第九十五話 父の自覚と、遊戯の開幕
「…ありがとな、チビすけ…」
ユウマの、か細い、しかし、確かな感謝の言葉。
それは、この異世界に来て、彼が初めて、自らの意志で、運命を受け入れた瞬間だったのかもしれない。
腕の中のチビすけは、その言葉に応えるかのように、きゅるん、と、ひときわ温かい光を放った。
「おお! ユウマ様! お目覚めですか!」
「主サマ!」
仲間たちが、安堵の表情で、ユウマの元へと駆け寄ってきた。
「…一体、何が…?」
ユウマが、混乱した頭で尋ねると、仲間たちは、待ってましたとばかりに、口を開いた。
「お見事でした、ユウマ様!」
ガガルが、興奮に、目を輝かせた。
「貴方様の、所有権を巡る、二人の王による、壮大なる、決闘の、予選が、今、幕を開けたのです!」
「決闘…?」
「そうですわ、賢者様!」
アリアも、頬を紅潮させて、続く。
「貴方様の、聖なる心を、射止めるため、二人の王が、これから、徳の高さと、貢献度を、競い合うのです! なんという、神聖な、試練でしょう!」
「てか、要は、超イケメンの王様二人が、主サマを取り合う、恋愛リアリティーショーが始まったってこと! 最終的に、どっちに、バラを渡すわけ!?」
アイは、完全に、明後日の方向に、話を、解釈していた。
(決闘…? 徳の高さ…? バラ…?)
ユウマは、仲間たちの、あまりにも、ポジティブすぎる(そして、意味不明な)解説に、ただ、首を傾げるだけだった。
「…まあ、だいたい、そんなところよ」
リリスが、やれやれ、と肩をすくめると、事の経緯を、簡潔に、説明した。
ユウマが、二人の王による、狂気のゲームの、商品になってしまったこと。そして、そのルールが、「ユウマの心を射止めた方が勝ち」であるということを。
「…俺の、心を…」
ユウマは、絶句した。
しかし、もはや、彼の心に、絶望の色はなかった。
彼は、腕の中の、チビすけを、ぎゅっと、抱きしめる。
(…関係ない。俺が、やるべきことは、一つだけだ)
その、ユウマの、静かな、しかし、確固たる、決意の光を、宿した瞳を見て。
仲間たちは、またしても、壮大な勘違いを、加速させた。
((((おお…! すでに、この、壮大な遊戯の、先を、見据えておられる…!))))
やがて、崩壊した玉座の間に、一人の、白銀の騎士が、現れた。
彼は、ユウマたちに、深く、一礼すると、ウィルナス王からの、伝言を、告げた。
「…我が王、ウィルナス陛下より。『盤面の、準備が、整うまで、しばし、退席を願う』とのこと。…馬車を、ご用意いたしました」
それは、丁重な、送別の言葉であり、そして、「さっさと、出ていけ」という、王の、苛立ちの、裏返しでもあった。
一行は、半壊した、王城を、後にする。
その道中、兵士たちが、必死に、瓦礫を、片付けている姿があった。ユウマが、引き起こした、カオスの、爪痕は、あまりにも、大きい。
王都の外れで、用意された、豪華な馬車に、乗り込むと、一行は、ようやく、一息ついた。
「さて、これから、どうするの?」
リリスが、問いかけた。
「あの、二人の王が、次の一手を、打ってくるまで、どこかで、隠れて、待つ?」
「いや」
ユウマは、静かに、しかし、はっきりと、首を横に振った。
「俺は、行かなきゃいけない」
彼は、腕の中の、チビすけを、見つめた。
「こいつを、守るために」
その、初めて、見せる、父親としての、力強い、意志。
その、あまりにも、意外な、成長に、仲間たちは、一瞬、言葉を失った。
リリスは、その、ユウマの変化を、楽しむように、口の端を、吊り上げた。
「あら、いいじゃない。…だったら、ちょうどいいわ」
彼女は、悪魔のように、囁いた。
「この、ゲームを、逆手にとって、あの王たちを、利用してやればいいのよ。…私たちが、欲しいものを、彼らに、用意させるの」
「欲しいもの…?」
「そうよ」と、リリスは、チビすけを、指さした。
「この子は、まだ、赤ん坊。ただの、生命力の、塊よ。この子を、守るには、もっと、強い、『個』としての、力が必要。…例えば、『魂』がね」
彼女は、精霊王から、聞いた、おとぎ話を、持ち出した。
「七つの、創世の宝玉。その中に、**『魂の宝玉』**というものが、あるらしいじゃない。それを、手に入れれば、この子は、もっと、強くなれる。…そして、あんたは、この子を、もっと、守りやすくなる。…違うかしら?」
それは、悪魔の、甘い、誘惑。
しかし、ユウマにとって、それは、何よりも、魅力的な、提案だった。
「…分かった。それを、探そう」
ユウマは、頷いた。
それは、彼が、この異世界に来て、初めて、自らの、明確な、意志で、選んだ、旅の、目的だった。
王たちの、ゲームでも、世界の、運命でもない。
ただ、腕の中の、小さな、我が子を、守るため。
ユウマの、平穏を求める、逃避行は、終わりを告げた。
今日から、彼の旅は、二人の、狂王から、自分自身と、この、小さな、我が子を、守り抜くための、戦いの旅へと、その意味を、変えたのだ。




