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第34話 地水院風火

 結局、あのJアラートは機械の誤作動という発表があった。今頃政府の誰かが責任を取らされてるのだろう。

 創文祭は終了を迎え、何事もなかったかのように後夜祭が始まろうとしている。


 投稿小説コンテスト、通称あのコンも読者投票は締め切られて現在は集計中。

 後夜祭での結果発表を待つばかりだ。


 校庭には生徒が集まってきて、ざわざわとした声がしてくる。

 パチパチと音を立てて燃え上がるキャンプファイアーの前で体育座りをしながら、僕は眼鏡を掛けた妹と三日間の思い出を語り合っていた。


「それにしても萌萌のおかげで助かったよ。例の義妹の件」

「あー、あれねー」


 揺れる炎に照らされた妹が、ニヤリと笑う表情を見せた。


「みんな『父さん再婚しようと思うんだ』で始まる小説書いてたよね」

「親の配偶者の娘は義妹じゃなくて継妹だったんだな。知らなかったよ」


 そう、正確に言うと義妹とは配偶者の妹、弟の配偶者、それに弟妹の配偶者の姉妹のことなのだ。


「AIが融通効かない子でよかったね」

「そうそう、萌萌は正確に言うと僕の義妹じゃなくて、継妹なんだよね」


 僕のそんな言葉に、萌萌は曖昧な微笑を浮かべた。


「でも、部長も無事でよかったね、おにいちゃん」

「だよねー」


 考えてみると、部長もいろいろ謎なんだけどね。考えちゃいけないのかもしれないけど。

 その時、萌萌は僕の顔から目を地面に逸らした。


「あのさ、おにいちゃん……」

「ん、なんだ?」


 目を合わせないまま、妹は早口で話してくる。


「ダンジョンのロッカーを出た時に言ったことなんだけど、あれは動転していたっていうか、本心じゃなかったっていうか……」

「分かってるよ。萌萌」

「でもね、」


 萌萌は上目遣いに僕の顔を見上げてくる。


「ロッカーの中での言葉は、本当だから」

「え?」


 僕の妹は、その場で弾かれたように立ち上がった。


「そうだ、私ちょっと世界樹にお礼してくるね!」

「あ、うん。行ってらっしゃい、萌萌」


 妹が足早に走り去っていくちょうどその時、校舎の暗い壁面にレーザープロジェクターで投影された『後夜祭』の文字が浮かび上がった。

 周り中で歓声が沸き上がる。もうじきあのコンの結果発表だ。


 秋の夜風が心地よい。

 長かったこの三日間が、ようやく終わろうとしている。



 ・・・



「すいませーん、義理の妹がエルフだった、の作者の方ですよね」


 燃えるキャンプファイアーを眺めていた僕に小さく声を掛けて来たのは、見たことのない女子生徒だった。

 背は萌萌と同じぐらいの、小柄で華奢なツインテールの女の子。


「あー、えーっと、そう、だけど……」

「わー凄い! 私、読んで感動しちゃって! あの小説の大ファンなんです!」

「え、あ、ありがとう……」


 ついキョドってしまった。

 妹と部長以外の女子と話すことなんて滅多にないから緊張してしまうのだ。

 それにこんなにかわいい子だし。

 いや実際、萌萌と同じぐらいかわいいかも。


「お願いがあるんですけど、ライン交換してくれませんか?」

「えっ、僕と?」


 どうしよう。女子とライン交換なんて萌萌と部長以外したことないんだけど。

 でも目の前にスマホを突き出されると断りにくい。


 まあ……そのぐらいいいか。

 その女の子が表示したQRコードを、カメラで読みこんで登録っと。


「へー、ふうかちゃんって言うんだ」

「はい! よろしくお願いします、隆史さん」


 小首を傾げたツインテールの少女が僕の目を見ている。

 あどけない表情が心の中に入り込んできて埋め尽くし、他の何も目に入らなくなってくる。


 かわいいな、この子。まるで天使みたいだ。


「すいませーん、あと一つだけ、お願いがあるんですけど」

「なに?」

「サインが欲しいんです!」

「僕でいいの?」


 少女は、はにかみながらうなずいた。

 いやでも、サインだなんて。そんなの練習してないしな……


「紙もペンも用意してありますから」


 甘えた声が頭の中に染み入ってきた。

 周りの生徒のざわめきまでも耳から遠ざかり、僕はいつの間にか静寂に包まれていた。もう彼女の言葉しか聞こえてこない。


「大丈夫ですから、サインしてください。そう、ここです!」


 なぜか言う通りにしないといけないような気がして、ふらふらと渡されたペンを持ち、指さされた空欄に自分の名前を……


「おにいちゃん!」


 萌萌の声と共に周りのざわめき音が戻ってきた。

 校庭のPAから、後夜祭開始のカウントダウンが聞こえてくる。


「あれ、いまどうしたんだろう?」

「おにいちゃん! そいつに近付いちゃダメ!」


 ツインテールの少女の微笑みが、少し残念そうな表情に変わった。


「今回は時間切れのようですね。また会いましょう、隆史君」


 そして少女は人混みと闇の中に消えていった。


「さん……、にー……、いち……」


 アナウンスが流れ、そして、


「後夜祭、スタート!」

「イエェぇー!」「ウォォォー!」


 僕と萌萌は、周りの生徒の叫び声に包まれた。


「おにいちゃん、いますごくデレデレしてたよね」

「え、そう? そんなこと……なくない?」


 手を振って現れた生徒会長がマイクに向かって叫ぶ。


「それでは早速、投稿小説コンテスト優勝チーム発表です。一位に輝いたのは……じゃん、チーム『エンタメその他』となりました! みなさん拍手ぅーぃえー!」


 拍手とヒューヒューという歓声が沸きあがり、闇を埋める。


 キャンプファイアーが燃え盛り照らす校庭で、SFは自由だと叫ぶ壇上の部長に声援を送りながら、僕はなぜか手に持っていたファンタジー研の入部届をビリビリに破いて捨てた。



