紳士協定!~俺たちのクライシス・モメント2~
こんにちは。こちらのページを開いていただきありがとうございます。
こちらは『半目勝負!~俺たちのクライシス・モメント~』の続編のような短編になります。
さらりとした恋愛要素入りの短編ですが、アホな子たちの恋愛話なのでロマンティックさは一切ありません。
状況説明も多めに入れてありますので、この短編だけでも問題なく読めると思いますが、よろしければ前作の六人が登場するので、そちら『半目勝負』もお暇な時にお読みいただけたら嬉しいです。
ついに、ついにこの日が来た。
女子校のお姉さまたちとのクリスマスカラオケ。
もうこれにかけるしかないんだ俺は。
◇◇◇◇◇
年上のお姉さんたちとのクリスマスカラオケの少し前のこと。
俺の友人・烈の妹分のエリカちゃんが残念そうにこう言っていたらしい。つらい。
―――『なんか透くんにはちょっとガッカリした。熱い感じがなかったんだもん』
文化祭前に起こった寄付金盗難冤罪事件の時の俺の態度に、男としての覇気が感じられず、ヤンキー1号(雄士)とヤンキー2号(燐)に比べると理不尽なことに対する怒りとか、友を守りたいと思う熱い男の友情とか、そういう何かこう、胸が滾るような、友達を思う優しい思いが迸るような、そういう男気?―漢と書いてオトコと読むような熱き感じ?そういう何かが全くみられなかったってことらしい。
これをわざわざ俺に言ってきた悪魔のような烈に俺は聞いた。
「――じゃあ慶次は?あいつも意外と冷静な感じだっただろ?言ってることは一番エグいけど、あいつらみたいに雄叫びを上げて最終的にクソ野郎にビンタかましたわけじゃないだろ?だから慶次もやっぱり、俺と同じような感じに見られたのか?エリカちゃんに」
烈は気の毒な子を見るような目で俺をみたよ。
でも口元はなんかニヤついてんだか緩んでんだか分らんけど、ぷるぷる震えててさ、でも必死にそれをこらえて引き締めるみたいに唇を内側に丸め込んで、俺を見つめて言ったよ。
おれの動揺がそんなに面白いのかこいつは?
「あ――、慶次ね。いやあ慶次のことはベタ褒めだった。ほら、慶次が言っただろ?はっきりと。『咲太郎は絶対に金を盗んでなんかいない、断言できる』って。あれを聞いてエリカはもう慶次に心酔したってよ。なんて、男らしいんだろうって」
マジ?そりゃないよエリカちゃん!
俺だってあの時似たようなことを言おうとしてたのに、慶次に先をこされただけだっての!
愕然とする俺に烈が更にこう言うんだ。この悪魔め。
「なんかエリカが言うにはさ、あの時『河島ァ』とか『おい河島!』とかすごんでた雄士と燐の姿を見て、ああ男子ってこんなふうに友達を思って叫ぶんだ、なんか感動する、とか思ったんだってさ。あの子も全くしょうがない子だよな」
「えっ?――ってことはさ、咲太郎は身内だしあの時は当事者だったからともかくとして……なに?俺だけがガッカリされたの?エリカちゃんに?」
聞くのもつらいけど俺は聞いたんだ烈に。はっきりこう聞いた。
そしたらもはや大魔王の烈が言いずらそうに言ってきた。
―――「いやあ、まあなんというか、そういうこと?なのか?」
後ろで哀れみの目を向けてきた奴らが四人。
透の大往生だと言いやがった。
エリカちゃんが中三くらいになったら結構マジで付き合いたいと思ってたってのに。
性格も良くって、ほんとにかわいいなと思ってた女の子にこれを言われたら、もう〇ぬだろう?
確かに俺は他の奴らみたいに発狂も絶叫もしなかったしさ、その時ものすごく落ち込んでいた友人・咲太郎のそばに引っ付いて、万が一、奴が変な気を起こしたりしないようにと思って見張り役みたいなことをやってたよ?
別に頼まれてたわけじゃないけど、落ち込んだ時に人間って本当に変なことをフッと考えることがあるじゃないか、だからあの時はまるでカノジョみたいに咲太郎にくっついていたんだぜ?
