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第31話 魂の覚醒

 △ ファンタジー研・部長室 △


 新部室棟の一階中央部、窓のない豪華な調度の薄暗い部屋。

 革張りの本や数秘術の描かれた羊皮紙が並び、大きなガラス瓶の中身が微かに蒼く光る光景は、あたかも魔法使いか、錬金術師の研究室を思わせる。


 そんな部屋の中央にある大きな執務机を前に、小柄な女性がゆったりした革張りの椅子に腰かけていた。


 背もたれに、長いツインテールの髪が流れている。

 学内でももっぱら天使と評されるその風貌は、女性というよりも少女と呼ぶのがふさわしい。

 しかし彼女が纏う冷酷なオーラは、天使とは程遠いものであった。


「インフルエンサーたちの行動(ステマ)は契約通り進行中です」

「これで部長のランキングの制覇も時間の問題ですね」


 直立不動に報告する二人の男子生徒は、彼女の両腕として異世界と現代のファンタジーを統括する両副部長だ。

 その両名に、少女は感情の籠らない言葉をかける。


「つまり計画通りで順調ということだな」

「ご明察の通りです」

「問題ありません、地水院様」


 緊張感をもって答える二人に、少女は満足げというよりは若干退屈そうな表情を浮かべた。

 その瞳の奥に映る深遠な闇を見た両副部長の身体が、一瞬こわばる。


「ところで、異世界恋愛研とVRMMO研はどうした?」

「それは……」


 並ぶ二人の身体が、目に見えて震えだした。


「まあよかろう、最後は勝てばよい。私は準備のために下に行く」

「はっ!」

「……であれば、あれを呼び出してみるか……」


 少女はそう呟きながら、執務室の奥にある読めない文字の書かれた漆黒の扉を開き、自分の個室へと消えた。


「相変わらず恐ろしいな、地水院様は」

「ところで下ってどこだ? この建物に地下なんてあったか?」

「さあ。うちの部長が言うんだからあるんだろ」



 ☆ えすえふ研・部室 ☆



 書く気力もアイデアも浮かんでこない。

 そもそも面白い話などこんな状態で書けるわけがない。

 ランキングを何度も見返してはため息をついている。


 部長は無事に戻ってきてくれるのか、それとも……考えれば考えるほど、不安が心を蝕んでいく。

 三日間の合計得点でもファンタジー研がトップとなってしまった。ここから逆転するとか可能とは思えない。


 妹にはああ言ったけれど、本心ではコンテストはもうどうでもよかった。


 ランキングだの読者受けだの考えても、今更どうにもならない。

 とはいえ、そんな自分を許せない気持ちもあった。

 萌萌だって頑張っているのに、僕がここで諦めてどうするんだ。それこそ部長が戻ったら怒られてしまう。


 そうだな、とりあえず過去のことは仕方がない。


 僕は両手の手のひらでピシャリと顔を叩き、ヒントを求めて今日の日間小説ランキングをもう一度見返す。

 それにしても、エルフ・義妹・核融合って、三つともパワーワード過ぎて使いにくいんだよな……


 その時、僕はふと違和感に気がついた。


 今日の日間ランキングは得点が全体的に低い。

 というか、お題三つクリアのマークがどの小説にも付いていないのだ。

 試しにラブコメ研の小説の一つを読んでみる。


 ――――

「父さん、再婚しようと思うんだ」で始まり、義理の母はドイツ人。主人公は物理科の大学生で常温核融合の研究をしている。妹たちが兄に甘えてくるハーレム物でなんと義理の妹が十一人。タイトルはドイツ語で「十一人の妹」つまりElf(エルフ) Schwesternだ。

 ――――


 ストーリーはともかく、これでなんでお題三つクリアになっていないんだ?


 他の小説もいくつか読んでみたが、どれもエルフと義妹と核融合は苦しいながらもなんとか入っているように見える。すると、なぜ?

 ランキングをスクロールして、上から下まで念入りに眺めてみる。


 ページの一番下、まだ★の付いていないところに、一つだけ、お題三つクリアのマークが光る小説があった。作者の名は『☆MOE☆』


「萌萌!」


 僕は急いでマウスをクリックし、妹の小説を画面に開く。


 ――――

 エルフの少女が姉の夫婦と共に森を守りながら、レーザー核融合による純粋水爆の開発に挑むという、環境にやさしいSF短編。

 姉の夫にあこがれてしまう少女の淡い恋心がいじらしくて愛らしい。

 ――――


 どうしてこの小説だけ、お題三つクリアなんだ。他のと何が違うのか?


