第12話 投稿小説コンテスト
四月も終わりのある日の放課後のえすえふ研部室。
妹の萌萌が頭を軽く揺すりながら、文庫本の並ぶ本棚を眺めている。
「次に読むのは何がいいかな、おにいちゃん」
「冒険ものSFなんてどう? 悪い宇宙人と戦うみたいなやつ」
「へー、ちょっといいかも」
ガラッ!
「大変大変!」
その時、珍しく慌てた様子の部長が入ってきた。
「どうしたんですか部長? ファンタジーの話ならしてないですよ」
「大変なの! 新しい部室をゲットするチャンスなのよ」
「それは大変!」
いまの部室はミステリー研と共有で、活動も週に二日だし本棚も半分しか使えない。しかも建て替えで追い出されるという噂まである。新しい部室は僕たちみんなの願いなのだ。
「まだチャンスってだけなんだけどね。秋の創文祭で、生徒会がこういうイベントをやるんだって。ほら、ここを見て!」
バンっと音を立てて大机に置かれたのは『創文祭実施要綱』と書かれた冊子だ。
部長の眼鏡がきらりと光った気がする。
「生徒会主催の投稿小説コンテスト! 優勝チームには部室進呈!」
「おお!」「すごい!」
この創文祭というのはうちの高校で九月に開催される文化祭のことだ。文芸創作系部活が多いこの学校では文化祭が最大のイベントとして賑わいを見せる。
なんでも去年はファンタジー研が校舎の一部をダンジョンにして人気だったらしい。
僕がこの学校に入ったのはその後だったのでよく知らないけど。
「ところで部長、いま投稿小説コンテストって言いました?」
「そうよ。ほらそう書いてある」
僕が尋ねると部長は冊子を指さしニッコリと微笑む。
確かに、投稿小説から読者投票で優勝チームを選出と書いてある。
「へー、そうなると誰が書くんですかその小説。もしかして部長?」
「そんなの全員に決まってるじゃない!」
何それ? 小説って書くものなの?
そういえば父さんも小説を書きたいとか言ってたな。しかし素人がそんなことできるんだろうか。
「部長! 小説ってどうやって書くんですか?」
「いい質問ね、萌萌ちゃん。そうだ!」
萌萌は僕より乗り気な様子に見える。
「もうじきGWだし創作合宿をしましょう! ファンタジー研には負けられない!」
部長が机をバンバンと叩く。とはいえ、ファンタジー研は全校生徒の半数を超える巨大部活だ。人数はうちの二百倍以上。
こんなので読者投票とか、勝ち負けってレベルじゃなくない?
☆ △ □
僕たちの通う創文学園穴之守高校という学校名は、その昔ここにあった穴之守神社に由来する。略称は穴高。
歴史研によると、昔ここには深い穴があり、その伝承が日本書紀だか風土記だかにあるそうだ。ヤマタノオロチの巣か黄泉比良坂の入り口か知らないけど。
ちなみにこの場所には以前は大学部もあって妙な実験を繰り返していたらしい。
それが引っ越してしまった今となっても、夜中に徘徊するモンスターの噂とか異世界に通じる階段の話とかが、学校の怪談として語り継がれていたりする。
・・・
そして迎えた五月の連休。目的地の大学部の研修所は、都内の喧騒から離れた、木立に囲まれた静かな場所にあった。
コンクリート三階建ての建物がある敷地からは、軽快なテニスの音が聞こえてくる。行き交う学生たちはどこか大人びた雰囲気で、高校とは違う世界に足を踏み入れたような気がして、思わず背筋が伸びる。部長はいつものように平然としているけど。
受付で「お世話になります。穴高えすえふ研です」と挨拶すると、「はい、いらっしゃい」と落ち着いた声が返ってくる。
ところで僕らの割り当ては二部屋あった。そうなると部長が一室で、僕と妹で一室? 僕はいいけど、萌萌はどうなんだろう? 妹とはいえ義理の妹だもんな。
家ではいつも二人でいることが多いけど、同じ部屋で寝るとなると、どうしよう。
いや何をドキドキしてるんだよ僕。あ、でも心の準備がまだ……
「萌萌ちゃんは私と一緒の部屋ね」
「はーい、部長」
微かなカレーの匂いがする食堂には、食器を片づける音と周りの学生の話し声が聞こえている。その片隅で僕たちえすえふ研の合宿最初の活動が始まった。
「では部室のために頑張りましょう。みんなはどんな話を書きたい?」