これだって立派な役回りだったと思うんだ。それなのにどうしてこんなことになったのか……
つらすぎてほんとに大往生かもしれない俺。
あの事件の後、結果としてものすごくいいことになって、俺ら六人の学校生活はかなり落ち着いてきたもんで、もうあの時のことは思い出話みたいになって、よくあれこれ話したりするんだけど、テストも終わって気が抜けていた俺たちは、最近は特に好きなタイプの女子の話ばかりしてたんだ。
ことの発端は燐だ。
燐が証言しに来てくれた東高の女子生徒が超タイプだとか言い出して、あの時の御礼もかねてクリスマスカラオケに誘いたいとか言ってきた時に、烈がちょっと待てと言ったんだ。
もし燐の他に、あのお姉さんを気に入ってる奴がいたらマズいと。
奴が言うにはこうだ。
―――「いいか?もし燐のお目当てのお姉さんとカラオケの時にみんなで話をしているうちに、彼女が……そうだな、仮に慶次を好きになったとする。それで、慶次もまた同じ気持ちになったとしよう。その場合、俺たちの間にちょっとした波風がたってしまうだろ?しょうがないことだけど」
うんうん、と俺たちは頷いた。
―――「そうなると、慶次はきっと自分の気持ちを押し殺すだろうし、燐のほうは慶次のために二人の後押しをしようとするだろきっと」
さらに俺たちは、うんうんうん。
―――「で、慶次が遠慮したり、それを見た燐がきまずくなったりとか、あんまりいいようにならなくなる可能性がある。よくこういうのあるじゃないか、ドラマとかでもさ」
うんうん確かに、と俺たち。
―――「だから最初から決めておくのはどうだ?まずはフラットでいくんだと」
フラットとはなんぞや?俺たちは無言で先を促した。
―――「つまり、まだあのお姉さんとは一度しか会ってない間柄だってことを念頭に置くんだ。実際会ってみて俺たちは彼女を全く好きにならないかもしれない。例えばさ、話してみたところ燐はなんかイメージと違うって思ってあの人に魅力を感じないかもしれない。反対に、雄士や慶次は逆にお姉さんを気にいるかもしれないしさ、その時何が起こるかわからない。だからフラットに……心を落ち着けてありのままで接してみてさ、その場でいけそうだと思ったらガンガンいけばいいんだよ。本人じゃない奴のほうが状況を見極められるってこともある。なんかこいつらイイ感じになりそうだとか、似合ってるとか、そんな風に思ったらうまく取り持ってやることもできる。だからいったん『俺あの人のこと好きになりそう』みたいな思い込みを捨ててこう、ってこと」
烈がこう言うと俺たち皆がこうだ。
おおおおおおおぉぉ!なるほど!
んで、今まさに恋愛脳の燐が言う。
「だな。確かに俺らってまだお姉さんに一度しか会ってねぇし、時々メールするだけじゃわからねぇもんな。よし俺は烈に賛成。あのお姉さんを狙ってくのは変わらないけど、惚れたっていう先入観なしで会うことにするぜ」
このヤンキー2号め!単純などアホめ。
そんなのんきなこと言ってるうちに、俺たちの誰かにいい役どころを持ってかれたらどうすんだ?
俺みたいに……
でも、なんでまた俺だけ嫌われたんだろう?
あの時、慶次だってそれほど『ザ・漢』って感じにはなってなかったよな?
いいところでガツンと言える強い男って雰囲気が滲み出ていたのか?
まあ確かに、慶次はガッチリしてて筋肉質だし、そういう体格が好みなのかな?
女の子ってわからないよな、エリカちゃん……前は優しい人が好きって言ってたのに。
女子校に入ってまわりに男子がいなくなって、逆に荒っぽい男がいいとか思ったのか?
筋トレでもやろうかな。
ムカつくことになんか今日は烈がやけにごきげんなんだよな。
一体なにがおかしいっていうんだよこの野郎!さっきからずっとヘラヘラ笑いやがって!
俺の顔見るたびに気の毒そうな顔して吹き出すんだから!
