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第21話 言葉は世界を紡ぐ

 やがて六月の衣替えを過ぎ梅雨時を迎えて、夏休みが近づいてきた。

 試しに新入部員を募集はしてみたけれど、ポスターは破られビラ撒きはファンタジー研のパトロールに妨害されてなかなか捗らない。


 でもその裏でチーム『エンタメその他』への各部活の勧誘は進んでいる。既に全校生徒の四分の一ほどの参加が見込まれるところまでは来ていた。

 とはいえファンタジー研はいまだ過半数を押さえているわけで、僕らの勝ち筋は依然見えていないのだ。


「ところで部長、そろそろ他の部の勧誘も限界に来ていますし、奴らの切り崩しも考えないとですね」

「そうね、ちょっとこれを見てくれる?」


 夏の制服姿の部長が一枚の紙を部室の机の上に広げる。

 ファンタジー研の組織図、頂点に君臨するのは、全属性の女王こと地水院風火。その地位に就いてからわずか半年で、彼女は魔法を使ったかのように全校の過半数を支配下に置いた。


 重厚にして盤石な体制は一見、ゆるぎないように見える。


「ファンタジー研四天王と言われる四人のうち、本当にファンタジー研に属しているのは異世界派と現代派を統括する二人だけなのよ」

「えっ、そうなんですか?」


 興味深げに眺めていた萌萌が、顔を上げて部長を見る。


 確かに残りの二つ、異世界恋愛研とVRMMO研は、それぞれ独立した部活でありながらもファンタジー研の配下に組み込まれているのだ。

 恐らく政治的な妥協の産物だろう。


 つまり、ファンタジー研は必ずしも一枚岩ではない。


「ほら例えば異世界恋愛について考えてみると、婚約破棄だって別にそれ自体はファンタジーじゃないし、悪役令嬢のプロットなんてタイムループのSFみたいなものじゃない」

「確かに。そんな気もしますね」


 部長の分析に、萌萌もうなずく。


「だからせめて異世界恋愛研ぐらいは、説得できないかとは思うんだけど……」


 そこまで言ったところで、眼鏡の美人な顔が曇った。


「あのー、それじゃVRMMO研の方は、僕が行ってきましょうか?」

「いや…………それはいいや。この二つは私が何とかするから、隆史君と萌萌ちゃんは他の部活を押さえて回って」

「はい」



 ・ ・ ・



「VRMMO研って、部長と何かあったの?」

「なんでそう思った萌萌?」


 学校からの帰り道、眼鏡を外した妹が間近で見上げる視線に、僕は一瞬ドキリとしてしまう。

 制服の夏服が茶色の髪によく似合っている。


「何て言うか、おにいちゃんが『VRMMO研』って言った時の部長の表情が気になって」


 頬に指を当て首を傾けながら、妹は言ってくる。


「そうかー。でも僕が知ってるのは、あの部は元々えすえふ研と一緒の部活だったんだけど、僕が入る前に二つの部に別れたってことぐらいかな」

「へーそうなんだ。なんで別れちゃったの?」


 深緑色の瞳と目が合う。


「知ってるけど、でもこれ、個人情報だから」

「妹にも秘密なの?」

「だからさ、妹とか関係なくない?」


 僕が言いあぐねていると、萌萌の口元がニヤリとした。


「もしかして、それって部長の例の元カレの話に関係ある?」

「なんで判った?」


 実はVRMMO研の部長とうちの部長との間で何かがあって、それが部を割る大喧嘩になってしまったらしいのだ。

 どういう経緯なのかは知らないし、話を逸らされてしまうので本人には聞けていない。


「えへっ、やっぱりそうなんだ」

「いや、僕も噂で聞いただけなんだけど……」


 というか、僕が首を突っ込む話でもない気がするんだよな。



  ☆  △  □



 今日は珍しく、父さんが家でのんびりしている。


 お昼に家族で素麺を食べている時、萌萌がパソコンを欲しいと言い出した。

 父さんはうなずいて、さっそく午後に家族で買いに行くことになった。


 家電量販店の帰り道、買ったばかりのノートパソコンの箱を持って歩く萌萌はえへへと笑って嬉しそう。

 僕にも高校に入った時に買ってもらったデスクトップパソコンがあるんだけど、やっぱり小説を書くとなるとパソコンが欲しくなるんだよな。


 それにしても、家族で買い物とか何年ぶりだろう。

 ひさびさに味わう普通の家族というものの実感に、なんだか眩暈がしてくる。


 そういえば萌萌のお母さんはいつ来るんだろうか。もちろん僕にとってもお母さんなんだけど、あの涙を見て以来、さすがに妹には聞けない。


「いただきまーす」


 夕食は外で食べようかという話もあったけど、やっぱり家で食べることになった。


「おにいちゃんの作ったこれ美味しいね」


 僕の作った辛口麻婆豆腐を妹がご飯にかけてモグモグと食べるたび、耳が上下に小刻みに動いている。


「萌萌の野菜と鶏のグリルも、スパイスが香ばしくておいしいよ」

「えへっ」


 そして父さんは僕たち二人を温かい目で見ている。そんな時、

 ピロリン、ピロリン

 また、父さんの携帯電話が鳴った。


「はい、もしもし……なにっ!」


 父さん働き過ぎだよな。

 さすがに僕としても健康が気になってくる。


「……だからなんですぐ核を使う話になるんだよ。脳筋かよあいつら」

「……官房長官にブリーフィングしておいてくれ。それとアメリカ大使館にも」


 それにしても、いつも不穏な父さんの電話って不穏だよな。事情を知らない僕がなにか言うことでもないんだろうけど。

 そう思っていると突然、父さんが萌萌に何事かを話しかけた。


「ĸΩñΩµ¢µ¢Ð£ħ¢ ʒ£ñµ£†ΘµÐ£Θµ」

「Θħ¡ĸ¢†¢¢¶¡µ¢Θ£ñ」


 また父さんは携帯電話を耳に当てる。


「プランAで準備を進めてくれ……あー構わん、責任は私が取る」


 そして通話を切ると、父さんは立ち上がった。


「ちょっと出かけてくるから。夕食うまかったな」

「うん、父さん。こっちは任せておいて」

「気を付けてね、お父さん」


 準備の手を止めて僕たち兄妹の顔を見た父さんは、少しだけ嬉しそうにうなずいた。



 ・・・



「父さん、また行っちゃったね。それにしたって……」

「しょうがないよおにいちゃん。お仕事なんだから」


 萌萌は新しい薄緑色のノートパソコンのキーを軽やかに叩いている。

 それにしてもさっきの電話、何だったんだろう。


「私ね、小説を書いているとすごく楽しいの。私の中で新しい世界が創られて息づいていくところとか。そうやって書いた小説を読んでもらうことで、みんなの心の中にもその世界が広がっていくんだなって」


 父さんと萌萌の会話をまだ気にしている僕に、液晶から目を離さずに彼女は話しかけてくる。真剣にキーを叩くその姿は、僕より大人に見えてしまう。


「そうだよね、それが創作の楽しさだよね、萌萌」


 そうだよな、父さんの仕事はいつものことだ。気にしてもしょうがない。

 それより妹に負けてはいられない。

 僕も世界を変えるような小説を書けるようにならないと!


「ねえ、おにいちゃん、夏休みになったらどこか遊びに行こうよ」


 決意を固める僕に、萌萌が画面から顔を上げた。


「もちろんだよ。萌萌!」

「部長も誘ってみない?」

「さすがに受験生だし勉強してると思うけど、ちょっと誘ってみるか」

「うん!」


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