第26話 創文祭初日
九月末の三連休、ついに創文祭が始まった。
穴之守高校投稿小説コンテスト、通称『あのコン』も三日間に渡って開催される。
ルールとして、毎朝選出される三つのお題に合わせて各生徒は一日一本の小説を投稿できる。また各生徒は一日一票の★を自分以外の小説に投票でき、最終的にチーム所属メンバーの★得点の合計で競われる。
なおこのお題は各部で持ち寄った。当然どの部も自分しか使えそうもないものを選んでいる。例えばうちは『核融合』とか。
ただし数の割り当ては人数比なのでファンタジー研の有利は否めない。
☆ えすえふ研・部室 ☆
朝からいつもの部室に集合した僕たち三人は、生徒会公式WEBの生配信を固唾を飲んで見守っていた。
生徒会長が抽選箱から三枚の紙を抜き出す。
カメラが寄り、実況している放送部のアナウンスに熱が籠る。
「ついに、あのコン第一日目のお題が決定されました!」
NTR
ゾンビ
幼馴染
「投稿された小説は投稿時にAIによって内容が判定されます。お題を一つもクリアしていないと失格となりますので注意してください。なお三つ全てクリアの場合★得点が二倍で計算されます。ではコンテスト初日、みなさん頑張ってくださいね!」
ルールを説明する生配信の声はまだパソコンのスピーカーから部室に流れているけれど、僕たちはもはやそれどころではない。
「マジこれでSF書くの? ゾンビ? 幼馴染?」
「おにいちゃんNTRって何?」
開始早々、僕らは動揺を隠せない。
「焦らないで。三つ全部を使わなくていいから、着実に面白い小説を心がけて」
「そうか、そうですね。部長」
一瞬『幼馴染がゾンビになってNTRなSF』のプロットを考えようとして大混乱したけど、部長の声に僕も萌萌も冷静さを取り戻した。
しかしこんなの一体、どんな話にしたらいいんだよ??
♡ 異世界恋愛研・部室 ♡
「これは勝ったわね!」
部長と書かれた席に座る茶髪ポニテな三年生の女子、人呼んでピンクの悪役令嬢は、画面を一目見てそうつぶやいた。その顔には勝利の確信が現れている。
「ラブコメ研に全力を出すように伝えて。スピードが勝負よ」
「了解です」
待ち構えていた女子部員が素早くチャットでメッセージを送る。
もっともこの部には女子部員しかいないのだが。
「もう全力で取り掛かっているそうです」
「さすが分かってるわね、あいつら」
恋愛小説に囲まれて、茶髪ポニテが目を細める。
「それじゃ、チーム恋愛脳の全員に連絡。作戦通りに票を集中して」
「了解、開始します」
「一気に勝負をつけるわよ……」
彼女はもう一度つぶやいて、画面に視線を戻す。
やがて公開されたいくつかの作品が、急速に★を集めてランキングを駆け上がっていく。
ピンクの悪役令嬢は、満足の愉悦を顔に浮かべて、それを眺めていた。
☆ えすえふ研・部室 ☆
「おにいちゃん、調子はどう?」
「SF向けじゃない題材で小説書くのって、こんなにしんどいとは思わなかった」
「ほらふたりとも、もっとリラックスして」
「そんなこと言っても部長……」
それでも、うんうんうなりながらも僕はなんとか『宇宙からゾンビウィルスがやってくるパニックSF小説』を書きあげてみた。
「公開します!」
マウスを持つ手が震えてしまう。そんな僕の目を見て部長が微笑む。
「楽しんで、隆史くん」
「……はい!」
そうだ、小説は楽しいものだったんだ。忘れるところだった。
萌萌も隣で僕の顔を見上げ目で励ましてくる。
僕は引きつった顔の口角を無理やり上げて、公開と書かれたボタンをクリックする。
深呼吸をしてランキングを眺めていると、ふと異変に気付いた。
「なんででしょう、一位から五位までに★が集中してます。ジャンルは全て、ラブコメ?」
思ってもいなかった展開になっている。
「なるほどね、チーム恋愛脳はそういう作戦なんだ。計略好きなピンクの悪役令嬢が考えそうなことね」
「どういうことですか?」
部長の眼鏡がキラリと光る。
「ほら一般生徒はランキングの上から読んでくるじゃない。だから恋愛脳はラブコメに★を固めての集中投下で上位を独占しにきたのよ」
「なるほど……」
「それに今回のお題であれば、ラブコメなら三つも使うこともできるし」
「そうなんですか?」
確かに五作品とも、お題全クリアのマークが付いている。
好奇心に駆られた僕は、試しにランキング一位の作品を読んでみた。
――――