  ☆  △  □



 創文祭の後、父さんはなぜか帰りが早くなってきた。

 僕も萌萌も父さんとの夕食が増えて喜んでいる。


 そして部長も、受験勉強に忙しいはず、そう思うんだけど……


「いまファンタジーの話してない? 本当に?」

「してませんから、早く予備校行ってください!」


 なんだか相変わらずだ。


「そうだ、隆史君。外部の小説コンテストに出してみない?」

「えー、ちょっと恥ずかしいっていうか……」

「隆史君、あのコンで一位を取ったんだからもっと自信をもって!」

「まあそうですね、一応考えときます」


 部長はニヤニヤとした表情を浮かべている。


「ちなみにコンテストは長編だからね。十万文字以上書くんだよ」

「そんなに!? 書けるのかな長編なんて」

「大丈夫だって! おにいちゃんなら」


 そう言い切る萌萌は、僕の左腕を抱え込んでぴったりと寄り添う。

 そして大きな緑色の瞳で見上げてくる。


 押し切られるように僕はその目にうなずいてしまい、柔らかな薄茶の髪の上から妹の頭をポンポンと叩く。


「えへっ」


 それにしても萌萌の距離感って、妹にしては近すぎじゃないかな。



  ☆  △  □



 通りかかった台所から、スパイスのいい匂いが漂ってきた。


 今日は萌萌が夕食を作ってくれている。

 どうやら以前に好きだった料理を再現するらしい。楽しみだな。

 そうだ、それまで次の小説のプロットでも書いているか……


 ポン♪


 部屋に戻った時にちょうど、手に持ったスマホにラインの着信音がした。


『誰だろう?』


 自慢じゃないけど、ラインしてくる友達なんていないんだけどな。

 僕は顔認証のロックを解除して通知の付いたアイコンを押す。


(ふうか)通話できる?


 え……?


 ピロピロピロピロン、ピロピロピロピロン


 既読になった瞬間にビデオ通話の着信音が鳴り、僕はつい通話に出てしまった。

 画面に映ったのは見たことのある少女の顔。


「こんばんは隆史君、先日はいろいろありがとう。おかげでいいデータを取らせてもらえた。本番ではぜひ活用させてもらうから」


 そう言って彼女は作り物じみたあどけない笑みを浮かべる。

 天使という言葉が頭に浮かんでくるが、心の中はサーッと冷えていく。


「まあまあそんな顔をしないで。今日は君にいいことを教えてあげようと思ってね」


 手に持ったスマホの中で、ツインテールの少女が幼い顔をかすかに傾ける。


「この年末、十二月一日より小説投稿サイト『ノベルウォーズ』で行われるコンテストに君を招待してあげる。先日君たちの協力を得て蓄積したデータは、既に解析を終えサーバー上に展開済みよ。そうそう、そのコンテストなんだけど、」


 ふうかという名の少女の口元が、ニヤリと歪む。


「読者が小説に付ける★をジャンルごとに合計して、最終的にファンタジーが一位になると、今度は異世界との壁が完全に消滅するの。この世界は新たな神話の時代を迎えることになるわ。言っておくけどデータは世界の六ケ所に分散されていて、全て同時に核攻撃でもされない限り瞬時に回復するから妨害は不可能よ。せいぜい面白いSFでも頑張って書いてね」


 言葉を終えた彼女は、凍るような美しい微笑を浮かべている。


「待てよ、お前は誰なんだよ」

「分からない? そういえば、名乗ってなかったっけ」


 少女は面白そうな顔をしてスマホのカメラ越しに僕を見る。

 その瞬間、いまさらながら僕は理解した。こいつがあの、全属性の女王……


「地水院風火よ。よろしくね、隆史君」



 ・・・



 そのままどれだけの時間が経ったのか。


「おにいちゃん、ご飯だよ」


 扉の向こうから、妹の声が聞こえてきた。

 いや、さっきのは、夢だよね?


 刺激的なスパイスの香りが食卓に漂う。

 今日の夕食は萌萌の作ったピリ辛の料理だ。カレーに似ている。


「どうかなぁ? おにいちゃん」

「あ、うん。もちろんおいしいよ、萌萌」

「えへっ」

「えっと、だよね父さん、このスパイスの効いたルーも美味しいよね」

「そうだな」


 最近の父さんは、前みたいにピリピリした感じがなくなった。今も優しい目で僕たち二人を見ている。


「そうだお前たち、今度の連休に、家族旅行でも行くか」

「大丈夫なの? 父さん」

「ああ。仕事にも余裕ができたしな。どこか行きたいところあるか?」


 いままでの生活でほとんどなかった、家族三人のだんらんの時間。

 さっきのライン通話の内容が嘘みたいに感じられてくる。

 やっぱり夢だったのかもしれない。そりゃそうだ、あまりに現実味がない。


「…………えーと旅行だっけ。萌萌はどこか行きたいところある?」

「どうだろ、おにいちゃんは?」

「うーん、そうだな、温泉とか」

「いいかも」

「なら、決まりだな」


 父さんの言葉に僕と萌萌は互いに顔を見合わせ、そしてうなずいた。

 妹の瞳には、幸せを感じさせる緑色の光が映っている。

 穏やかに流れる家族の時間。


 こんな日がずっと続けばいいと思う。

 けれど、


 机の下に光るスマホの着信履歴には、ふうか、の文字が刻まれていた。



~ FIN ~


この後、第0話を公開します。

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