第九十六話 王の先手と、冥府の召喚状
第九十六話 王の先手と、冥府の召喚状
「まずは、情報を、集めないか? 一番、大きな街の、図書館とか…」
ユウマの、あまりにも庶民的な提案。
それが、また新たな勘違いの火種となり、仲間たちがそれぞれの解釈で盛り上がっていた、その、瞬間だった。
ヒュンッ!
馬車の、窓の外から、一羽の、白銀に輝く、機械仕掛けの、鳥が、矢のように、飛来した!
鳥は、ユウマの目の前の、テーブルに、音もなく、着地すると、その嘴から、カシャリ、と、小さな、水晶の、筒を、落とした。
ウィルナス王からの、ゲームの第一手を告げる、メッセージだった。
水晶の筒は、淡い光を放ち、ウィルナス王の、冷徹で、理知的な声の、ホログラムを、空間に、投影した。
『ゲームの、一手目だ、賢者ユウマ。貴様の、目的は、『魂の宝玉』。情報は、くれてやる。宝玉は、七つの世界の内、最も、魂の理に近い、場所にある。すなわち、死者の国―――『冥界』だ。…さて、『世界の器』よ。俺の、この、有益な、情報に、貴様は、どう、応える?』
ウィルナス王の、傲慢な、しかし、理知的な、ホログラムの声が、消えた、その、直後。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
馬車が、激しく、揺れた。いや、揺れたのではない。
一行が進んでいた街道そのものが、まるで地震のように、裂け始めたのだ!
馬車は急停止し、外からは、竜馬の怯えた、いななきが聞こえる。
「な、何事だ!?」
ユウマが窓から外を覗くと、信じられない光景が広がっていた。
馬車の進路を塞ぐように、空間そのものが黒く裂けている。そして、その禍々しい魔界の『門』から、一体の、全身を漆黒の鎧で固めた魔将軍が、ゆっくりと姿を現した。
「見つけたぞ、『世界の器』よ」
魔将軍の、血のように赤い瞳が、馬車の中のユウマを、射抜いた。
その瞳に宿っていたのは、支配欲でも、好奇心でもない。
ただ、純粋な、虫けらを見るかのような、絶対的な殺意だった。
「リリス様の提案した、まどろっこしい『遊戯』など、我が主は望んでおられぬ。…危険な『器』は、育つ前に、砕く。それこそが、魔界の、理」
魔将軍は、巨大な、禍々しい斬馬刀を、振り上げた。
「―――死ね」
その、あまりにも、直接的な、殺意。
それが、引き金だった。
【ユウマに向けられた『絶対的な殺意』が、ユウマの『無意識の自己防衛本能』によって、『存在の完全否定』の概念へと、反転・暴走する】
しかし、世界の理が書き換わるよりも、早く。
一人の、緑色の、巨体が、その、絶望の前に、立ちはだかった。
ガガルだった。
彼は、ユウマの盾となるべく、その巨大な背中を向け、己の最強の武器である、その肉体で、斬撃を受け止めたのだ。
ザシュッ。
あまりにも、静かな、音がした。
ガガルの、ベヒーモスとミノタウロスの血を引く、伝説級に頑強なはずの肉体が、いとも容易く、斬馬刀の一撃に、両断された。
「…フン…。我が、命と、引き換えに、我が、王を、守れたのなら…」
ガガルは、満足げに、そう言い残し、力なく、崩れ落ちた。
「ガガルーーーーーーーーーーーッ!!」
ユウマの魂からの絶叫が、響き渡った。
そして、彼に向けられた殺意は、ついに、世界の理を、書き換えた。
「―――消えろ」
ユウマの、声にならない、心の叫び。
それが、現実となった。
魔将軍の背後にいた、精鋭の魔界騎士たちが、音もなく、消えた。
悲鳴も、光も、血飛沫もない。
ただ、最初から、そこに、いなかったかのように、その存在が、世界から、完全に、削除されたのだ。
「なっ…!?」
魔将軍は、信じられない光景に、戦慄した。
彼は、目の前の、虚ろな目をした少年から、神々すら、恐れる、原初の『無』の、気配を感じ取った。
「…撤退だ…! 全軍、撤退!」
彼は、恐怖に、顔を引きつらせ、再び、黒き『門』の中へと、消えていった。
嵐は、去った。
後に残されたのは、破壊された街道と、動かなくなった、仲間の一人。
そして、その亡骸を抱きしめ、ただ、虚ろに、涙を流す、ユウマの姿だった。
(死んだ…? 俺の、せいで…?)
その、絶望の淵で。ユウマの心に、たった一つ、あまりにも純粋で、あまりにも無謀な、願いが、灯った。
(生き返らせる…)
彼は、腕の中の、チビすけを、見つめた。
(こいつは、『生命の宝玉』。俺は、泉を、蘇らせた。だったら、ガガルさんだって…!)
ユウマは、チビすけを、ガガルの、冷たくなった胸の上に、置いた。
そして、両手を、その上に、重ね、心の底から、願った。
(生きろ!)
翠色の、生命の光が、ガガルの身体を、包み込んでいく。
止まっていたはずの心臓が、微かに、動き始めた。傷口が、ゆっくりと、塞がっていく。
奇跡が、起ころうとしていた。
その、瞬間だった。
「―――そこまでだ」
どこからともなく、冷たく、厳格で、そして、感情の、一切ない、声が、響き渡った。
地面から、無数の、灰色の、鎖が現れ、ガガルの、身体ではなく、その、肉体から、離れかけていた、魂を、寸分の狂いもなく、捕縛した。
「なっ…!?」
「魂の、管轄は、我が『冥界』の、領域である」
声は、続いた。
「生死の理を、無許可で、覆すことは、世界の、律律に、違反する。…よって、その魂は、正規の、手続きに従い、我が方で、受理する」
灰色の鎖が、ガガルの魂を、地の底へと、引きずり込んでいく。
「やめろ!」
ユウマが、叫んだ、その時。
彼の足元に、巨大な、役所の、判子のような、紋様が、浮かび上がった。
「及び、世界の理を、著しく、乱した、特級案件、『佐藤 優馬』」
その声は、ユウマの、前世の名を、正確に、呼んだ。
「貴殿を、秩序紊乱の、重要参考人として、冥界へと、召喚する。異論は、認めん」
紋様が、光を放ち、ユウマの身体を、抗いがたい力で、地の底へと、引きずり込んでいく。
「ユウマ様!」
仲間たちの、悲痛な声が、遠ざかっていく。
ユウマは、最後に、ただ、ガガルの、魂が、消えていった、暗い、地の底を、見つめていた。
(…待ってろ、ガガルさん。俺が、必ず…)
彼の、意識は、そこで、途絶えた。
魂の、お役所を、統べる、官僚王、エンマとの、最悪の、面会が、始まろうとしていた。