憧れて付き合ってもらっていた彼女の浮気が発覚し、問い詰めたら逆ギレされて別れを告げられ落ち込む高校生の主人公。そんな彼に声を掛けてきた校内一の美少女は、実は小学校時代に男子だと思っていた幼馴染だった。
ちょうどその時、人間がゾンビ化してしまう現象が発生、主人公たちは学校に籠城する。窓の外ではゾンビに襲われた元カノが入れてくれと泣いて謝っているけどもう遅い。
――――
「本当にゾンビでNTRで幼馴染なラブコメだった」
確かに鮮やかな作戦だ。
これがチーム戦の威力なのか。開幕からいきなり差をつけられてしまった。
これは挽回可能なのか。どうしたら……
「そんなに焦らないで。コンテストは三日間あるんだから」
「でも、部長……」
「ほら、萌萌ちゃんも書き終わったようだし、二人で創文祭を回ってきなさい」
・・・
校内は、いろいろな部とクラスの出し物で賑わっていた。
一日目は学内の人間のみなので、そこまで人が多いわけではない。それでも学校の廊下は、行き交う生徒にコスプレや呼び込みが加わり混乱して歩きにくい。
「おにいちゃん、次どこ行く?」
「中は混んでるし、校庭に出てみるか」
自分の頭より大きな綿あめを持った萌萌の手を、はぐれないように引きながら、昇降口から校庭へと出る。
するとドカーンと派手な爆発音が身体に響いてきた。
「なんだろうあれ、おにいちゃん」
「えーっと、あれは自然科学部かな」
確か法律ぎりぎりの爆発物を作ろう、だっけな。近所から苦情が来そうだ。
それから近くで、ギュィーンという甲高い音。数瞬後、離れて置かれたペットボトルが爆発し、衝撃音が体を揺さぶってくる。
こっちは物理部だ。展示品には『超音速電磁投射砲』と書かれている。
火薬も圧搾空気も使わないから銃刀法もニッコリだそうだ。
全長三メートルほどの筒の上に巨大電解コンデンサーが並んでいるそれは、ちょっとした大砲に見えなくもない。なんだかSFっぽいというか、センスオブワンダーをくすぐられてしまう。
ていうかこの学校、物騒な部活多くない?
・・・
妹と一緒に部室に戻ると、部長がパソコンの画面を眺めていた。その口元には少しだけ微笑みが浮かんでいる。
「ただいま部長。どんな感じですか?」
「ほら見て」
部長のノートパソコンに表示されたランキングの一角に、ラブコメ以外の小説も食い込んでいた。タイトルを見るとホラー研の正統派ゾンビ小説らしい。
そしてこのホラー研もまた、僕らのチーム『エンタメその他』の一員なのだ。
「焦らなくても大丈夫よ。人にもジャンルにも向き不向きがあるんだから」
「そうですね、僕たちはチームでしたね」
そうだ、僕は自分だけで頑張ろうとしていた。もっとチームを信頼するべきだった。
僕もパソコンでホラー研のこの作品を読んでみる。
怖いんだけれども、クスリとしてしまうウィットの効いたいいお話で、しかも三つともお題をクリアしていた。
僕も納得してその作品に★を投票する。目の前でその作品の順位が一つ上がる。
ふと思い付いて、チームランキングを表示してみた。
「え? これって、どういうこと……」
ランキング一位は『恋愛脳』で変わらずだが、なんと二位は『エンタメその他』
「僕たち、ファンタジー研に勝ってる……」
「だから焦らなくても大丈夫だって。コンテストは二日目も三日目もあるんだから」
「おにいちゃん、明日は頑張ろうね」
そんな妹の言葉に僕は画面を見たままでうなずく。
無謀だと思っていた戦いに一条の光が射してきたような気がする。ファンタジー研といえども無敵ではないのだ。
もしかして明日のお題次第では、僕たちもトップを狙えるかもしれない。
△ ファンタジー研・部長室 △
新部室棟の奥にある大きな執務室には窓がなかった。
代わりに異世界の地図やモンスターが描かれた羊皮紙が壁に貼られていて、皮装丁の大きな本が書棚に並んでいる。
「いいのか、ランキング三位だぞ」
「まあまあ、部長もお考えがあるのだろう」
四天王の中でも両腕と言われる二人、現代派と異世界派のファンタジー研両副部長が、薄暗い部屋に光るPCのモニターを見つめながら、潜めがちの声で会話をしている。
「構わん予定通りだ、今日は遊ばせておけ。神の降臨は近づいている」
「神の降臨ですか、さすが地水院部長、文学的ですね」
「文学的か……フフフ……」
その頂点に君臨する部長、人呼んで全属性の女王・地水院風火は、大きな革張り椅子の背もたれに不釣り合いに小さな身体を預けて目を閉じた。
ついに創文祭が始まりました。
みなさま応援をよろしくお願いいたします!




