紫水晶のような深い紫の目は見開かれ、映したくもない現実をその水面に映し出していた。

 屍が真白い石畳を埋めつくし、深紅に染めていく。だらだらと、傷口から止めどなく流れる血が青年に訴えかける。

――もう手遅れなのだと。

 青年は静かに、地面に転がっていた血染めのダガーナイフを拾い上げた。そして、ゆらりと歩き出す。踏み出すたびに軋む体にも構わず、彼は突き動かされるように歩き続けた。

 記憶の彼方、見覚えのある影を探して焔の中を只只(ただただ)さ迷う。

傷付いたその紫水晶――両眼――は曇り、燃え上がる火炎を映して爛々と輝いていた。


―Desire 1


 最後の楽園(エデン)と称された美しき白亜の港町は、今や紅蓮の業火に包まれて、塵芥に帰さんとしていた。硝煙の臭いと容赦なく吹き付ける熱風に、男はその精悍な(かんばせ)をくしゃりとしかめた。

「よくもまあ、ここまで()れるもんだな……」

 ため息混じりに、男は独りごちる。そして、白い石畳に重なるようにして倒れている亡骸の近くに屈み込むと、目を閉じて短い祈りを口にした。その終わり際に、燃え上がる紅の空を映していた虚ろな水面(みなも)にさっと手をかざして、永久の安らぎ(すくい)を与える。

 二、三人、それが済んだところで、背後から足音が近付いてきた。

振り返るとそこには、目付きの鋭い、細身で長身の男の姿があった。

「偵察は終わったのか、ツヴァイ」

「ああ。(ゴミ)ばかりであった」

「そうか。今日も生存者は(ゼロ)、か」

 祈りを捧げる男は、悲痛な面持ちで呟いた。

そして、再度、屍の方を向き、眼を閉じ祈った。

そんな男の姿を、(ツヴァイ)は冷ややかな眼でこちらを見下ろしていた。

「相変わらず愚かしいな、ベイオネット。それで、贖罪のつもりか」

 男は、からからと笑った。

その笑みは、見る者を凍りつかせる不気味なものであった。

口は三日月の如く細長く切れ込み、切れ長の眼をさらに細めて、やけに秀麗な眉は釣り上げられていた。

彼は表情はそのままに、苦悶の表情を浮かべたまま力尽きた屍を横目に、鼻唄まじりにナイフを弄んでいた。

「可哀想に」

 彼は態とらしくそう言うと、屍の傍らに屈み込み、亡骸の顔に手をかざした。

そして、ベイオネットが閉ざした目蓋を抉じ開けて、現れた絶望に沈んだままの虚な水面を見、嘲笑った。

「見ろ。祈ったところで救われるのは、お前の心だけだ、ベイオネット。それでもまだ、善人振るつもりか」

 男のただでさえ細い目はさらに細められ、三日月のように切り裂かれた口は、ぽっかりと空いた(うろ)の如く、深い闇を湛えていた。

乱暴に纏められた艶のない長い黒髪は、熱風を受けて靡いている。

――その姿は、まさに死神の様。

男は、不気味なまでに廃墟がよく似合っていた。

「それとも、憐憫(れんびん)の情でも湧いたか?」

 ザリ……と、地を踏みしめて男は立ち上がる。

もうその顔に、笑みは無かった。

「弱いから死んだ。戦いから眼を背けたから死んだ。全て、自業自得だ」

 絶望に沈んだ屍を見下ろす眼差しは果てしなく冷たい。

それは、絶え間なく吹き続けている熱風すら凍らせてしまうほどの冷たさであった。

「そんなことは、お前が一番分かっているだろう?」

 ツヴァイがそう締め括ると、祈る男が立ち上がった。

「ああ……分かってるさ」

 しかし、返答の声はあまりに小さく、情けないものであった。

「問題無ぇ」

「ならばさっさと眼を覚ますがいい。お前の居場所はこの甘美なる戦場だけだ」

 間髪入れずに、ツヴァイは捲し立てた。

「それとも、過去に未練たらたらか?」

 止めとばかりに頼りない背中に突き刺せば、ベイオネットは振り返り叫んだ。

「それは、無ぇ! ただ……ただ、習慣が抜けてくれないだけだ」

 言葉は次第にしりすぼみとなり、消えた。

「ふん、それはそれはお可哀想に」

「だから、これが済むまで待っててくれないか?」

 ベイオネットは、離れられなかった。

これが、ツヴァイの言う通り、自分を救っているだけだとしても、だ。

「塵のために悠長に祈っている暇など無い。諦めろ」

 ベイオネットの懇願も虚しく、ツヴァイの返答は、やはり冷たいものだった。

「どうしても駄目か?」

 しかし、ベイオネットはめげなかった。

「頼む。お前が戦うことをやめられないのと同じで、俺は祈るのをやめられないんだ、どうしても」

 その眼には強い意志が宿っていた。

何を言おうとも曲がらぬ、強いものだ。

ツヴァイは、ついに根負けし、言った。

「……仕方あるまい。とっとと済ませろ」

 面倒だと言わんばかりに眉を寄せて、ツヴァイは吐き捨てるように許した。

「サンキュ、ツヴァイ」

 うっすらと疲れきった笑みを浮かべて、ベイオネットはまた、屍の元へと歩み寄っていった。

その背を目で追うことなく、ツヴァイはあたりの観察を始めた。

まずは今まで己が通ってきた道を見返し、そこから次第に、町の中央部の方へと視線を移す。

そして、彼は町の外れへと向かう街路を視界に捉えた瞬間、眉を寄せた。

(戦っている……?)

 焔の揺らめきではない、もっとキレがある小さな黒い影が、ちょこまかと動いてるのが遠目ながらに見えた。

(しかし、あまりに静かすぎる)

 銃声の一つも聞こえてはこない。

今、ツヴァイの耳に届くのは、焔の吠え声と、ベイオネットの足音と祈りの言葉だけであった。

 取り敢えず、ツヴァイはそちらの道へ向かった。

屍は相変わらず道を埋めつくし、言葉にし難い猛烈な臭いを発している。

また、時間が経ち、血液凝固作用を失ったそれらから流れ出た血は白い石畳を染め上げている。

その中に、足跡は隠れるようにして残されていた。そしてそれは、あの影へと続いている。

「“神”の祝福か?」

 肩に担いでいた、長距離用の銃を地に下ろし、持ち直す。

そして、銃口を影へと向け、照準を合わせれば、影は一人の青年へと姿を変えた。

(それとも、死“神”の戯れか)

 男は、醜悪な笑みを浮かべて、そっと安全装置に手をかけた。

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