覚えてろよ、そのうちぎゃふんと言わせてやるぜ。
◇◇◇◇◇
そう。今日はお姉さまたちとのクリスマスカラオケの日―――
女子との初めてのカラオケはいつもよく行くカラオケボックスの特別ルーム。
なんと店長さんのご厚意で、つい先日改装されたばかりの新しい『Aルーム』のほうを借りることができたんだ。
―――『盗難事件の時に君たちみんなが頑張ったお祝いにちょうどいい。キャンセルが出たから使っていいよ。普通料金でいいからね』だって!
これほんとにキャンセルがでたからなのかな?
予約入れたのは普通の部屋だったけど、わざわざ連絡くれたんだよな。ほんといい人だよな。
椅子も柔らかいソファーで全ての設備が最新で豪華内装、大画面!なんか金色のマイクもかっこよくて、水色のお城みたいな部屋なんだ。
エリカちゃんがいたらきっと喜んでくれただろうけど……
なんか俺だけ嫌われちゃったみたいだし、もうアレだよな。マジでつらい。
この間の盗難事件の時に、烈が真犯人を見つけ出すために証人となる生徒さんを探そうとして英光女子の校内に乗り込んだんだけど、この女子中に通っている烈の親戚のエリカちゃんを伝手に当事者を探してもらったらしくて、その関係で証人が見つかったんだ。
エリカちゃんの部活の先輩も協力して探してくれたそうだから、事件が解決したあの日の夜に、俺からもエリカちゃんにメールでお礼を言ったんだけど、その時はいつも通り感じが良くて、結構メールも長く続いたりしてさ。なんかすごくいい雰囲気だと思ってたのに。
まさか男気がない奴と思われてガッカリされたなんてさ、かなりショックでつらすぎる。
でも昨日、いつまでもウジウジしてる俺に雄士は『あきらめるのか?まだチャンスがあるだろうがよ!』と言ってきた。
いやもう無理だろ?なんで?、と思ったら、奴が言うにはこうだ。
―――『カラオケの時にエリカちゃんの先輩にいい印象を与えるんだ。爽やかで、友達思いで、男らしい奴だってとこを見せつけんだよ!』―――と。
最高の男だ雄士は!
ヤンキー1号とか言って悪かったよマジで。
その通りだ、俺はやる。
エリカちゃんの部活の先輩にいいところを見せて、それを聞いたエリカちゃんにちょっとでも見直してもらえたら挽回できるかもしれない。
そんなわけで今日はかなり気合が入っているんだ。
まずは気遣いができる男らしい奴として皆さんを席に……と思っていたら、めちゃくちゃ張り切った燐に先を越された。
それは仕方ないか。わざわざ学校に来てくれたあの東高のお姉さんが気になってる燐がそうなるのはね。
でも珍しく烈がやけに感じよくやってるんだ。
なぜだ?
小学校のクラスメイトだった女の子が文化祭にやってきても――せっかくわざわざ会いに来てくれたのにだぜ?誰に会っても『おう!楽しんでね』しか言わないあいつが、今日はなぜかニコニコして飲み物を何にするか聞いて回ってるんだ。
お前だけは張り切るなっての。とにかくこいつは顔がいいんだから。
最近は背も伸び始めてスラッとしてますますカッコいい感じになってんだから余計なことをすると俺たちがかすむ。
あんまり烈が張り切ると燐の邪魔になるがろうがよ、って思ったら意外や意外。燐は例のお姉さんと会話が弾んでいるようだ。
燐はパッと見はちょっとキツそうに見えるけど、声がいいんだよな。男の俺でもちょっと低めでいいなって感じの声。顔だって決して悪くない。笑うとギャップで可愛い感じだしな。いやむしろ……精悍な感じなのに笑うと可愛いとか、年上女子の心を鷲掴んじゃったりとかか?!
さて、雄士のほうは――なんだよ!こいつも感じよくやってるじゃん。こっちは英光女子のほうの担当か?雄士のあの日の雄叫びを聞いてないお姉さんたちだからか、安心しきって弟分をかわいがるみたいにされてやがる。くそっ、“なんかうちの弟に似ている!“とか言われて嬉しそうな顔しやがってこいつ。
まあ雄士も運動神経もいいしガッチリ系で多分モテるタイプだし、顔も爽やか系だからアレか。
でもあんまり感じよくやりすぎてエリカちゃんの先輩に好印象を与えられすぎると俺の立場が……クッ!ほどほどにしてくれよ雄士よ。
で慶次はと――『何入れますか?どんどんいきましょう。じゃんじゃん連続で入れて盛り上がりましょうよ。お前らも曲言えよ、俺が入れる』とかなんとか言っちゃって、なんか幹事の人って感じじゃんか!―幹事の感じ―とかって、つまらないことばかり思いつくぜ。くそっ。
咲太郎はと――どうせ眠そうな顔してぼんやりしてるだけかと思ったら、なんと!アリス?不思議の国のアリスか何かの『顔出しパネル』に顔をはめてお姉さんを笑わせてる!
