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第25話 仮想現実の恋

「で、君は私に何を望んでいるのかい」

「えーっと、まず、そのゴーグルを外してもらえませんか」

「これは失礼」


 コスプレっぽいVRゴーグルの下からは、昨日、校舎裏で見た眼鏡の男が現れてきた。

 彼こそがファンタジー研四天王の四人目、つまりVRMMO研の部長。

 二つ名は特にないが、敢えて言うならインテリ眼鏡野郎か。


 ここはゲーム系みたいな名前だけど、小説系部活なのだ。

 その対象はサーバー内のVRゲーム世界を舞台にした小説に限定される。なんかストイックだが人数は意外と多い。


「教えてくれませんか。なぜあなたがえすえふ研を離れたのか」

「なら聞くが、君はVRMMO小説とはSFだと思うのか?」


 彼は逆に僕に問いかけてきた。


「それって宇宙人が出てきたらSFか、みたいな話ですよね」

「同じ議論を私は去年、君たちの部長としたよ。そこにあるセンスオブワンダーについて」


 インテリ眼鏡野郎が苦笑いを浮かべ、そして続ける。


「一つ教えてあげよう。私がSFの道に入ったきっかけは、SAOだったのだよ」


 ――――

 全没入型VR機器により始まった、仮想現実ゲーム世界内での数千人のプレイヤーによる冒険生活。しかし開発者の手によってそれはデスゲームと化した。

 この小説はこのジャンルの草分けであり、まさに金字塔と言えるライトノベルだ。

 ――――


「この作品で私はVRMMO小説の魅力に取りつかれ、それはもうこのジャンルを手当たり次第に読んできた。そして最終的に結論に達したのだ」

「なんですか?」

「結局、デスゲームでないVRMMO小説は面白くないのだよ」

「あー、それ言っちゃいます?」


 いやまあ僕も、そうは思ってたんだけどね。


「デスゲームでないVRMMO小説は面白くない。こうなると私がこの小説の面白さだと思っていたものは、実はデスゲームのそれであって、このジャンルは単なる異世界転移ファンタジーの一形態なのではないか。私はそんな考えに取りつかれてね」


 僕たちえすえふ研の部長の元カレと言われる男が、滔々と語る。


「そして気が付いてしまったのだ。私の中にはもはやセンスオブワンダーはないのだということを。私の心は既にテンプレに縛られているのだ……」


 彼の表情は仮面に隠されたように読めない。


「そんな私が、えすえふ研で安穏としているわけにはいかないだろう。その時私はSFの道から退くことを決意したのだ」

「あのー、そんなことでうちの部長と喧嘩したんですか?」

「喧嘩ではなく議論だ。方向性の違いというやつだよ」


 遠い目をして彼は口をつぐんでしまう。


「でもVRMMOって結局はコンピューターの中だし、魔法使ってるわけでもないし、いうなればサイバーパンクの親戚みたいなものですよね。SFでいいじゃないですか」


 このサイバーパンクというのは、ネットワークで結ばれたコンピューター世界(サイバースペース)と現実世界が混然一体(カオス)となった世界観が特徴の、ガジェット感溢れる(ルビが多い)近未来SFのジャンルだ。

 二十世紀末に一世を風靡し、現在でもアニメなどにその影響は色濃く残っている。


「しかしサイバーパンクとVRMMOでは、実際、方向性の違いというものがあるのだよ」


 だからさっきからその方向性って……あ、もしかして?


