「またね」
秋が深まる頃には、教室の空気にも落ち着きが生まれていた。席替えや行事を重ねて、クラスの人間関係は固まっていく。賑やかな輪の中に美咲がいるのは、もう当たり前の光景になっていた。
私はといえば、その輪の外側にいた。
一緒に過ごすことはあっても、私が美咲の「一番」になれることはなかった。彼女にとって私はただの友達。親しくても、それ以上ではない。
そのことを、頭では分かっていた。
それでも、心の奥では期待してしまう。もし、どこかの瞬間で勇気を出せたなら。もし、ひと言「好き」と伝えられたなら、と。
◇
冬の冷たい風が吹く頃。
帰り道の分かれ道で、美咲が足を止めた。
「葵、また明日ね」
その一言に、私は何かを返そうとして、結局「うん」としか言えなかった。
本当は呼び止めたかった。呼び止めて、振り返った彼女に想いをぶつけたかった。
冬の空気は澄んでいて、声を出せば届くはずだった。
けれどそれと同時に、あまりにも脆くて、一歩踏み出せば壊れてしまいそうで。
私は立ち尽くしたまま、ただ背中を見送った。
白い息が風にさらわれて消えていくのを、何度も繰り返しながら。
その消えていく吐息と同じように、勇気も声も、私の中から薄れていった。
そして気づけば、彼女の姿はもう見えなくなっていた。
振り返ったときには、静かな道に私ひとりだけが取り残されていた。
まるで最初からそこに誰もいなかったかのように。
◇
気がつけば、日々は淡々と過ぎていった。
季節は巡り、やがて私たちは卒業を迎えた。
校庭の桜はまだ咲いていなかったけれど、空は晴れていた。
式を終えたあと、校門の前で美咲と向かい合った。
「またね」
美咲はいつもと同じ笑顔でそう言った。
「またね」ただそれだけ。その言葉だけを残して、私たちは別れた。
本当は「好きだよ」って言いたかったのに。
最後の最後まで、言葉は喉の奥で固まったままだった。
その「またね」が、本当に最後になるかもしれないなんて、あのときの私は思っていなかった。
いや、思わないようにしていただけなのかもしれない。
その後、美咲がどこへ進んだのか、私は知らない。
連絡先を聞くこともなく、ただ時の流れに押し流されるように、私たちは別々の道を歩き始めた。
――あの時、勇気を出せていたら。
そんな「もしも」を、何度も心の中で繰り返す。
けれど、それはもう戻ることのない過去。
私の中に残ったのは、伝えられなかった想いと、あの日々の記憶だけだった。