―『なんかこの子かわいい~水色のドレス似合う~』とか言われて盛り上がってるじゃんか!
咲太郎は真性強面で本人もすごく顔のこと気にしているんだけど、声が優しくて性格も優しいんだ。だから一度話すと多分みんな好きになる。お姉さんは庇護欲を掻き立てられちまったか!クッ。
店長さん、なんでこんなの置いてんの?せっかくの水色のお城の部屋の雰囲気がちょっと台無しになる感じだよ。このパネルだけ違和感ありすぎな気がするんだけど?
咲太郎は女子が苦手だと決めつけてたけど、エリカちゃんとかとは普通に話すもんな。もしかして意外と女子が平気なタイプなのか?
ってことは、なにこれ。また俺だけがアレか?俺だけイマイチ男になってるのか?
もうアレだコレだ男に成り下がってしまったのか?
まだ始まったばかりだってのに、俺の手持ち無沙汰が酷すぎる。
まるで、小学校の終業式前日の大掃除の時間のアレじゃないか!
学級委員長系の女子とかに箒もチリトリも奪い取られて、やることもなくなって、仕方なしにもう誰かが拭き終わった窓ガラスをから拭きしてたら先生に“サボるな“って怒られるやつか?懐かしいあの時間を思い出すぜ。
はあ、つい懐かしくなっちまった。こんなところでつい思い出に浸っちゃうとか情けないぜ。
こんな様子じゃエリカちゃんの先輩にいいところを見せつけるとか無理だろ。
順番がきたら歌でキメるしかないのか?
でもそれは無理だ――だってさ、こいつらヤバイんだ。
慶次と咲太郎、烈の三人。マジで歌が上手い!
男も惚れる上手さ!
燐も低くていい声で、照れながら歌う感じがカワイイっていうかさ……って俺ヤバイ奴みたいじゃんか。
雄士と俺はまあそこそこの腕前って感じだけど、別に雄士はここでいいとこ見せる必要がないからなんか余裕な感じでめっちゃ楽しそうじゃんかよ。
はあーっ、なんか悲しくなるよな。
気合い入れてきたのに最初から撃沈とか。もう何も考えずに食べて歌うしかないのか俺は。
◇◇◇◇◇
完全に食べ専と化した俺のクリスマスカラオケタイムがサクサク進むぜ。
フリータイムとはいえ、なにせ14人もいるからなかなか曲が回らないからおしゃべりタイムが長い。
燐を烈と俺で挟む形で、東高のお姉さんたち四人組と向き合っていたんだけど、烈が歌った後のお姉さんたちの反応がシビアだった。
本当に綺麗な声で、マジで上手いんだ烈は。
―『すごくうまいね』
―『ねえモテるでしょ、今までに何人くらいと付き合ったことあるの?』
―『一緒に写真撮ろ?』
―『どんな子が好みなの?』
―『今身長はどのくらい?お父さん背は高い?』
燐の目当てのお姉さんだけは、何も聞かずに苦笑いしてるだけだったから俺はホッとしたよ。でも燐はちょっと心配そうにしてる。
これがいつもの烈だったら、これほどしつこく絡まれると露骨に嫌な顔をして店を出たり、席を変えたりするんだけど、今日は笑顔をキープして落ち着いてる感じだ。
今回のカラオケがお姉さんたちへの『お礼の会』だってことと、燐のためってのがあるんだろうな。
しかしガンガン狙ってくるお姉さん方に、更にしつこく聞かれていよいよヤバイかなと思っていたら、まさかの最強爆弾を炸裂させたよ烈は。
さすがだと思った。
俺にはこれはできない。
烈は「いやぁ、俺のマ、」と言っていったん言葉を止めた後で、こう続けた。
「俺の母親が結構綺麗な人でね、顔も性格も全部好みなんだ。いまだに母親を超える人に会ったことがなくて正直困ってるんだ。だから誰とも付き合ったことはないよ」
完全に引かれた。あたりまえだよな。
彼女たちはこそっと耳打ちし合ったあげく、慶次と雄士の方に席を変えてしまった。
