第一話 分け前(一)
古い水車小屋の屋根には、割れた瓦が四十七枚ある。
数えたから知っている。──二回も。二回目を数えたのは、ウメおばさんが「大げさだよヨウタ、そんなにあるもんかい」と言ったからだ。確かめていない断言の値打ちは、空気とぴったり同じである。
四十七枚。昨日と同じ。
僕の名は帝陽太。十二歳。ものを数えるのが仕事だ。瓦、鶏、銅貨、嘘。──とりわけ、嘘を。道楽じゃない。一度数え始めたら、もう止まらないのだ。誰かに壁の染みを指さされたら、二度と見ないふりができなくなるのと同じことだ。世界は「合わない勘定」であふれている。そして、どういうわけか──この理由はまだ帳面に書き込めていないのだが──この谷でそれを気に病むのは、僕ひとりらしい。
ようこそ、元村へ。人口、二百十二人。「わしは明日死ぬ」と三年言い続けて、誰よりも朝飯を食う治郎じいさんも数に入れて、である。家屋、五十一軒。牛、十四頭。谷の出口、一つ。山あいを這い上がって、ここの子どもが誰ひとり見たことのない世界へと消えていく、一本の土の道だ。
山、──多すぎる。緑に黒く、四方をぐるりと囲んで、秋には銅の色に染まる森をかぶっている。きれいだとは思う。たぶん。だがこの山々こそ、実りの季節の元村で、村じゅうが片目を開けて眠るはめになる元凶でもある。
なぜなら、あの森には牙が棲んでいるからだ。
猪を思い浮かべてほしい。それを仔牛ほどの大きさにして、鎌のような牙を二本生やし、鼻は猟犬より利いて、山の中腹から熟れた実の匂いを嗅ぎつける。──それが牙だ。悪者ではない。僕の知る限りは。ただ腹が減っているだけだ。そして、食わなかったぶんは踏み潰していく。浮かれた牙にとって「畑を食うこと」と「畑の上で踊ること」の区別はないからだ。畑の側から見れば、結果はまったく同じである。
元村の暮らしは、まるごとこの勘定の上に載っている。──蒔いたもの、引く、牙が下りてきて持っていくもの、イコール、僕らの食うもの。答えが余ることは、まずない。
こんな話をするのは、この物語が本当に始まったあの日、その勘定が狂いかけていたからだ。そしてあの日の夕方、村の共有栗林で、僕の帳面のどの勘定にも載っていなかったことを、一つ学んだからだ。
いや、「学んだ」は正しくないかもしれない。正しくは──先が見えて、声に出して言って、そして誰ひとり、聞いちゃいなかった。
いつも通り、というやつだ。
◆ ◆ ◆
「子どもたちー! こーどーもーたちー!」ウメおばさんが栗林のへりで、カラスでも追い払うみたいに両腕を振り回していた。「おいでおいで、仕事だよ、お駄賃も出るよ!」
仕事と駄賃。この二つの言葉が並んで聞こえることは、元村では年に一度もない。ここでは物事は物で払う。あんたがうちの柵を直す、わたしは卵をあげる。刈り入れを手伝ってくれたら、チーズを二つ取っておく。本物の金、金属の銭というやつは、たいてい通り過ぎていくだけの客なのだ。
だがあの日は違った。だから、疑うのが商売の僕まで、みんなと一緒に駆け出した。
理由には名前があった。──芦屋の買付人。年に一度、初栗のあとに谷へ上ってくる商人で、袋ひとつにつき、チャリンと鳴る本物の銅貨で払っていく。到着は明日の夜明け。そして共有栗林は、たわわだった。当たり年だったのだ。枝は重さにしなり、地面は茶色いイガの絨毯になっていた。
