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第28話 学校のダンジョン

 受け取ったファストパスと書かれた紙片を握りしめる。これでようやく新部室棟、つまりファンタジー研の特設ダンジョンに入ることができる。


 既にかなりの時間がかかってしまった。急がないと。

 二回目なのでと説明を断り、そそくさと建物に入り暗い通路を奥へと進む。


 窓が塞がれ、闇の中に微かな灯りしかない建物の中を一人でうろつく。

 先ほどの中継で見かけた場所を見つけ出した。

 カメラの位置を考えて、となると……


『あっちか!』


 動画の中で、萌萌の走っていった方へと向かう。


『おや?』


 壁際に落ちていた何かが、非常灯の光を反射して煌めいた。

 なぜか心に引っ掛かり、止まって拾い上げてみる。


『これは……僕が買ってあげたイヤリングだ!』


 それがなんで、こんなところに落ちているのか?

 単に落としたのか?


 いや……


 試しに僕は、イヤリングの落ちていた辺りの壁を叩いてみた。

 中が空洞のような音が返ってくる。

 指先で壁を探る。何かが引っ掛かる感触。


 爪を立てて指に力を入れてなぞってみると、コンクリートに見える壁が扉のように開く。


『やっぱり開いた!』


 薄明りに照らされて、下へと階段が伸びている。

 迷わず階段を下へと向かう。


 やがて降り切ったところは地下室のような作りだった。


 天井には照明がない。空気が黴臭くよどんでいる。

 スマホのライトを点けて、奥を照らしてみる。


『ん? なんだろう、ここは』


 コンクリート造ではあるけれど、どうも最近の作りではない。

 ひょっとしたら、戦前の防空壕かもしれない。

 スマホを掲げて辺りを照らし歩き回る。

 そういえば、この学校は大昔の穴の上に建っているという話もあったな。穴之守高校ってぐらいだし……


 その時、僕の目は一瞬だけ光の反射を捉えた。

 ライトの届くぎりぎりのところに、金色の煌めき。急いで近寄り拾い上げる。


 それはイヤリングのもう片方だった。


『萌萌……』


 カチッ!


 どこかでロックが外れるような音。足元で床が消え、同時に周りの世界が歪む。

 僕は重力に引かれるままに、漆黒の穴へと落下していった。


「うわぁああぁ……」


 ドカッ


「グエエェ!」

「痛たたっ!」


 痛たたっと言ったのは僕の方。誰かの上に落ちたらしい。

 そこは学校内の部屋のように見えた。

 窓はなく室内は薄暗い。


 新部室棟のどこかかと思ったけど、地下から穴に落ちて地上というのも変だよな。


「グワァオォォ!」

「すいません!」


 僕の下敷きになった誰かの怒った声に、慌てて立ち上がり振り向く。

 そこにいたのは人間ではなかった。


 人ほどの大きさではあるものの、床に倒れたまま牙を剥いて威嚇してくるそれは、醜い豚のような相貌をして、鋲の打たれた皮鎧のようなものを着込んでいた。


 人間の形をしていたが、それは異形の生き物だった。


 床の上でそれが手を伸ばす先には、鈍く光る金属の棘が生えた棍棒が転がっていて、いかにも凶器という見た目が、ファンタジーの武器を思わせる。


 渡してはいけない気がして僕はとっさにその棘の付いた武器を拾い上げた。

 思ったよりずっしりと重い手ごたえがある。

 武器を攫われてしまったその生き物は、牙を剥き手を伸ばして僕に掴みかかってきた。


 僕は思わず手に持った重い棍棒を振り回して、力を込めてその異形の頭に叩きつける。


 ガゴッ!


 右手に感じる衝撃と重い手ごたえ。うめき声と共に異形の身体が床で跳ねる。

 僕は両手で棍棒を握りしめ、何度も何度もその異形の生き物に叩きつける。


 気が付いたときには異形の怪物は緑色の血にまみれて動かなくなっていた。手がヌルヌルになり、金属的な異臭が部屋に立ち込めている。


『危なかった……というか、なんなんだ……おや?』


 突然、怪物から黒煙が沸き上がった。空気に溶けて崩れるように床に吸い込まれるように消え、後には何も残っていない。

 手に持った棍棒で床を突いてみる。コンクリートのゴツゴツした音がする。どこいったんだ?