これはこれでちょっと酷いと思ったけど、燐のお気に入りのお姉さんだけは呆れたように烈を見て笑ってたよ。こう言って。
「君、やるね。ママはパンチが効いてた」
この言い方、なんかカッコいいよね。
お姉さんのこの一言に、燐の目がキラリと輝いたのを俺は見たよ。
こいつ、ヤンキー2号のくせに意外と女子の趣味がいいのな。
「あの子たち、私と一緒にあの卑怯者三人組に文句を言いにいった私の友人じゃないのよ。今日のカラオケのことを聞いて無理やりついて来た子たちなの。私の友人はあの日のこともあって、男子校の子とはちょっと……って言って来れなかったの。せっかく誘ってくれたのにごめんね。それで、あの三人はどこかからそれを聞いて、今日私について来たってわけなのよ。メールでそこまで細かく書かなくてごめんね」
烈はうんうんと頷いて「やっぱりか。どうも雰囲気が違うと思ったんだ。でもお姉さんが来てくれたのは本当によかったです。実はお姉さんに会いたがってる奴もいたしね」と言ったんだ。
その言い方がものすごく感じが良くって俺は驚いたよ。隣の燐もね。
でも、ちょうど燐のお目当てのお姉さんが歌の順番になったんで、彼女が席を立ったんだけど、その時に烈がこう言ったんだ。
「あのお姉さん、あのカス野郎共に突き飛ばされたあげく、ペットボトルの飲みかけのお茶を頭からかけられたあの事件のことを恥ずかしいと思ってるんじゃないかな。男子にそんなふうに扱われたことが、すごく辛いんだと思う。だから、そのことを気遣ってあげるといいよ。
燐ならできるだろう?事件のことで燐が咲太郎をかばった時に、奴らの子分みたいになって引っ付いてるうちのクラスの弱っちいキョドり野郎に、後ろから牛乳をかけられたじゃないか。
あの時は雄士と俺があいつの髪を引っ張って、ついでに奴の口にティッシュを詰め込んでやったけど、燐はあの時は驚いて何もできなかっただろ?――そういうもんなんだと思う。
自分がふいにやられた時って、いつもの自分じゃなくなるんだと思う。
だからあの人も、きっとまわりが思っているよりずっと、すごく傷ついていると思うんだ。
だから、お茶をかけられた事件のことはこれから先、絶対に燐からは口にしない方がいいと思うんだけど、燐が同じように牛乳をかけられたことがあるって、話してみるといいんじゃないかな。同じような目にあった奴の話を聞いたら、きっと少し気持ちが楽になるんじゃないかと思うんだ。
俺も昔――かなり昔なんだけど、ほんとに辛かったことがあったんだけど、なかなか忘れられないものだからさ。でも俺の素敵なママには言わないでくれよ、きっとすごく心配するから」
こんなことを言って笑う烈には、俺も燐も何も言えなくなるんだ。
ほんの時々だけど、烈は今みたいなことを言う時があるんだ。
なんかこいつ、昔、何かとんでもなく辛いことでもあったんじゃないかって思う。
でもそれを、お母さんやお父さんには言えなかったんじゃないかってさ。
燐がちょっぴり涙ぐむ。ほんとすぐ泣くんだこいつら。
そして、烈がこう続けた。
「俺はあの人、燐にすごく合ってると思うよ。今日だって、仲のいい友人を無理やり連れてこようとしなかった。それってすごく強い人だと思う。恥ずかしい写真を撮られた彼女の従妹さんは今日は来なかっただろ?その気持ちはわかるから当たり前なんだけどさ――そうなると、あの人は独りぼっちになっちゃうところだっただろ?それでも来てくれたんだ、すごく勇気があって誠実な人だと思う。今日だって事前にメールで連絡くれたからね、別の友人で参加したい人がいるってことをさ。