「ひょっとして先輩は、うちの部長の前でラノベ読んでるのが恥ずかしくなっただけなんじゃないですか?」

「いやそんなことは。例えライトノベルだろうが、それは文学の一形態であって、恥ずかしいなどとは……」


 彼の口調が徐々に熱を帯びてきた。僕はその目を覗き込む。


「確かにハードSF読んでいる女性の隣で、ピンクや水色の髪の女の子が表紙のラノベは読みにくいですよね」

「あのヒロインは茶髪だが」

「それはいいです」


 話を逸らそうとする彼を押しとどめる。


「でも、うちの部長は言ってましたよ。ライトノベルの中にSFは生きてるって」

「そうだな、彼女は確かにそう言っていた」

「じゃあ方向性の違いって、なんなんですか?」


 眼鏡の奥をじっと見つめる。

 やがて彼は溜息をついて語り始めた。


「元々私はSFでもファンタジーでもなんでも読む雑食タイプでね、そんな私にとってストイックにSFを求道する彼女はいつも眩しかったんだ……」


 懐かしむように、彼は過去の出来事を語っていく。


「現代においてSFは小説のジャンルとして死につつあり、一方、なんでもありのライトノベルには作者も読者も集まっている。SFはもっと柔軟になって、ファンタジーでもなんでも取り込んでいくべきだ、私は彼女にそう主張したんだ……」


 その目には強い後悔が浮かんでいた。


「それはやがて部の全員を巻き込む論争となり、気が付いたらSFを読む者は誰もいなくなり、部内はファンタジー一色に染まってしまった。彼女は干されつるし上げられ、もはや部が消滅する直前にまでなっていた。それで……」


 彼は息を吐いた。

 僕は何も言うことができなかった。


「……それで私は、ほとんどの部員を引き連れて部活を割ったのだよ。ファンタジー研と取引をして新しい部を作った。それでも、えすえふ研は残った。この物語はこれでおしまいなんだ」


 そう言って彼は、外していたVRゴーグルを眼鏡の上に被った。



  ☆  △  □



 茜色の空の下、もうすっかりミンミンゼミの声はしなくなり、時折思い出したようにツクツクボウシが鳴く校舎の裏手。


 長い黒髪の女生徒と眼鏡を掛けた長身の男子生徒が、握手を交わして別れていく。

 少し離れた物陰から覗いていても、その様子はどこか寂しげに見える。


「結局、二人のよりは戻らないんだね」

「えっと、萌萌いつの間に」


 気が付くと、隣に萌萌が一緒に隠れてそれを眺めていた。


「おにいちゃんはホッとした?」

「なんで?」

「だっておにいちゃん、部長のこと好きだったでしょ」

「えええぇっ?」


 僕の妹はからかうような目でこっちを見ていた。


「いや僕の好きっていうのは、憧れとかそういうので」

「ふーん、好きだったんだ」

「いやちょっと、話を聞けよ」


 僕の顔を見ながら妹はニヤニヤとした表情だ。

 しかし萌萌も、こんな顔をするようになったんだな。


「でもさ結局、VRMMOって本当にSFだったのかな」

「それを言うとおにいちゃん、ダンジョン配信もファンタジーかどうか怪しくない?」


 二人で顔を見合わせ、思わず苦笑してしまう。


「いまファンタジーの話してなかった?」

「えぇ?」


 振り向いたところに立っていたのは長い黒髪眼鏡の美人、つまり部長。


「部長、いつの間に?」

「ほらもう創文祭まで時間がないよ。そんなことしてる場合じゃない!」


 彼女は吹っ切れた明るい表情でそう言うと、思い付いたように言葉を重ねてくる。


「そういえば、VRMMO研は自主投票になるって」

「本当ですか!」

「やった!」


 なんとかこれで三つのチーム、つまりファンタジー研、僕たち『エンタメその他』、そして第三勢力の『恋愛脳』は、数としては直線上に並んだことになる。


「でもあくまで自主投票だからね。気を抜いちゃだめよ」

「分かってます。僕も頑張って面白い小説を書きます」


 部長は釘を刺しているけれど、僕の心は奮い立ち熱く燃え上ってきている。

 そして萌萌も僕の手をギュッと固く握りしめてくる。


「それにまだファンタジー研が何をしてくるか分からないし。特にあそこの部長は……」

「地水院部長ですか?」

「そう。あなた達も気を付けるのよ」

「もちろん、分かってます!」「気を付けます、部長!」


 とはいえ、いくらファンタジー研だからと言ってまさか魔法を使ってくるわけでもないだろう。みんなの力を合わせればきっと勝ち目はあると思っている。


 僕たちの部室を賭けた戦いが、いよいよ始まるのだ!


次回、コンテスト開始!

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