第3話 SFは自由だ
「いま、誰かファンタジーの話してなかった?」
僕たち兄妹が逃げてきたばかりの狭い部室に、部長の凛とした声が響く。
黒髪眼鏡なクールビューティーにして、いつも優しい僕の憧れの部長なんだけど、ただ一つ触れてはいけないことがあって、それは……
「えーっと遅かったですね部長。なにかあったんですか?」
とりあえず僕は話をそらす作戦に出ることにした。
「生徒会に呼ばれて、そうそう、ちょっと大変なことになっちゃって」
「どうしたんですか? あ、このお茶飲んでください。まだ飲んでないですから」
「ありがと」
彼女は僕の渡したお茶を一口飲んで喉を潤す。やっぱりきれいだなうちの部長。
「でね、生徒会がえすえふ研を廃部にするって!」
「ええぇ!!」
部長の口から語られた言葉はまさかの一大事だった。
足元が崩れ去っていく感覚がする。こういう時って本当に足元がぐらぐらするんだな、比喩的表現かと思ってたよ。
「誰かの陰謀ですか! もしかしてミス研とか?」
「いや、そういうのではなくて」
ミス研とは、正式名をミステリー小説研究部とかいう、うちのえすえふ研と並んでの弱小部活だ。どのぐらい弱小かというと、実はこの部室はうちとミス研で曜日ごとに交代で使っている。ちなみに月木がうち、火金があっち。
このミス研、いつも犯罪のネタを考えてるイメージあるし、うちと本棚の取り合いも頻発してるので真っ先に疑ったのだけど、どうやら今回は違ったらしい。
「ミス研の陰謀じゃないとすると、まさかファンタジー研!?」
「いやそうじゃなくて、生徒会規則で部員が三人を切った部活は廃部なんだって」
「もっと駄目じゃないですか、それ!」
まずい、僕の校内唯一の安息の地がなくなってしまう。
「でも部長落ち着いてますね」
「まあね。今月末までに新入部員を取れればいいから」
「そうかもしれませんけど……」
そんな簡単に新入部員を取れるなら誰も苦労しないのではという気がしてくる。
なにせ今だって部員は二人しかいないわけだし。
「こうなると去年に部長が首にしちゃった座間君、残しとけばよかったですね」
「あーあの彼ね、でも彼のSF魂は穢れてしまったから仕方ないわ」
実は去年、僕と同学年の部員がいたことがあるのだけど、異世界転生ラノベを隠し持っているのが部長にばれて追放されてしまったのだ。
彼が落とした鞄から転がり出た、ピンク髪少女が表紙の文庫本を見た時の、部長の冷たい瞳を思い出す。なるほどこれがリアル追放ものかと、あの時は僕も内心冷や汗をかいた。
そう、この部活ではファンタジーが禁止されているのだ。ここには部長の強い意向が働いている。
― SFは自由だ ―
ただしファンタジーを除く
入口の扉に貼られた張り紙には、部長が考えたプロパガンダが128ポイントの創英角ゴシックでくっきりと印刷されている。
これこそはこの部活の唯一にして絶対の規則だ。憲法みたいなものだな。
ともあれ去年のその追放事件以来、僕も異世界物は学校ではスマホで読むだけにして証拠を残さないように気を付けている。
「とにかくファンタジーは駄目よ。あれは人の心を蝕むから。マルクスもファンタジーは阿片だって言ってたぐらい」
やっぱり部長のような美人はこういう真面目な表情が似合う。眼鏡越しのキリっとした目なんかほんと最高だ。それに制服の上からでも分かるバブみのある胸もそれがまたいい。
「ほんとですよね。異世界とか魔法とか非科学的ですよね部長」
すかさず部長に同調する。こういうのはわりと得意なんだよな僕。
「そうそう。ファンタジーマニアなんて、エルフにでもなって故郷の森を焼かれちゃえばいいのよ」
「ひぇええぇ」
ふと見ると、部室の隅で萌萌が怯えたようにうずくまっていた。
「ところでその子は? まさかファンタジー研の手先とか」
机に隠れて怯える妹を、部長は訝るように睨む。
「ふえぇぇ」
「いえ、この子は妹の……」
あ、そうだ!
「僕の妹なんですけど、新入部員になりたいそうです」
「なるほど!」
「ふぇ?」
いい考えだと思うんだけど萌萌はなぜだか怯えた顔。
そんな怖がらなくてもいいのに。
「そういうことなら早速入部試験をしないと」
「はぇぇ?」
「うちの部って入部試験とかあったんですか?」
僕の時はなかった気がするんだけど、最近できたのかな。
「ほら、ファンタジー研のスパイが来るかもしれないじゃない。最近物騒だし」
「僕の妹ならそういうのは大丈夫ですけど」
「コンプライアンスは大事だからきちんとしないとね。隆史君の妹だから書類選考は免除してあげる」
そう言いながら、部長は戸棚の奥から何かの紙を取り出してきた。
「はいこれ。こんなこともあろうかと試験用紙を作っておいたのよ」
「なるほどですね。さすが部長」
「あのぉ……」
涙目の妹が部屋の隅からこっちを見ている。僕は力づけるように強くうなずいてあげた。
「大丈夫だから、心配ないって萌萌」
「ふぇえぇぇ」
「それでは、始めるわよ!」
がんばれ萌萌、僕の妹!
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問題。この〇の中を埋めなさい
― SFは〇〇だ ―
ただしファンタジーを除く
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さっきから、僕は部室の扉をちらちらと指さしてるんだけど、まさかそこに回答が書いてあると思ってないのか、妹は気付いていない様子。
「んー、わからないです……」
そんな萌萌の言葉に、なぜか部長が大きくうなずいた。
「わからないですか。素晴らしい! あなたにはSFの素養がある」
「ほえぇ?」
「わからなくてもいいんです!」
肯定感を声に滲ませて、部長はうずくまる僕の妹に手を差し伸べる。
「わからないからこそ世界は驚きにみちているのです。つまりはセンスオブワンダー。ようこそ、SFの世界へ! おめでとう!」
多分何を答えても正解なんだろなこれ。脅してから褒める、参考になる。
「はぁ、ありがとうございます……」
困り顔の萌萌の手を取って部長はにこやかな表情で引き上げ立たせる。
サラサラと流れる長い黒髪はシャンプーの広告のよう。やっぱり美人だよなうちの部長。
「この子はなかなか見どころがあります。意思を固めてもらうために仮入部を認めることにしましょう」
「うちに仮入部って制度あったんですか?」
「ほら、いまはコンプラが厳しいから。二段階認証ってやつね」
そして部長は僕の妹の肩に優しく右手を置いて、しっかり目を見て話しかける。
「仮入部とはいえ、これでもうあなたも私たちの同志よ。試験に向けてちゃんとSFを勉強しなさいね」
「は、はいぃ」
「ではみんなでスローガンを唱和しましょう!」
「はい、部長! それじゃ萌萌はこっちに来て」
僕は妹と二人で、部室の狭い空きスペースに直立不動で並ぶ。
扉に貼られたスローガンの前に、部長が立って一言。
「それではスローガン唱和、さん、はい!」
― SFは自由だ ―
ただしファンタジーを除く
部長と僕は大きな声で、そして萌萌は小さな声で、三人の声が部室に響き渡った。