この前は、燐があの人に舞い上がりすぎてるんじゃないかって心配だったから、女子に対してのアクションは『紳士協定』でいこうぜって話をしただけなんだ。でも今日話してみて、俺はあの人――かなり気に入ったよ。あの女共がいなくなったからちょうどいい。いいか、歌が終わったらすぐ隣に座れ!俺と透で後押ししてやるよ」
無言でうなずく燐。
奴の目はさらにギラリン革命しちゃったとさ。
◇◇◇◇◇
結果として燐はあのお姉さんと上手くいったんだ。
お姉さんの歌が終わった後で、ちゃっかり隣に座った燐は、まず盗難事件や暴力事件に繋がる証言をしにわざわざうちの学校に来てくれた勇気に対して、あのお姉さんに改めてお礼を言った。
ヤンキー2号の怒声と涙を目撃していたお姉さんは、ちょっと意外だなって感じでニコニコ笑っていたけれど、燐が続けて言ったんだ。
「結果的には、英光女子の人が証言してくれたおかげで咲太郎の泥棒疑惑も晴れたし、透の足を折ったあいつらがどんなに卑劣な奴らだったかってことがわかったけど、でも、烈が英光女子の人の被害とか、東高校の方の被害を偶然知ってさ、そのことを証言してほしいって頼みに行った時に最初にOKしてくれたのはお姉さんだったって聞いて、俺嬉しかった。
だってとんだとばっちりだろ?英光女子の人の従妹だったから、代わりにあいつらに文句言いに来てくれたんだろ?それで嫌な思いしたのに今日も来てくれた。だから嬉しかった」
これを聞いたお姉さんはちょっと恥ずかしそうだったけど、こう言ってくれたんだ。
「あの子……変な写真を撮られた私の従妹のことね。私の母の兄の子なんだけど、あの子のお母さんがすごく怒ったの。みっともないって。あの子のお父さんは警察に行こうって言ったんだけど、おばさんはみっともないからやめろって。学校に知られたら恥だとか言って怒ったんだ。
それでその後でうちのお母さんが心配してたもんだから、私は学校も近くだし、私が行くよって言ったんだ。でも馬鹿だった。ちゃんと大人に任せる方向にもってけばよかったなって今なら思うんだけど、あの時は写真が広まったら大変だと思って焦っちゃったんだ。英光の制服って目立つからすぐバレちゃうでしょ?だからおせっかいやいたんだけど――でも結局何の役にも役に立たなかったし、失敗しちゃっておばさんにも余計なことはやめてくれって怒られちゃったんだから、もう馬鹿丸出しなんだけどね」
燐はぐっと喉が詰まったようになって、数秒何も言わなかった。
でもあいつはちゃんと言ったんだ。
「実は俺さ、今歌ってる咲太郎が休み時間に、おめえが盗んだんだろとか、あまりにも酷く言われててムカついたから、例の退学になった奴に文句言ってたんだけど、いきなり別の奴に後ろから牛乳をかけられたんだ。たっぷりと飲みかけの500mlのを」
それを聞いたお姉さんは目を見開いて、ものすごく辛そうな顔をしたんだ。
燐が続けたよ。
「俺、あの時ビックリして何もできなかった。白い液体が頭からタラタラ垂れてくんの!顔も制服もとんでもないことになってヤバくて、どうしようもなくてただ立ち尽くしてた、って感じ。
んで、そしたらすぐに烈と雄士が牛乳を拭いてくれて、そのティッシュのゴミをあいつの口に突っ込んでくれたんだ」
「ティッシュを?すごい!」
「そうそう、それでついでに雑巾で床を拭いて、それも顔に叩き付けてくれたんだぜ。ザマァ、って思ったけど、あの時はちょっと俺は情けなかったよな。あの後、今回の事件のせいで他の中学に飛ばされたクソ担任には喧嘩を売った俺が悪いし、汚れたティッシュを口に入れた烈達が悪いって注意されたんだ。だから、そんな俺と比較するのもなんだけどさ、従妹のために大人の代わりに文句言ってやったお姉さんは最高にかっこいいと俺は思う。マジで」
お姉さんはこの話を聞いてすぐ、ちょっと涙ぐんでしまったとさ!
