第23話 悪役令嬢
九月とはいえ、放課後の日差しは夏の名残を残していて、校舎のコンクリートをまぶしく照りつけている。
部活動に向かう生徒が行きかう校庭を抜けて、僕はクラスの当番で、ゴミ箱を抱えて集積所に向かっていた。
そういえば、昔のアニメだと学校の裏によく焼却炉があるけど、実際には見たことない。
代わりに僕が校舎裏で見かけたのは、こっそり逢引きをする男女の姿だった。
背の高い眼鏡を掛けた男子生徒と、後ろを向いた長い黒髪の女子生徒がなにやら言い合いをしている。
「……それでさ、私たち、もう一度やりなおせないかな……」
逢引きでなく修羅場だったかもしれない。
セミの音に混ざって、そんな声が風に乗って聞こえてくる。
聞いちゃいけなかったかなと思いつつ、どこかで聞き覚えがある声な気もしてきた。
「……僕の中にはもうセンスオブワンダーはないんだ。ごめん……」
男子生徒は、そう言って立ち去っていった。
短い修羅場の後には、長い髪の女子生徒がただ一人立ち尽くしている。
ミンミンゼミの音に混ざった、ツクツクボウシのひときわ高い音色が、校舎の裏で秋の始まりを告げ始めた。
・・・
「萌萌、もう来てたんだ。早いね」
「えへっ」
僕が部室にやって来た時、部長はまだ来ていなかった。
萌萌は薄緑色のノートパソコンを開いてカチャカチャと文字を打っている。
「何してるの? 執筆?」
「んー、こないだ読んだ本の感想をまとめてて」
見るとパソコンの脇に二冊の分厚い文庫本が置いてあった。
「あーそれ読んだことある。萌萌は面白かった?」
「うんうん! 宇宙戦艦が地球から飛び立つところとか、鳥肌が立った」
妹の口元がほころんで、尖った耳がぴょこんと上がる。
「そうだよねー、いいよねあそこ」
「スペースシャトルで突っ込んでいくところもよかったな。それに象の宇宙人もちょっと間抜けで……」
萌萌が読んだばかりの小説の感想を早口でまくしたてる。
誰かと感想を話したくてしょうがなかったのだろう。その気持ち、よく分かる。
彼女が目を輝かせていたのは『降伏の儀式』というSF小説。
ラリー・ニーブンとジェリー・パーネルという二人の巨匠がタッグを組んだ、まさにSF黄金期の傑作だ。
――――
深宇宙からやって来た異星の巨大宇宙船により、軌道上から支配された1980年代の地球。絶望の淵に立たされていた人類は、密かに反撃の機会を伺っていた。
そしてついに人類は起死回生の一手を打つ。それは、数百の核爆発のエネルギーを利用して、秘密裏に建造した宇宙戦艦を強引に軌道へと打ち上げるという、まさに乾坤一擲の大作戦だった。
大量の核砲弾と原爆起動のX線レーザーで武装した人類側が、宇宙人に挑むラストシーンは、まさにあの頃のアメリカの、科学技術と自由に対する信頼と想いの象徴のような作品だ。
――――
「私、読んでて泣いちゃった」
萌萌って感受性が高いんだなと思う。
彼女はもうセンスオブワンダーのとりこなのだろう。
「そっかーわかるー」
「でしょーおにいちゃん。やっぱり核兵器だよねー」
妹がえへへと笑う。
……ガラっ
「……みんな来てたんだ……」
そこに部長が入ってきた。今日はなんかテンションが低いな。いつもきれいな長い黒髪もなんだか艶がなく見える。どうしたんだろう。
「そういえば部長、えーっと、ブ……」
VRMMO研はどうなりましたと聞こうとして、なぜかその話をしてはいけない気がしてきたぞ。
「ぶ?」
「あ、いえ。部室、早く欲しいですよねーって」
「そうね……」
「そうそう、異世界恋愛研ってどうなりました?」
慌てて別の話題を振ってみた。
「そっちはもう話が付いた。不毛な争いには巻き込まれたくないから今回は中立になるって」
「え、すごいじゃないですか、部長!」
「まあね、あそこの部長は前から知り合いだったから」
そう言うと部長も自分のノートパソコンを出して、何やら計算を始めた。
「うーん、これだとまだ足りてないか……でもこうすると、どうかなー」
どうやら、コンテストで取れる星の算定をしているようだ。
「僕たち、勝てそうですか?」
「んーまぁー、策はあるんだけど、うまくいくかは……」
珍しく部長は困ったような表情を浮かべている。
こちらも浮動票をすべて押さえたわけじゃないし、やっぱりジャンルの地力でファンタジーの方が強いんだよな。こればかりはどうにもならないというか。
……カチャッ……カチャカチャカチャッ……
そんな部室にキータイプ音が響き始めた。
妹が真剣な顔でパソコンのキーを打っている。
「萌萌は何書いてるの?」
「ちょっと短編を思いついたから、書いちゃおうと思って」
一心不乱な彼女の口元には、微かな笑いすら浮かんでいた。
そうだな、僕も弱気でどうする。
迷っている暇などない。
心の中のSF魂を燃やして、センスオブワンダーを磨こう。
そしてもっと面白い小説を書こう。そうすればきっと……
「部長、僕はすごい小説を書きます。ファンタジー研の人ですら悔しがりながら★を付けてくれるようなやつを」
「おにいちゃん、私も負けないよ!」
「そうね。勝負は下駄を履くまで判らないよね」
部長の声に元気が戻って来た。
白かった頬にも少しだけ赤みが差してきている。
「そうですよ。それに僕たちは負けてもともと、ノーリスクじゃないですか」
「いや、そういうわけでも……」
「え?」
「あっちこっちで空手形切っちゃったから、まあ、いまさら考えてもしょうがないけどね。勝つしかないか。頑張ろう!」
僕たちの部長は無理やり作った明るい顔を見せて、そう言い切った。
☆ △ □
部室が使えない火曜日の放課後。僕が一人で訪れたのは、とある文芸系部活だった。
ピンクに塗られた魔窟のような扉を、一瞬躊躇してからノックする。
「こんにちは。こちらの部長さんいらっしゃいますか?」
「はいはい、何かしら?」
女子の匂いが立ち込める部室の奥から現れたのは、茶髪をポニーテールにした三年生。これが異世界恋愛研部長、つまりファンタジー研四天王の一人だ。
人呼んでピンクの悪役令嬢。
その頭脳から生み出される異世界恋愛小説の数々は、多くの女子生徒を魅了してやまない。
もちろん、僕がこんなに近くで見るのは初めてだ。




