第4話 ただしファンタジーを除く
「では若人、私は予備校に行くから、ちゃんとSFするんだよ!」
そう言い残して部長は出ていってしまった。いやどうしよう。まあいいか。
「というわけだから。萌萌、何か質問ある?」
「えーとじゃあ……おにいちゃん、あのSFは自由だってどういう意味なの?」
軽めに流そうとしていたら、本質的なことを聞かれてしまったよ。
「いやー僕はその辺あんまり詳しくないんだよね」
「でもさっき唱和してたよね?」
「ほら、みんなでスローガン唱和って気持ちいいじゃん」
「えっ? そう? そうかな」
ぬるくなったお茶のカップを両手で抱えた妹の、緑色の瞳が泳いでいる。
華奢で小柄、透き通るような白い肌、茶色の髪から突き出た尖った耳。
もし見た目でアンケートを取ったら大半の人がエルフというだろう。
そう言えば、日本で一般的なエルフの見た目はロードス島戦記から来てると言われるけど、これって京大SF研でのテーブルトークRPGのリプレイなんだよね。
つまり昔はSFとファンタジーはかなり近いところにあったのだ。それがいつからか……
ガラッ!
「いま、誰かファンタジーの話してなかった?」
「してないですー! 部長、予備校行ったんじゃないんですか??」
うっかり部室でファンタジーの事を考えてしまった。危ない危ない。
「ちょっと忘れ物。隆史君、入部試験に向けて新入部員の教育は任せたよ!」
「えー僕ですか……」
いやまあ、他にいないんだけどね。
・・・
「えーっと、なんだっけ。SFは自由だ、の話?」
「そうそれ、おにいちゃん」
一応教育係になったことだし、ちゃんと説明するか。
「僕も全然聞きかじりなんだけど、もともと文学界には主流とか反主流みたいなのがあってね」
「そういうのありそう」
僕のうやむやな説明を、萌萌は熱心に聞いてくれている。
「いわゆる純文学と大衆文学みたいな正統性をめぐる不毛な対立構造がまずあって、その大衆文学の中でもSFってのはヒエラルキーの最下層、食物連鎖でいうオキアミみたいな位置づけの小説ジャンルなんだって」
オキアミじゃなくてプランクトンだったかもだけど、どっちでも一緒だよな。
それにしても改まってこの妹と正面から向き合うと、なんだかちょっと照れてしまう。
部長とは方向性が違うけどその佇まいは清楚にして可憐。というか美少女。照れて語彙が貧弱になってそれ以外の形容が出てこない。
その美少女が首を傾げて尋ねてくる。
「オキアミって釣りの寄せ餌のあれ?」
「詳しいね。そう、だからSFってのはカーストのランク外っていうか小説の秩序の外にあって、だからアバンギャルドでアナーキーで、つまり自由なんだ、って部長が言ってた」
ここまでは、完全に受け売りなんだけどね。
「つまり、SFは何でもありってこと?」
「うん、そういうこと」
理解力の高い妹でよかった。これでもう入部試験はばっちりなのでは。
すると妹はさらに首を傾げる。
「できたら、その後のところも説明して欲しいな」
「あーそれ聞いちゃう?」
「だって何でもありなんでしょ?」
いやまあそうなんだけど『ファンタジーを除く』の説明のためには、どうしても『ファンタジーとは何か』という話になる。しかしここでそれをするわけには……
なんか引き戸に今も部長の手が掛かってる気がするんだよな。
よし、ここはファンタジーでないギリギリを攻めることで、逆にファンタジーを浮き彫りにするというのはどうだろうか。名付けてドーナツの穴作戦。
「ドーナツの穴ってあるじゃん」
「いきなりだね、おにいちゃん。まあ、あるんじゃない?」
「本当にあると思う?」
「はぇ?」
妹は首を傾げる。
「いやね、ドーナツなしにドーナツの穴って存在できるのか、考えたことある?」
「ないけど……」
まあそうだよね普通。
「とにかく、そんな感じで考えて欲しいんだけど」
「そんな感じ??」
萌萌は不思議そうな表情で僕を見つめてくる。やっぱり美少女だと改めて思う。
それにしても語彙少ないな僕。作家じゃなくてよかった。
「例えば、仮に、仮にだよ、いまのこの世界にエルフがいるとするじゃん」
「うん、いるよね、おにいちゃん」
耳の尖った妹が強めの同意を込めてうなずいた。
「でもそのエルフが、実は宇宙人だとするじゃん」
「違うけど」
微妙な表情になって首をかしげる萌萌。
「いや、だから仮の話」
「あ、うん、仮にね」
「そうなると、それってもうSFなんだよ」
「分かったかも、おにいちゃん」
お、分かってくれたか。さすが僕の妹。
「で、その仮に宇宙人のエルフだけど、どんな魔法を使えるの?」
「えっ?」
部室の引き戸がガタっと動いた気がする。
「私が得意なのは風の魔法と、あとは……」
「いやいやいや、あくまで仮の話。それに魔法はダメだって」
「なんで?」
そう言われると難しいんだよな。
「ミステリーだとノックスの十戒っていうのがあって、超常現象は駄目とか決まってるんだけど」
「それを言ったら宇宙人も超常現象じゃない?」
「まあ、そうだね」
「そもそもSFは自由って言ったよね、おにいちゃん」
うちの妹、意外と理屈っぽいな。
「とにかくSFでは魔法は駄目なんだよ」
「それじゃ魔法を使わなければいいってこと?」
「えーっと、そうかな」
「それなら魔法の使えない異世界に転生」
「だめだめだめ! 異世界はダメ」
萌萌は逆側に首をひねる。
「だったら……そうだ、現実世界でモンスターを集めるとか」
「それも多分だめ」
「じゃあ現代ダンジョンで配信」
「いやダメでしょ」
「異能バトルは?」
「多分ダメなんじゃないかな」
さっきから、部室の戸が気になって仕方がない。
「そうだ、SFの代表作みたいなのを貸すから、それを読んでみるといいよ」
「あーなるほど。形から入るのも大事だよね、おにいちゃん」
いやホント、最初からこうすればよかったよ。教育とか向いてない。
・・・
部室の本棚から妹に読ませる本を選んだところで、ふと冷静になった。
「あのさ、勢いで勧誘しちゃったけど、萌萌はえすえふ研に入ってよかったの?」
よく考えたら妹の意思を確認してなかったような気もしてきたよ。もう遅いけど。
この流れ、さすがは部長と感心してしまう。
「まあ、おにいちゃんもいるしね。部長さんも最初は怖いかなと思ったけど、私を見てもなんとも言わなかったし」
「そうだね。部長はそういう人なんだよ」
あの人、自分があれだけ美人なのに、まったく物事の外見に捉われないのだ。
あれこそが純粋なSF人なのだろう。部長の生きざまに身の引き締まる思いがする。
SFは自由だ。ただしファンタジーを除く。
「ところでおにいちゃん。結局なんでファンタジーは駄目なの?」
「それはここでは……」
部室の引き戸がかすかに音を立てた気がした。
「あ、眼鏡、使えるようになった!」
萌萌の姿が、再び黒髪おかっぱ頭のもっさりした地味な眼鏡っ子に変わった。
「よかったね、壊れてなかったんだ」
「うん。ケースに入れといたら回復したみたい」
無線イヤホンみたいだな。まあいいか。
「それじゃ今日は一緒に帰ろうか。えすえふ研の活動日は毎週月曜と木曜だから」
「うん分かった。おにいちゃん!」




