第30話 創文祭最終日・戻らぬ日常
~ 首相官邸地下 ~
東京都千代田区、首相官邸の地下にある危機管理センター、そのさらに深くにある存在していないはずの部屋で、ウォッチ中のオペレーターの声が上がった。
「A38地区のM値が上がってますね。昨日で過去最大値を超えましたが、その後も上昇中です」
「異常は出てないのか」
「肉眼では特に。昨日派遣した係員も異常なしとのことです」
「なるほど。異常はM値だけか」
M値というのは、魔素に反応するという石の光をセンサーで計測するという、ハイテクとオカルトが混ざり合った装置が示す値だ。都内のあちこちに設置してある。
この石は異世界からもたらされたのだが、いまだに魔素とは何かすら分かっていない。
分かっていることは、この値が上昇すると何か妙なことが起こり、自分たちの仕事が増えることだけ。
「どうします? NSCに報告しますか?」
「いや……」
なにかがまずいことが起きるのであればもちろん事前に報告したほうが良い。この部署はそのためにある。とはいえ何も起きなければ狼少年だ。
「長官にだけ連絡しておこう。後は、」
男は市ヶ谷から派遣されているリエゾンを向く。
「市ヶ谷に特戦群のウォームアップを伝達。あくまで非公式に。それから、」
男は壁面の大きな画面に映る都内の地図を眺めて考える。
A38地区には息子の高校があり、異世界で預かった子も一緒に通っている。
そういえば、文化祭とか言ってたな。
「念のためにオスプレイを一機、訓練名目で習志野に派遣要請してくれ」
☆ えすえふ研・部室 ☆
「部長、帰ってこなかったね……おにいちゃん……」
夜通し二人で部長を待っていたが、もう夜が明けてしまった。
昨日は妹を背負ったままダンジョンの通路を走っていたら、いつの間にか校庭にいた。どこから出てきたかは覚えていない。
静かな部室に置かれた僕のパソコンに表示されるランキング画面は、冷酷な事実を映しだしていた。
昨日の部長の書いたSFは凄かったけれど、ファンタジー研の圧倒的な物量にチームスコアは巻き返されてしまった。
結局、初日はチーム恋愛脳、二日目はファンタジー研がトップを取った。現在の★スコアトータルはこの二チームが首位を競い、僕らは取り残されている。
やがて朝の校内にざわめきが戻ってきた。
パソコンのモニタースピーカーから、放送部アナウンサーの賑やかな声が流れ出す。
「それでは三日目のお題を発表します!
エルフ
義妹
核融合
……以上と決定しました。創文祭は泣いても笑っても今日で最終日、そして小説コンテストあのコンの結果発表は今日の後夜祭会場となります。みなさん、よい一日を!」
懐かしく思い出される。このお題、三人でいろいろ考えたんだよな。
最後は萌萌が案を出して、みんなでこれにしようと決めたんだ。
「核融合、か……」
せっかくそれが選ばれたのに、小説を書く手が全く進まない。
顔を上げると、机に頭を置いた妹が上目遣いに僕を見ていた。
「おにいちゃん、部長大丈夫かな……」
昨日から何回もこの話になってしまう。
「大丈夫だよ、部長だもん」
「そう……だよね……」
「あのさ、せっかくだし、萌萌のいた世界の話をしてよ」
「あ、う、うん。前も言ったけど、私の居たところは森の中で……」
萌萌がゆっくりと語るように話し始めた。
「……でね、真ん中には世界樹があって……」
「へー。そこではみんな魔法を使えるの?」
「まあね。私は結構上手で先生にも褒められたんだよ」
「そうなんだ。すごいね萌萌」
妹は少しはにかんだ表情を見せる。
「だけどね、ある日ダンジョンから奴らが現れたの」
「奴らって、オーク?」
「うん、そういうのが魔王の世界からやってきて、そして……」
そこで萌萌は辛そうに言葉を切る。
「……私のいた森と世界樹は燃やされてしまったの。黒龍によって……美しい緑の森も、優しい世界樹の光も、もうどこにもない。私の故郷は、黒い灰と燃え殻だけに……」
「……そうか……」
やっぱり暗い話になってしまった。いや待てよ。そうだ!