その後は烈と俺で燐の笑っちゃう話とか、退学になった卑怯者のその後についてとかを話したんだ。
お姉さんはあの事件の後のことが気になっていた様子だったからね。
烈が大っ嫌いな、うちのクラスのキョドり野郎の話では特に盛り上がったんだ。
そいつは烈のお母さんが、再婚してからかなりの高齢出産で烈を生んだってこととかを小学校の時の授業参観でわざわざバラしたらしくて、うちの学校でもそいつの母親がベラベラしゃべりやがって最悪なんだけど、今そいつはクラスで結構浮いてるんだ。マジでザマァだぜ。
奴は、“クラスの中心人物“ってのにくっついているのが一番だって親から教え込まれてるみたいで、最近はこれから誰に付こうか悩んでるみたいで気味が悪いんだよな。俺たちにも何かと話しかけて来たりするんだから呆れるよ。そんな時は俺ら6人は徹底阻止の構え。雄士の奴がティッシュを目の前にちらつかせて脅すんだ。
廊下で事件のことをはやしたててた奴らも、うちのクラスには近寄らなくなってスッキリ爽やかだってこととか、結構話して盛り上がったんだ。
最終的にカラオケ会の終わりごろになって、燐がお姉さんに個人的に会ってほしいと言った時、お姉さんは自分より二つも年下ってこともあって躊躇してる感じだったんだけど、燐がこれから先にお姉さんが嫌な目にあったりしないように精一杯守るからチャンスをくれと言ったんだ。
決してカッコいいセリフじゃなかったけど、お姉さんはとっても嬉しそうだった。
ほだされたのかもしれないし、燐のまっすぐな気持ちが嬉しかったのかもしれない。
お姉さんは少し迷ってたけど、結局いいことになったんだ。
「じゃあ私も――『おい河島!来年は俺もお前のクラスに入れろ!』って言ってた君が、これ以上怒られないように守ってあげないといけないね」
こう言って笑ってくれた。
お姉さん最高!それで燐がそれに答えたんだけど、それはちょっと情けなかった。
―――「なんて優しいんだ!俺ヤバイかも、もう」ってさ。
烈はこのセリフを聞いてブハーッと飲み物を吹き出して、いつまでも笑ってた。
そんなこんなで、俺たちのクリスマスカラオケ会&燐の告白は大成功に終わった。
◇◇◇◇◇
一月、土曜日の放課後。ヨシノ先生の教員室。
「本当に?その二人はうまくいったの?あの日に九条君(燐)のあの大騒ぎを見ていたにもかかわらず、よくまあ受け入れてくれたこと!ちょっと信じられませんね」
「不思議なことにすごく気が合うみたいです。俺も驚いています」
慶次がこう言うとヨシノ先生は心配そうに溜息をついた。
「それで?久慈君(透)には本当のことを教えてあげたの?かわいそうに、あなたたち、あんまりですよ。ちゃんと真実を話してあげなさい。ちょっとからかっただけだって正直に言えばあの子は怒りませんよ」
ヨシノ先生は腕組みをして生徒四人を睨みつけた。
雄士がニヤニヤしながら言う。
「今さらあいつに言わなくてもいいよ先生、結局あいつは今日エリカちゃんと映画に行ったんだから。うまく俺たちが盛り立ててやって、エリカちゃんから『行く人がいないから一緒に行ってほしい』って頼まれたってことで嬉しそうに帰ってったんだぜ?」
「それはそれ。真逆のことを言って、からかうなんて酷すぎますよ。エリカちゃんは久慈君(透)をとても優しい人だって褒めてたじゃないの!あの日の帰り、校門のところで私ははっきり聞きましたよ。和泉君(咲太郎)をかばうようにして、ずっと側に立って肩を押さえていた久慈君(透)のことを本当にありがたかったって言ってたのに。あなたたちは本当にひどい。
なんですって?男気がなくて、男の熱さがたりなくて、漢字の漢のほうの男らしさが全くない情けない優男とかって言ったのよね。全く違うじゃないの!ちゃんと正直に言わないなら私が言いますよ」
そこまでは言っていないはずなのだが、先生の怒りが静かに炸裂中。
ヨシノ先生はかなり怒っていて、四人の男たちは困り顔。
仕方なく烈がこんな言い訳をした。
「でも先生、からかいたくもなりますよ。あの時俺、笑いを堪えるのに必死だったんです。あいつは俺に聞いてきたんですよ――『じゃあ慶次は?』って!