春を思わせるクリーム色のワンピースを着た部長の問いかけに、薄ピンクのパーカー姿の萌萌と、学校のジャージを着た僕は顔を見合わせて考える。
「うーん、そうですねー」
新緑が生い茂る窓の外からは五月の光がテーブルの上を明るく照らしている。
それにしても小説を書くとか、いろいろ夢が膨らむな。
「はーい、私は女の子が主人公の冒険ものがいいです!」
眼鏡っ子になっている妹が手を挙げて言った。
「いいねー萌萌ちゃん。そこはどんな世界かな」
「地球によく似た星で、悪い宇宙人を倒す的な?」
「あースペオペね。いいんじゃない」
どうやら萌萌は最近勉強中のスペースオペラを書くらしい。
ちなみにこれは悪い宇宙人と光線銃で戦う系の古き良き冒険SFの総称だ。そういえばこのジャンルって最近はすっかり異世界ファンタジーに取って代わられた気がするな。
「……クスクス、あそこ宇宙人とか言ってるよ。相変わらず幼稚ね」
突然、別グループのひそひそ話が聞こえてきた。
ちらっとみると、高校生ぐらいの陰気な雰囲気の女が三人、顔を突き合わせて話をしていた。あいつら、見覚えがあるような……まあいいか。
「えーっと僕はですね、高校を舞台としたラブコメっぽいのが書きたいかな。もちろん主人公は男です」
「なるほど。ところでどの辺がセンスオブワンダーなのかな?」
部長が深遠な問いをぶち込んできた。
そう言われると難しいんだよな。
「クスクス。超能力でも入れればいいんじゃない? 簡単でしょ、クスクス……」
今度ははっきり聞こえて来た声の方向にいる三人を部長が睨みつける。
「ミステリー研はノックスの十戒でも唱えていなさい!」
「怒ってる怒ってる。クスクス、クスクス、クスクス」
そうか、あいつらうちのミス研か。私服だからわかんなかった。
「ねえねえ、おにいちゃん。そのノックスの十戒ってなんなの?」
「あーそれね。こないだもちょっと説明したけど、えっと、」
「どれどれ見せて」
スマホに検索ワードを入力していると、妹が脇から覗き込んできた。
髪が僕の顔にかかり、シャンプーの匂いが漂ってくる。
ちなみにノックスの十戒とは1928年にロナルド・ノックスが発表した推理小説を書く際のルールであり、推理小説を作者と読者の論理ゲームとしてとらえた場合のNGが十項目にわたって挙げられている。例えば……
【探偵方法に、超自然能力を用いてはならない】
【探偵は、偶然や第六感によって事件を解決してはならない】
「ねえ、おにいちゃん。この二つって、くっ付けられるんじゃない?」
「なるほど、確かに。萌萌は頭いいな」
「えへっ」
スマホの画面を指さしながら妹が無自覚に身体を寄せてくる。
ちょっとこそばゆい気分。
「【探偵は、超自然現象や偶然で事件を解決してはならない】、これでどうだ?」
「いいんじゃない?」
「十戒が九戒になった。もしかしてミステリー界の革命かも」
「そうなると、これも近くない?」
萌萌が画面をさらに指さす。
華奢で柔らかな感触が身体の横に触れている。距離が近い。
【探偵は、読者に提示していない手がかりによって解決してはならない】
【犯人は、物語の当初に登場していなければならない】
【双子と一人二役は、予め読者に知らされなければならない】
「確かに近いね」
「思うんだけどおにいちゃん、これもっとシンプルに書けそうな気がしない?」
「そうだね。ちょっとまとめてみようか」
接触面に熱がこもってくる。
妹なんだから気にしちゃだめだよな。気持ちをスマホに集中してメモを取る。
「こんな感じでどうかな萌萌。二戒までくっつけたよ」
1.探偵は、読者の知らない情報で事件を解決してはならない。
2.作者は、読者が知りえない事項を犯行に使用してはならない。
萌萌は僕にぴったりくっついて画面を見ている。
「せっかくだし、おにいちゃん、この二個もくっ付けられないかな」
「そうだな……じゃあ……こんなところで!」
1.謎解きは、読者が物語の情報を元に論理的に犯人を推理できなければならない。
「いいじゃない! さすがおにいちゃん」
「やったな、萌萌!」
至近距離で妹と顔を見つめあってしまう。
突然恥ずかしくなってきた。
「ゴホン。ほら部長、見てください。一戒になりましたよ! あれ?」
声を掛けようと思った時には、部長とミス研の三人の姿はなくなっていた。