『いや、それどころじゃない。萌萌を探さないと!』



 ・・・



「萌萌! 萌萌! どこだ!」


 部屋を出て通路を歩き回る。内装は学校の廊下のようで、壁にはスイッチやコンセントまである。置かれた備品も学校と同じだ。

 でも窓がなく蛍光灯も薄暗くしか点いていない。そしてやたらに廊下が長くて曲がりくねっている。


 それはあたかも、学校の写真を取り込んで絵素材に使ったゲームのダンジョンの中のよう。


『萌萌はどこにいるんだろう……』


 廊下のような通路では、忍ばせている僕の足音だけが聞こえてくる。

 僕が妹を呼ぶ声は闇に吸われて消えてしまい、これ以上声を出すことがためらわれてくる。


 やがて通路の先に扉を見つけた。

 スライドする扉を開けてみる。さっきと同じ部室ぐらいの狭い部屋。

 やはり豚顔の奴が一人、訝しむ様子でこっちを見ている。


 どうなんだこいつは、敵なのか。


「あのー」

「ぐうぉ!」


 そいつは、近くにあった事務椅子を両手で掴んで投げつけてきた。

 頭はとっさに左腕でガードする。

 左手から上半身に激痛が走る。

 身体に当たって床に落ちた椅子を、痛みを無視して思いっきり蹴り返す。


 近付いて来ようとしたそいつが、椅子に足を取られて転んだところに、右手に持った棍棒を叩き込む。

 伝わってくるゴリっという衝撃。金属の棘が頭蓋骨にめり込む感触。

 ウっと来る感情を抑えて二度、三度と叩き込む。


 これは敵、敵なんだ……


「グェェエ……」


 今度も豚顔は黒い煙となって消えていった。それでも左腕に感じる痛みは残る。

 忘れていた呼吸を思い出す。

 口の中が切れたのか血の味がする。


 何とか頭を振って気を取り直し、辺りを見回す。

 しかし、こんな奴らが他にもいるのか……となると…………萌萌が危ない!


「萌萌ぇ! 萌萌ぇ!」


 僕は妹を探して声を上げ、見知らぬ暗い廊下を一人走る。

 全身に痛みが走り緊張で足元がおぼつかない。


 息が切れ心臓の鼓動をドクドクと感じている。荒れたコンクリートの壁に映る影が化け物のように見える。本当にコンクリートなのかも分からないけど。

 それにしても萌萌はどこだろう。大丈夫だろうか。


「……、……、」


 なんだろう、すすり泣きのような微かな声がした。


「萌萌……?」


 辺りを見回すと、暗い廊下の隅のほうに、学校にあるような掃除ロッカーが見えた。ひょっとして……


「もえ?」

「……おにい、ちゃん……?」


 急いでロッカーに駆け寄り扉を開く。

 そこには制服を着た少女がうずくまっていた。


「萌萌!」

「おにいちゃん!」


 茶色の髪、尖った耳の妹。

 涙を滲ませた緑色の瞳が僕を見上げている。か細い華奢な姿が僕の胸を打つ。


「大丈夫か、萌萌」

「おにいちゃん、おにいちゃん、おにいちゃん……」


 妹は泣きじゃくりながら僕に抱きついてきた。

 どれだけ怖い思いをしたんだろう。

 その細い肩が震えているのが手に伝わってきて、僕はただその背中をそっと撫でることしかできない。

 もう大丈夫だと、僕は妹に何度も優しく語りかける。


「よかった、萌萌が無事で……ん?」


 コンクリートの廊下の遠くから足音の響きが聞こえてきた。

 重なり合う足音に、猛烈にまずい予感がしてきた。

 と言ってもこの辺りには入れそうな部屋もない。僕の目の前には掃除ロッカーが置かれている。


「隠れないと!」


 再び妹を押し込んでから、僕も掃除ロッカーの中に入って扉を閉めた。


(おにいちゃん来てくれたんだね)


 狭い掃除ロッカーの中で、僕に抱きつく妹が耳元でささやいてくる。

 僕も小声で妹の尖った耳へと小さくささやく。


(大変だったな萌萌、大丈夫か)

(ん、くすぐったい、おにいちゃん)

(あ、ごめん)

(んーいいの)


 妹の耳がかすかに震えているのが判る。


(もう大丈夫だから。一緒に帰ろうな)

(ごめんね、おにいちゃん)

(謝ることなんかないよ)

(でも……)


 外の足音が近付いてきた。

 コンクリートを踏む重なり合った靴音が大きく響いてくる。


(静かに、萌萌)

(ん、)


 柔らかな髪が僕の鼻をくすぐる。いつも妹が使っているシャンプーの匂いがする。

 彼女の息が僕の耳にかかる。


 抱きついてくる華奢な身体の柔らかな胸を通して、妹の鼓動が伝わってくる。

 萌萌が身じろぎをして身体をさらに寄せてきた。

 耳元で呼吸の音が聞こえてくる。


(大好きだよ、おにいちゃん)


 返事の代わりに僕は彼女を抱きしめた。


(えーっと、行っちゃったみたいだな)

(…………そうだね)


 ほっとしたような微妙にもったいないような気持ちのままで、そっとロッカーの扉を開けてみた。

 顔を出してキョロキョロと見回す。どうやら大丈夫らしい。


「ところで萌萌、ここってどこなんだろう?」


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