第17話 エンタメその他の旗の下
水曜日の放課後は部室が使えない。
僕たちえすえふ研の総員三名は、学食の隅にこっそり集まっていた。
部長の持ってきた学校の全部活リストを三人で覗き込む。
「うちの学校、こんなに部活あったんですね」
「まあね、でも文化系は人数ぎりぎりのところが多いの。一部の部活に至っては存在してはいるけど実質的にはあそこの支配下だし」
あそこ、というのはもちろんファンタジー研のことだ。
部室の外では他に誰が聞いているか分からないので、どうしてもこんな感じの話し方になってしまう。
「で、どうするんですか部長?」
「もちろん、」
黒髪眼鏡の美人は、その整った口元を歪めてニヤリとする。
「一つずつ、仲間にしていくのよ」
「そんな簡単にいくんでしょうか?」
確かにうちと仲が悪かったミス研が仲間になったのは意外だったけれど、ミステリーは元々SFに近いジャンルだ。他の文芸部活はもっと厳しい気がする。
「あそこの横暴に耐えかねているところも多いはずよ。敵の敵は味方って言うじゃない」
「まあ、そうですけど……」
「おにいちゃん、一緒に説得して回ろうよ!」
眼鏡姿の萌萌が隣から僕の目を見てくる。結ばれた口元からは確固な意志を感じる。
そうだな、僕がこんな弱気でどうするんだ。
「わかった萌萌。一緒に行こう」
「うん!」
僕たちは兄妹で目を合わせてうなずき合う。なんだか気分が高揚してきたぞ。
「それでは部長、さっそくスローガンを」
「ここでは駄目!」
部長が食堂の入り口近くに目くばせをした。
なにか揉めている声がする。
「やめてください、文学は皆、平等なはずです!」
「なにが文学だ。この恋愛脳が!」
「きゃーやめてー」
読書会をしていたライト文芸部の女の子たちを、パトロールと称して示威活動しているファンタジー研のチンピラ部員が蹴り飛ばしたところだ。
「ふはははは、この場所は我々ファンタジー研・異世界派スローライフ班モフモフ愛好チームが使用させてもらう!」
奴らの叫び声が学食に響く。
表情を消した部長が、静かに僕らに話してくる。
「待つのよ。奴らがああやってヘイトを溜めていれば、いつかはチャンスが来るから」
「そう……ですよね」
静かに見える部長のはらわたが煮えくりかえっていることを、僕は知っている。
「ねえ、おにいちゃん。なんで部長はあんなにファンタジー研のこと嫌いなの?」
「あーそれ聞いちゃう?」
妹と一緒の学校からの帰り道、顔に好奇心を浮かべた妹に質問された。
少々答えにくい。
「聞いちゃダメだった? 妹なんだから秘密とかないでしょ」
どうしようと思ったけど……妹だし、まあいいか。
「噂なんだけどね。部長、付き合ってた彼氏を地水院先輩に取られたんだって」
「その地水院って、ファンタジー研の部長の人?」
僕が黙ってうなずくと、萌萌の顔が険しくなる。
「これは大変な戦いになるね、おにいちゃん」
「だろ」
☆ △ □
「私はこっちを当たるから、二人はそのリストをお願いね」
「はい部長!」「頑張ります!」
ということで、翌日から僕らは手分けをして部活巡りをすることになった。
「こちらの部長さんはいらっしゃいますか、えすえふ研ですけど、お話が」
「なんだよお前ら。ファンタジー研の仲間か」
最初に訪れたのはドキュメンタリー研だ。男の部長が不機嫌そうに対応してくる。
僕はなんとか説得してみようと努力する。
「違います! 僕たちはあいつらとは対立しているんです!」
「対立? SFとファンタジーなんて、どっちも現実逃避の妄想じゃないか」
彼は鼻で笑って、資料の貼られた壁をドンッと叩いた。
「見ろ、これが現実だ。貧富の格差、差別、環境破壊。空想の世界に浸っている暇があったら、もっと現実と向き合うべきだろ」
「すいません……」
いや、謝ってどうするんだよ僕。まあいいか次に行こう。
さっきのこともあって、今度はファンタジー研と仲の悪いライト文芸部にやって来た。
「お話があって参りました。一緒にファンタジー研と戦いましょう」
ここの部長はショートカットの女性だった。柔和な笑みを浮かべて招き入れてくれる。
その雰囲気に僕は少しだけ安堵する。
「僕たち、えすえふ研ですけど、創文祭のコンテストで組みませんか!」
「えすえふね……そうなんだ。私ね、前に投稿サイトにボーイミーツガールのSFを書いたことがあるの」
幸先がいい。もしかしたら、今回は上手くいくかもしれない。
「そうですか! それなら、ぜひ合同チームに」
「その時ね、SF警察が群がってきて、科学的に矛盾があるとかここの設定がおかしいとか、もうネチネチ厭味ったらしいったらありゃしない。その時から私は一切SFとは関わらないことに決めたの」
にこやかだった彼女は氷のような冷たい目で僕を見ていた。
「それは……どうもすいません……」
僕が悪いわけでもないのに、つい謝ってしまう。
・ ・ ・
なんかもう駄目かもしれない。
もうここまで、いくつの部活を回っただろう……
現実的に考えてみてファンタジー研と僕たちとの戦力比は百対一だ。
立ち向かうより頭を低くして、仲間内だけで生き残ることを考えるべきでは……
ついそんなことを考えて階段に座り込んでしまう。
制服のズボン越しにコンクリートの床が冷たく感じられてくる。
「どう、おにいちゃん?」
そんな時、階段を上がってひょっこり現れてきたのは萌萌だった。
学校用の眼鏡を掛けた女子高生の姿。
「いま歴史研で塩撒かれたとこ。歴史を改変するなって。もう駄目かも」
「あーそれは相性悪そうだね」
「萌萌はどうだった?」
そう尋ねながら僕は、妹の口元がほころんでいることに気が付いた。
見ると彼女は右手に一枚の紙を持っている。
「見て見て、えへっ」
それは僕らのチームへの合流申請書だった。
僕が断られ続けているそれを、彼女は一人でもらってきたのだ。
「すごいじゃん萌萌。えーっと部活名は…………百合文化同好会?」
「うん。二人だけだから同好会なんだって」
まるで光が差してきたように感じてしまう。
三名に満たない部活は任意団体の同好会へと格下げされるのが、この学校のルールだ。同好会は部室こそ与えられないものの、創文祭への出場も認められている。
そうか、同好会でもいいんだ。
僕はいつの間にか、部活という枠に捉われてしまっていたらしい。
一方、新入生の萌萌は、そもそもそんなことを気にしてもいなかった。
「SFは自由だという言葉の意味を、本当に理解してたのは萌萌だな」
「えへっ」
口元が緩んだ萌萌が子犬のように僕の顔を見ている。
見えない耳も上下にパタパタしていることだろう。
「それにしても、どうやって……」
「まずは相手の話を聞いてあげて。そこからだよ、おにーちゃん元気出して」
ちょっと自慢げなその言葉に、僕の心にも火がついてきた。そうだな、やれるところからやるしかない。
「よし、僕も頑張る。二人で競争だ!」
「負けないよ、おにいちゃん!」
身体が軽く感じられ廊下が明るく見えてくる。
初夏の光の中、僕たち兄妹は競い合うように学校を駆け抜ける。
「ねえ、おにいちゃん、あの人たち何してるの?」
突然、萌萌が上履きを軋らせて急停止した。
その指さす先には、緑のテーブルの前で部活に励む生徒たちの姿。
「あれは卓球部だけど」
「あれって、私でもできないかな?」