「萌萌、ファンタジーの話をしようよ」
「それって、どんな話?」
「異世界転生でチートもらって、ステータスオープンしてダンジョン探検とか」
「なにそれ。それじゃ、そのダンジョンで配信もしなきゃね!」
「もちろん!」
「えへへ」
「あはは……」
「……」
「……」
部室の引き戸は、ピクリとも動かない。
「……こんなにファンタジーの話してるのに、なんで部長出てこないんだろう……」
萌萌が目を潤ませて僕を見上げている。
「やっぱり私のせいでこんなことに……」
「何をいうんだよ。萌萌のせいじゃないよ。それにさ」
妹の目から涙がゆっくりと頬を伝っていく。
僕は慌てて話を続ける。
「ほら部長が言ってたじゃん、小説を書きなさいって。僕たちにできることはまずはそれだよ」
「……うん……そうだね……」
萌萌は、その顔を濡らす涙を拭いて、うなずいた。
・・・
「書き終わった。おにいちゃん、公開するよ」
「早いな萌萌」
僕がプロットを考えている間に、青紫に光って時間経過を速くしていた萌萌が早くも小説を書き上げた。
決意を込めた表情でマウスをクリックした妹は、そのままランキングを眺めている。
「あれ? 見ておにいちゃん。なにか変。★が減ってる」
「え? そんなわけが、おや?」
見ると確かに初日のチーム『エンタメその他』、それに『恋愛脳』の★得点が減っている。代わりにファンタジー研の★が増えていた。
「なんでだろ?」
「あっ、おにいちゃん! これだ!」
萌萌が学内BBSから一つの書き込みを見つけ出した。
―― あのコン初日で埋もれていた神作品! 読んで星を付け直したくなったらこの方法で…… ――
そこでは★FUKA★という作者の小説が紹介されていた。
BBSの他の書き込みでも★FUKA★の作品が絶賛されている。
というか、星って付け直せるんだ……
マウスを握り試してみる。
確かに右クリックで星を剥がすメニューが選択できた。
「マジかよ……知らなかった……」
急いでランキングを見ると、初日は気付かなかった★FUKA★の小説がランキングの上位に食い込んでいた。
しかも見ている間にその小説に★がどんどんと増えていく。
「気になるなこの作者。ちょっと読んでみるか」
「だめ! おにいちゃん。その小説には呪いがかかってる!」
「えっ?」
怪訝な顔をする僕に向かって、萌萌は真剣な表情で言ってくる。
「そう、呪い。読んでしまったら最後、もうチートやざまぁなしの小説では満足できなくなってしまう恐ろしい呪い」
「なにそれ?」
「おにいちゃんはそんなの気にしないで。早く小説を書いて!」
「いや、書こうとは思ってるんだけど、まだプロットが決まらなくて……」
すでにランキング上位にはファンタジーがひしめいている。そして僕は部長のことが気になって集中できない。こんな状態で小説など書けるのだろうか。
でも泣いていた萌萌だって頑張って書き上げたのだ。僕だって面白い小説を書かないと。そんな気持ちが頭の中に絡みつき締め上げてくる。
読者受けして★がもらえてランキング上位を狙えそうな小説を……早く……
でも何も思いつかない……どうしたら……思考が上滑りを繰り返す。
「おにいちゃん、私ちょっと出かけてくるね」
ふと顔を上げると、眼鏡をつけて地味な姿になった妹が席を立っていた。
「あ、うん。気をつけろよ。ファンタジー研には近寄るなよ」
「大丈夫。気を付ける」
というか、早く小説を書き上げないと……
そう思っても焦れば焦るほど考えがまとまらない。
そしてパソコンに映る小説ランキングの上位は、既にテンプレのようなファンタジー小説の長文タイトルでベッタリと埋め尽くされていた。




