第九十三話 二人の王と、半分この器
「―――我が手にこそ、ふさわしい」
「―――俺だけが、引き出せる」
覇王ウィルナス。
魔将軍ベルゼビュート。
人間界と魔界、二人の、頂点に立つ者の、狂気的なまでの独占欲が、衝突した。
ゴオオオオオオオオッ!!
ウィルナスの身体から、理性を、焼き尽くすかのような、黄金の覇気が。
ベルゼビュートの身体から、全てを、無に還すかのような、漆黒の魔力が。
二つの、絶対的な力が、玉座の間で、激突し、凄まじい、衝撃波となって、周囲を、薙ぎ払った。
「くっ…!」
ガガルとアリアが、必死に、ユウマの前に立ち、その衝撃を、受け止める。
王城の壁が、悲鳴を上げ、天井が、完全に、崩落を始めた。
「やる気か、人の子よ」
「望むところだ、魔の王よ」
二人の王は、もはや、ユウマのことなど、見ていない。
ただ、目の前の、邪魔者を、排除し、至高の玩具を、手に入れる。その、純粋な、欲望だけが、彼らを、支配していた。
ウィルナスの手に、炎の剣が、現れる。
ベルゼビュートの手に、闇の槍が、凝縮される。
世界の、理を、歪める、二つの力が、今まさに、放たれようとしていた。
その、世界の終わり、一歩手前の、光景の、ど真ん中で。
ユウマの、心は、完全に、折れていた。
(俺のせいだ…)
(俺が、ここに、来たから…)
(俺が、存在するから、みんなが、おかしくなるんだ…)
(もう、いっそ…俺なんて、いなくなってしまえばいいんだ…)
それは、もはや、現実からの、逃避ではなかった。
自らの、存在そのものを、否定する、究極の、自己消滅願望。
ユウマの、その、あまりにも、純粋で、あまりにも、悲痛な、**『自己否定(俺なんて、いらない)』**の、祈り。
それが、引き金だった。
【ユウマの『自己消滅願望』が、二人の王の『独占欲(ユウマが欲しい)』によって、『所有権の、物理的分割』という、狂気の概念へと、反転・昇華される】
ウィルナスと、ベルゼビュートの、脳裏に、同時に、同じ、天啓が、閃いた。
(そうだ…)
(こいつを、独占するには…)
(半分こに、すれば、いいじゃないか)
二人の、思考が、完全に、シンクロする。
彼らが、ユウマに、向ける、殺意は、消え失せた。
代わりに、そこにあったのは、至高の、美術品を、傷つけないよう、完璧に、そして、正確に、真っ二つに、分割しようとする、外科医のような、冷徹な、眼差しだった。
ウィルナスの、炎の剣が、ユウマの、右半身を。
ベルゼビュートの、闇の槍が、ユウマの、左半身を。
寸分の、狂いもなく、捉える。
二つの、神の如き力が、ユウマを、殺すためではなく、完璧に、所有権を、分割するために、同時に、放たれた!
「「「ユウマ様(主サマ)!!」」」
仲間たちの、絶叫が、響く。
もはや、誰も、止められない。
ユウマの、人生が、文字通り、真っ二つに、引き裂かれようとした、その、瞬間。
きゅるるううううううううううううううううううううううっ!!!
ユウマの、腕の中から。
それまで、静かに、光っていた、チビすけが、この世の、終わりを告げるかのような、凄まじい、甲高い、鳴き声を、上げた。
それは、空腹の訴えでも、不安の鳴き声でもない。
自らの、親が、引き裂かれようとしている、その、絶対的な、危機に対する、赤子の、本能的な、激怒だった。
宝玉の中に、宿っていた、四つの、大精霊の力が、一斉に、暴走を始める。
風が、全てを、薙ぎ払い、
水が、全てを、飲み込み、
土が、全てを、砕き、
火が、全てを、焼き尽くす。
四つの、世界の理が、赤子の、癇癪によって、混沌の、渦となり、二人の王の、攻撃を、完全に、飲み込んで、消滅させた。
そして、宝玉の中から、小さな、四枚の葉を持つ芽が、にゅっ、と、飛び出すと、ウィルナスと、ベルゼビュートに、向かって、ぷいっ!ぷいっ!と、まるで、「パパに、さわらないで!」とでも、言うかのように、威嚇するように、葉を、震わせた。
「……………」
「……………」
二人の王は、言葉を、失っていた。
自分たちの、全力を、赤子の、癇癪一つで、無に還された。
その、ありえない、事実に、彼らの、狂気的な、独占欲が、一瞬だけ、冷却される。
その、奇跡的な、膠着状態の中。
ただ、一人、冷静な、人物がいた。
「…あらあら。子供に、窘められちゃって。みっともない、王様たちね」
リリスが、静かに、一歩、前に出た。
その、妖艶な、笑みの、奥で。
彼女の、瞳は、もはや、人間の、それではなかった。
二人の、王を、まとめて、塵に還すことすら、厭わない、絶対的な、魔神の、光を、宿していた。
「―――少し、頭を、冷やしましょうか。…二人とも」
世界の、運命を賭けた、ユウマ争奪戦は、彼の、子供の、癇癪と、最強の、愛人の、介入によって、ようやく、最悪の、結末を、回避した。
しかし、それは、新たな、混沌の、始まりに過ぎなかった。




