叙述トリック考
「小説を書く上で、文法や表現方法、登場人物やそのものの物語性など、重要なものを上げれば切りがないが、エッセンスとしてのトリックも外せないな」
文芸部の部室。窓際の席で偉そうに椅子に腰かけて嶋田は言った。
「ふむ。トリックか。次の作品はミステリーかな」
僕は携帯電話から目を離さずに言う。
「トリックと聞いてすぐに推理物を思い浮かべるのは少々短絡的だ。別に密室や替え玉だけがトリックではないよ。叙述トリックというトリックもある」
「叙述トリック……」
「叙述トリックというのは、推理物における犯人が他の登場人物にしかける隠蔽工作としてのトリックとは本質的に意味が異なる。言うなれば、作者が読者に対してしかける表現方法としてのトリックだ」
「たとえば?」
「読者側の先入観を逆手に取る必要がある。今、トリックと聞いてすぐに推理物が出てきたのも先入観の一つだ。細かい説明は後の機会に譲るとして、そうだな。一人称が『ワシ』で老人言葉を喋る人物が登場したとする。地の文で他に分かる事は小柄な女性である事だけだ」
僕は「ふむ」と一息ついて考える。
「それだけなら老女と思いこむ可能性があるな。真実は八歳の愛くるしい少女かもしれないのに」
「現代の文芸において、八歳の少女に対して地の文で『小柄な女性である』とだけ紹介する場合は少ないだろう。ストレートに『愛くるしい美少女だ』と紹介してくるだろうな」
「しかし、読者に誤ったイメージを持たせないだろうか?」
嶋田は頷く。
「そこが狙いだ。地の文で開陳する情報をあえて抑えたり、重要な要素を書かなかったり、本来なら不必要な文を書いたり、描写を不明瞭にぼかして読者を間違った方向に誘導するんだ。一人称で語られるスタイルの小説なら、犯人は実は語り部本人だったり、推理物ではなくても実は性別が逆でした、というパターンもある。他にも嘘を本当だと思い込んでいる場合もな」
「でも、それは読者が書かれている事が全て真実であると盲目的に思い込む事が前提になっていないか」
「推理物ならば、読者に開示する情報に制限をかける事はアンフェアであると非難されるかもしれないな。ミスリード程度なら可愛げがあるが、読者様を騙すとはけしからん、という訳だ。しかし、おかしな話だよ。推理物にあって読者は別に語り部や探偵役と一緒に犯人探しをする必要なんてないのに」
「ミステリーファンが聞いたら怒られそうだ」
と、部室の鍵を持った後輩がやってきた。
「あれ? 嶋田先輩何やってるんです?」
僕は『部室の外』にいた。部室には鍵がかかっていて入れなかったのだ。
廊下の『窓際』に勝手に椅子を置いていた嶋田は答える。
「なに、叙述トリックについて『一人』で少し考えていてね」
「?」
後輩は怪訝顔。
「分からないかな?」
僕――嶋田は『文芸部の部室』前の廊下『窓際』に勝手に置いた『椅子に偉そうに腰かけて』『携帯電話から目を離さずに』言った。
「本当は『一人』しかいないのに、まるで『二人』の人間が喋っているかのような『小説』を『叙述トリック』を使って書こうと思ったんだよ」
おわり
書いたのは09年ごろでしょうか。小技に頼って強引に押し通した作品です。
小技しかないです。
コンセプトは「実験的なものを」。
自分で書いておいて相当ひねくれてるなあ、という印象があります。
やはり無理があったかな、と。
賛否両論どころか否しか出てこない気もしますが、(実際の反応は苦笑いでしたが)伝えたいと思ったのは、当時大学文芸サークルの後輩たちに
『こういう小技が存在する事』と『こういうのも言い張れば、まあ、作品になる』
という事。
そんで、多用するとエライ目にあうという事ですね。