あの時に慶次だって、燐みたいに雄叫びをあげていなくて冷静だったから、自分と同じように呆れられたのかって!『ガッカリされ仲間』を見い出そうとして聞いてきたんです。こんなこと言われたらなんかちょっと、こいつカワイイって思うじゃないですか」
吹き出しながらこんなことを言う烈を見て、慶次もゲラゲラ笑いながらにこう言った。
「そうそう!俺の名前が聞こえたから何かと思ったら、詳しく聞いたらガッカリされ仲間がいなかったって落ち込んでたっていうし、自分だけがガッカリされたってガックリして真剣な顔で悩んでるんだから!俺たちじゃなくたって、からかいたくもなりますよ」
ヨシノ先生はつい「ガッカリされ仲間……そ、それは」と言ってから唇を歪めた。なんとなく笑っているようにも見えた。
「それでもちょっと――酷すぎませんか?もういい加減、本当のことを話してあげても」
ヨシノ先生がこう言うと、咲太郎がとぼけた声で言う。
「もともとあの子は透に一番懐いてたのに、どうしてそんなすぐ烈の意地悪を信じちゃったんですかね?考えればわかりそうなのに。あいつは多分だけど……俺が心配でしょうがなくて、それでずっと一緒にいてくれたんですよ。エリカちゃんだって一目見ればそんなことわかってるだろうし、まさかあの子にかぎって、男気が足りない奴はヤダなんてことは言わないってことぐらい、ねえ?これに騙されちゃうっていうのも透もちょっと素直すぎでしょ?」
ヨシノ先生はハアーッとため息をつく。
「とにかく、もういい加減安心させてあげなさいよ」と、なんとか怖い顔を作って四人を睨みつけた。
烈が更に言う。
「ヨシノ先生、あの日校門のところで、エリカがアホっぽいこと言ってましたよね?『透くん、なんて優しいんだろう』って!俺これ聞いて、マジちょろい奴って思ったんです。透は本当にいい奴だからいいけど、ちょろすぎだと思いません?しょうもないなと思ってたら、なんと!もう一人ちょろい奴がいました」
ヨシノ先生が溜息をつきながら「誰よ、言いなさいよ」と先を促した。
「燐ですよ!あのアホが東高のお姉さんに言ったんです。『なんて優しいんだ!俺ヤバイかも』って。あまりにちょろくて笑いが止まりませんでした。東高のお姉さんもちょっとそのセリフには引いてましたよ」
ヨシノ先生は肩を震わせて四人の生徒に背中を向けた。
そして言う。
―――「ひとまず、勝手にしなさい!」と。
◇◇◇◇◇
今日は日本史のプリント配布の日。
ヨシノ先生がまとめてくれるプリントは最高なんだ。
これをもとにメモリーツリーを書いて記憶していくと、かなり頭の中が整理されるから俺たちはこのプリントがとても気に入っている。
その日、ヨシノ先生は『ついでにおまけ』と言って先生の趣味の古典に関するプリントも作ってくれた。
これが結構詳しくて、面白マメ知識も入ってる優れものだった!
俺は思わず叫んじゃったよ!ヨシノ先生、なんて優しいんだって!
だってそうだろ?
自分の教科以外の科目のプリントまで作ってくれたんだぜ?
だからヨシノ先生好きなんだ。
でもヨシノ先生が顔を押さえて震えてるから、俺はわけがわからなかったよ。
ついでに言うと、雄士と咲太郎と烈が笑い出した。
皆もわけがわからないみたいで、しまいにはお腹を押さえて笑い続けた烈が大声でこう言ったんだ。
「先生!俺たち、勝手にしていいんですよね?」
本当にわけがわからないけど、ヨシノ先生は「多分、そうするしかないと思いますよ」と言ったんだ。
おわり
お読みくださりありがとうございます!
短編を書くのはこれが二作目なのでこんな感じでいいのかなと、あれこれ悩みながら書いてみました。
学園ものが結構好きなので、これからも定期的に書いてみたいなと思いました。