「買付人さんは明日、夜明けとともに来なさる」全員が前に揃うと──七つから十三までの子どもが十二人、嵐のあとの鳥の巣より髪がぼさぼさだ──ウメおばさんは説明した。「今夜のうちに詰めて縛った袋は、ぜんぶ売れる。地面に残ったぶんは……」おばさんは顎で山々を指した。それで十分だった。熟れた栗が一晩じゅう地面に転がり、風が匂いを山へ運ぶ。あんな招待状を、牙が見逃すはずがない。
「で、駄賃は?」と健太。一番の年長で、だから最初に口をきくのは自分の役目だと思っている。
「ひとり頭、銅貨三枚」ウメおばさんはゆっくりと、味わうように言い、僕らの顔を見て耳まで裂けそうな笑顔になった。「買付人さんのお金からね。今朝、寄り合いで決まったんだよ」
銅貨三枚。ぴんとこない人のために言っておくと──銅貨一枚で、皮のパリッと鳴る上等のパンが一つ買える。三枚あれば……三枚あれば、元村の子どもはまるまる一週間、金持ちである。
十二人の子どもが一斉に叫ぶと、だいたい火のついた鶏小屋みたいな音がする。僕は叫ばなかった。僕はもう、数え始めていた。
栗林の広さ、長さおよそ二百歩、幅八十歩。石垣ぎわに積んである空袋、三十。残りの日照、五時間、空が保てば五時間半。使える手、二十四本──つまり十二組、質はまったくもってバラバラ。
「木の列ごとに分かれて」と僕は言った。「めいめい自分の袋を詰めて、名前の印をつける。それなら間に合う。ぎりぎりだけど、間に合う」
「それか、競争にしようぜ!」と誰かが言った。
「組に分かれよう!」
「村の上と下で勝負だ!」
「組にしたら、大きいのが小さいのを背負いこんで、誰が何をやったか分からなくなる」と僕は言った。もちろん、誰も聞いていなかった。組対抗のほうがずっと楽しそうに聞こえたからだ。本当に組を作り始めるところだった。僕が喉を潰すまで言い争うはめになっていただろう。──僕のすぐ横で、茨のひっかき傷だらけの小さな手が、すっと挙がらなかったなら。
「あたし、ヨウタくんの案がいいと思う!」とカットが言った。「そしたら、自分がどれだけ集めたか自分で見えるもん。誇らしいでしょ? ね?」
そしてカットが言うことには、誰も「いや」と言えないのだ。なにしろ、まるでこっちが子犬の命でも救ったかのような顔で笑いかけてくるのだから。「まあねえ」「そうかあ」というつぶやきがひとしきり流れて、列が作られた。
物心ついたときから、世界はこういう仕組みで回っている。僕が正しいことを言う。世界はあくびをする。カットが同じ正しいことを、あの声にくるんで繰り返す。世界は言う──「なんて名案!」。昔は腹を立てた。いまは帳面に書きつけるだけだ。雨やしもやけと同じ、自然現象の一つとして。
語里。十一歳、僕の一つ下。用水路ぞいの畑の、花田さんちの娘だ。みんなはカットと呼ぶ。母親のお下がりの色あせたリボンで髪を結んで、ポケットが六つある前掛けをしている。六つとも、いつも満杯だ。麻ひも、パンのかけら、くるみが三つ、「悲しい人がいたとき用」のきれいな石、松葉、それから本人も忘れているが、その日のうちに必ず、必要としている誰かの手に渡ることになる何か。カットは物をあげるのではない。カットはあふれるのだ。春の用水路が畑にあふれるように。そばにいた者は、みんな潤う。
僕らは歩けるようになる前からの友達だ。嘘を朝飯前に数える人間が、生まれてこのかた嘘を一つも見抜いたことのない人間と、どうして離れられなくなるのか──訊かないでほしい。この勘定は合わない。世界は合わない勘定であふれていると言っただろう。これは、僕が「検算しない」と決めた、ただ一つの勘定である。
スペインから初投稿です。日本の物語に育てられた恩返しに、この作品を書きました。よろしくお願いします!