 そういえば、萌萌はどこに行ったんだろう。メッセージを送ってみる……が、既読にならない。大丈夫か心配になってきた。

 読み終わったばかりの妹の小説に★を付けると、僕は部室を出て妹を探しに行くことにした。



 ・・・



 学園祭中の校内は、大勢の人で溢れかえっていた。


「萌萌~、もえ~」


 この中で妹を探すなど不可能に思えてくる。

 お気に入りだった中庭の藤棚のあたりも模擬店が並んでいた。焼きそばを焼く音とソースの匂いの中で途方に暮れてしまう。


 その時、ふと頭に閃いた場所がある。いや、閃いたというよりも、頭の中に一つの光景が流れ込んできた。

 学校の隣の大温室に入り込み、ムワッとする熱気の中を奥の金網まで急ぐ。

 扉の一つの南京錠がやはり開けられていた。


 更に奥地へと、鬱蒼と茂るジャングルをかき分けて進む。濃い緑色の樹々の隙間から、ふんわりとした光が漏れてくる。


「萌萌……」


 ジャングルを抜けたところに小さな広場があった。

 その中央には、三十メートルほどの大温室の天井まで届くほどの巨木が聳え立ち、取り囲む三本足の樹々が、輪を描くように揺れながら踊っている。


 そしてその輪の中で、一人の少女が巨木に向かって祈りをささげていた。

 声が、かすかに漏れ聞こえてくる。


「おにいちゃんが元気になって小説を書けるようになりますように、そして部長が戻ってきますように……」


 少女の祈りに応え、巨木の葉が柔らかな光で明滅を繰り返す。

 それはあたかも、少女と巨木がコミュニケーションを取っているかのよう。


『萌萌……それに世界樹……』


 その光景を目の前にして僕は思い出した。

 本当に大事なことは何だったのか。

 ランキングとか読者受けだとか、気にしても意味がない。人に媚びてどうする。


 僕らに大事なのはいつも、センスオブワンダー、だったのだ。



 ・・・



 部室に走って戻り、僕は書いている途中の小説を削除した。

 こんなものでは駄目だ。もっとだ、もっとセンスオブワンダーを!

 心の中のSF魂がそれを求めてやまない。


 そしてもう一つ、今日のお題の意味もまた妹の小説が教えてくれた。

 僕は冒険に出る。さあ行こう、創作の大宇宙へ。


 まるで全身の血が沸騰するかのような熱い衝動。これまでSFを愛し、そこから多くのことを学んできた。今、その経験の全てを言葉に変える時が来たのだ。

 僕は今ここに記さなければならない。SFの魂を宿した物語を。


 タイトルはそうだな、義理の妹がエルフだった、にするか。



 ・・・



 初稿はこんなもんかな。いったん休憩してから見直しでも……

 書き終わったところで、部室のドアがそっと開いて萌萌が入ってきた。


「おかえり、萌萌」

「どう、おにいちゃん、進んだ?」

「うん、一通り完成して、あとは見直し」

「頑張ったね、おにいちゃん」


 妹の声を聴くと疲れがスーッと抜けていく気がする。


「萌萌さ……」

「なに、おにいちゃん」

「いや、なんでもない。ありがとう」


 隣に座る妹が微笑んでいる雰囲気が伝わってくる。

 よし、さっさと推敲を済ませて公開するか!


 見直しをほぼ済ませたところで、放送部の新しい配信が始まった。

 コーヒーを入れながら妹の薄緑色をしたパソコンを覗き込む。


「あのコンの終了まで残り六時間を切りました。既にして勝利ムードに沸くファンタジー研の部室から中継です!」


 そこに映っているのは、うちの部の何倍もある広い部屋に、学校の部活とは思えない豪華な調度。ファンタジー研の部室だ。


 全属性の女王と呼ばれる部長の地水院風火はそこにはいないらしい。

 その代わりに両腕と言われる二人の男、つまり現代と異世界を統括する二人の副部長がインタビューに答えている。


「ファンタジー研の勝利は最初から確定事項だった。つまりダンジョン・チート・そしてざまぁこそが文学の最先端なのだよ」

「逆らった部活どもにはファンタジーの素晴らしさを頭の芯まで染み込ませてやる。まずは異世界ラノベ写経百冊だな、ありがたく思え」


 そんな二人の声に被さるように、別の声が聞こえてきた。


「……それは、どうかな……」


 二人の男の後ろにのっそりと表れた姿は、長い黒髪眼鏡の美人。

 萌萌と僕は思わず大声を上げる。


「部長!!」

「生きてた!!!」


 パソコンの画面の中で、うちの部長が二人の男にバットで殴りかかる。

 ゴツン、ドガッという音がスピーカーから流れ出る。

 揺れ動く放送部のカメラが暴れまくるうちの部長の姿を捉え続ける。


「部長……部長……」

「……生きてたんですね……」


 ファンタジー研の二人の副部長がボコボコにされていく様子が全校にリアルタイムで中継されている。

 聞こえるのは悲鳴と、逃げるなという声、そしてバットの振り下ろされる鈍い音。


 画面の上には「痛そうもっとやれ」「ファンタジー研www」「眼鏡美人乙」などというコメントが盛大に流れている。

 込み上げてくる感情を整理しながら、僕はただ黙って、そして萌萌は目に涙を浮かべてそれを見ていた。


 やがて嵐の後のような有様のファンタジー研の部室には動く者がなくなった。

 画面に一人で立つ黒髪眼鏡の女性は、バットを手にして笑みを浮かべる。


「こっちは押さえたから。隆史君、萌萌ちゃん、それにエンタメその他のみんな、あとはよろしくね。それではご唱和ください。さん、はい」


 大変だ! 僕は大慌てでコメントを画面に打ち込む。

 行け、間に合え、せーのー。


  ― SFは自由だ ―

 ただしファンタジーを除く

              」


 配信画像の上に映し出されたそのコメントに合わせて、えすえふ研の部室から、そして配信中の画面から、僕と萌萌と部長の声が校内に響き渡った。


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