第8話 父さんの仕事
部活後の学校からの帰り道。妹と並んで夕方の住宅街を歩く。
「あのさ萌萌、こないだみたいなこともあるし、スマホの連絡先交換しとこうよ」
「私、スマホ持ってない」
まさか妹に連絡先交換を拒否られるとは! と、一瞬落ち込んだけれど、そういえば萌萌がスマホを使ってるところ見たことなかったよ。
「スマホ持ってないの? 友達と連絡取ったりするとき必要じゃない?」
「でも私、友達いないし」
「えー」
萌萌は首を軽く傾げて何かを考えている。
「そうだよね、おにいちゃんとは連絡取れた方がいいもんね。どうしたらいいのかな?」
そう聞かれて、僕は自分のスマホで『スマホ 契約 未成年』で検索してみた。
「萌萌ってマイナンバーカード持ってる?」
「なにそれ?」
「まあいいや、父さんに聞いてみよう」
・・・
「SIMは確か使ってないのがあったはず……」
珍しく早く帰ってきた父さんに萌萌のスマホのことを相談したら、父さんは自分の部屋に何かを探しに入っていった。
「あったぞ。足跡をたどられにくいように特殊な契約になってる」
「そういうのは特に心配してないけど……まあいいや。ありがとう父さん」
「父さん気付いてやれなくて悪かった。これからも妹のことは面倒見てくれよな、隆史」
「うん大丈夫。僕は萌萌のおにいちゃんだから」
正直ちゃんとおにいちゃんをやれているのか不安だったけど、そう答えながら胸の中が熱くなってくる。
そして、ひさびさの家族そろっての夕食の準備で、僕は妹と並んで台所に立つ。
エプロン姿の萌萌が張り切って鶏を揚げている。
真剣な表情になんだかちょっとニヤついてしまう。やがてスパイスの香りが台所から溢れて、家の中に漂い出していく。
「でね、私、おにいちゃんと同じえすえふ研っていう部活に入ったんだ。SFの本がいっぱいあって、借りてきて毎日読んでるんだよ。こないだ読んだのはね……」
萌萌が目をキラキラさせて話す学校の話を、父さんは嬉しそうに聞いている。
「そうかそうか。父さんもSF小説は大好きだよ」
「へーそうなんだ。SFっていいよね、お父さん。夢があって」
三人で囲む夕食の席に、僕は家族という言葉の意味をようやく思い出してくる。
「そうだ、前から思ってたんだけれどな。父さん、仕事を辞めて小説を書いて食っていこうと思うんだけど、どうかな」
父さんが突然、そんなことを言いだした。
なにもこんな時にとは思うんだけど、うちの父さんって、こういう空気読まないところあるんだよな。
「私はお父さんの好きにすればいいと思うけど。おにいちゃんはどう?」
「んえっ、そこ僕に回す?」
口の中のまだ熱いピリ辛のから揚げを慌てて呑み下した。
ていうか、いまのって、黙ってスルーする案件じゃなかった?
「えーっと父さん、あのさ、休みでも取ってゆっくり考えてみるとかどう?」
せっかくの家族の会話だ、なにか言わないと。
「休めるものならとっくに休んでるよ」
素早いブロックで、僕にボールが返ってきてしまった。
もっと家族の会話に協力してくれてもいいのに。父さんほんと空気読まないよな。
「お父さんはどんな小説を書きたいの? どんな話か決まってる?」
ナイス萌萌!
側面からの力強い支援攻撃。
「いや、まだ設定だけだが」
「聞いてもいい? お父さん」
いいぞ! その詰めるような返し。
それに僕も普段父さんがどんなことを考えているのか興味がわいてきた。
「まだ頭の中で考えてるだけなんだが……高校生が主人公のボーイミーツガールのSFで、最初の相手は国家機関だけれど、本当の敵は別にいる感じで、最後はセカイ系にしたいと思ってる」
うちの父さん、わりとガチ勢だったよ。
「いいんじゃない、父さん。でもさ、今どきSFでセカイ系とか二重苦だからちょっと考えた方が……」
つい口を挟んでしまう。
「ちなみに主人公は女性」
「まさかの三重苦!」
いやでもここで駄目出しとかそれこそ駄目だよな。SFはもっと自由なはず。
「じゃあ主人公の女の子だけど、何か特殊能力とかある感じ?」
「いや、どこにでもいる普通の女の子で」
「なるほど」
「バブみのある女の先輩を出して、百合的な感じにしようかと」
「四重苦来たよ」
なぜだか知らないけど、百合って受けが悪いんだよな。
でも最近はそうでもないのかな。
「ジャンルとしてはラブコメ?」
「いや、エンタメ総合」
それってジャンルなの?
父さんの知識なんか偏ってない?
「ねえ、お父さん。男の子の方はどんな子なの?」
萌萌がまた横から質問を差し込んできた。
正直助かる。
「そうだな、俺様系で、」
マジで?
「でも純愛系」
なんで? どうして?
「そういうのが受けるってネットで見たんだが」
どこのネットで?
「えーっと、父さん、まずはプロットを考えてみたらどう?」
「いや、その時間がなかなか……」
「みんなそう言うけど、そこは頑張って考えようよ」
ピロリン、ピロリン
僕たち家族の和やかな会話は、父さんの携帯電話の着信音で遮られた。
「はい、もしもし……なにっ!」
あー、いつもと同じだ、この音。
子供のころから僕はこの携帯電話の音が嫌いだった。たまに父さんが家にいてもいつもこうやって呼ばれてしまう。
慣れっこではあるんだけど、やっぱりちょっと寂しいかな。
「……そうか裏を掛かれたか、とにかく時間を稼げ」
父さんはさっきまでとは全然違う、厳しい仕事の顔で電話をしている。
「……特戦群のほうはどうなってる? それと官房は?」
「……米軍の反応は……」
なんだか父さんの電話って、いつも不穏なんだよな。
「分かった、確認する」
携帯電話を耳から離した父さんが突然、萌萌に向かって話しかけた。
「†£††¢¡ uuΩ Θħ¡ñg£ñ Θħ¡µ¢Θµ……」
「ΘΩñΩµ¢µ¢Ð£」
その問いかけに、萌萌が何か短く答えてうなずく。父さんの顔が曇った。
「しかし、……いや」
一瞬考えた父さんは、再び電話を取った。
「そのまま待機で準備してくれ。私も今から行く」
すぐ近くにあったジャケットをひっ掴むと、父さんは慌ただしく出かけていく。
「隆史、お前の妹をよろしく頼むな」
「もちろん任せて父さん。僕は萌萌のおにいちゃんなんだから」
っていうか、何があったんだろう。
「萌萌なにがあったか分かる?」
「んー、全然わかんない」




