第九十一話 金色の鳥籠と、王の飽くなき探求
「異論は、認めん」
ウィルナス王の、その一言で、ユウマの、ヴァロリアでの、無期限軟禁生活は、決定した。
彼の、新しい住まいとなった、『鳳凰の間』は、皮肉なことに、これまでで、最も、豪華で、最も、快適な場所だった。
食事は、ユウマが「美味しい」と感じる、あらゆる料理に、自動的に変換される、灰色の『マナ・キューブ』。
寝台は、雲のように、柔らかく、風呂は、常に、完璧な湯加減が、保たれている。
しかし、その、完璧すぎる、快適さとは、裏腹に。
ユウマの心は、一日、また一日と、すり減っていった。
常に、感じる、無数の、監視の目。
そして、毎日のように、行われる、ウィルナス王による、地獄の『実験』。
「賢者ユウマよ、おはよう。さて、今日は、これを、試してみようか」
王の、その、爽やかな、挨拶が、ユウマにとっては、悪夢の始まりの、合図だった。
ある日は、この国で、最も硬いとされる、伝説の金属『アダマンタイト』の塊を、持ってきて。
「これを、触れずに、曲げてみせろ」
ユウマが、「(無理だよ…もっと、粘土みたいに、柔らかければいいのに…)」と、心の中で、絶望した、瞬間。アダマンタイトは、ぐにゃり、と、スライムのように、形を、変えた。
また、ある日は、ただの、道端の雑草を、持ってきて。
「これを、万能薬に、変えてみせろ」
ユウマが、「(こんな草より、栄養ドリンクの方が、よっぽど、身体に良さそうだな…)」と、前世の記憶を、思い出した、瞬間。雑草は、黄金色の輝きを放ち、飲めば、死者すら、蘇ると言われる、伝説の『エリクサー』へと、変貌した。
ユウマが、ただ、思っただけ、願っただけで、世界の理が、次々と、書き換えられていく。
その、あまりにも、異常な光景を、ウィルナス王と、彼の、側近の魔術師たちは、目を輝かせ、狂ったように、記録し、分析し、考察していた。
「素晴らしい! 彼の、思考そのものが、現実を、侵食するのだ!」
「これは、もはや、魔法ではない! 新たな、物理法則の、発見だ!」
ユウマは、もはや、完全に、実験動物だった。
その、あまりにも、非人道的な(しかし、最高の待遇の)扱いに、ついに、仲間たちが、キレた。
「もう、我慢ならん!」
ガガルが、戦斧を、床に叩きつけ、叫んだ。
「王よ! 我が主君を、玩具扱いするのも、大概にしろ! これは、明らかな、不敬であるぞ!」
「そうだよ!」
アイも、ぷんすかと、頬を膨らませる。
「主サマは、あんたの、おもちゃじゃないんだっての! 毎日、毎日、呼び出しやがって! マジ、うざいんだけど!」
「賢者様は、その、御力を、人々の、救済のために、お使いになるべきお方。貴方様の、個人的な、好奇心を、満たすための、道具では、断じて、ありませんわ」
アリアも、静かだが、強い、怒りを、その瞳に、宿していた。
その、仲間たちの、抗議を、ウィルナス王は、玉座の上で、涼しい顔で、聞き流していた。
「フン。ならば、お前たちは、この実験を、止めるというのか? この、世界の、真理を、解き明かす、またとない、好機を、無駄にしろと?」
王は、立ち上がると、圧倒的な、覇気を、放った。
「貴様らが、束になって、かかってきたところで、この俺を、止めることは、できんぞ。…それでも、やるか?」
「「「望むところだ(よ)!!」」」
ガガルと、アイが、同時に、武器を構える。
一触即発。
玉座の間が、凄まじい、緊張感に、包まれた。
その、張り詰めた、空気を、破ったのは、リリスの、静かな、しかし、どこか、楽しそうな、声だった。
「…まあまあ、みんな、落ち着きなさいよ」
彼女は、ユウマの、肩に、そっと、手を置いた。
「…王様の、言うことにも、一理あるわ。あの子の、力の、本質を、知ることは、悪いことばかりじゃ、ない」
リリスは、ウィルナス王を、真っ直ぐに、見据えた。
「でもね、王様。…あんた、一つ、大きな、勘違いをしてるわよ」
「…なに?」
「あんたは、あの子を、『制御可能な、観察対象』だと、思ってる。…でも、違う。あの子は、いつ、暴発するか、分からない、世界で、最も、危険な、爆弾なのよ」
リリスは、ユウマの腕の中で、最近、どこか、不機嫌そうに、光を、明滅させている、チビすけを、指さした。
「あの子の、ストレスに、反応して、この、赤ん坊の、機嫌が、悪くなってるのに、気づいてる? …もし、この子が、本気で、『泣き出したら』、どうなるか。…考えたこと、ある?」
その言葉に、ウィルナスは、初めて、その、金色の瞳を、わずかに、見開いた。
彼は、ユウマの、力の、解析に、夢中になるあまり、その、最も、不安定な、要素を、見落としていたのだ。
その、時だった。
ゴオオオオオオオッ!
王城全体が、激しく、揺れた。
何事かと、外を見た、騎士の一人が、絶叫した。
「て、敵襲! いや、違います! 空が、割れて…!」
玉座の間の、天井が、再び、ミシミシと、音を立てる。
しかし、今度は、シルフィードの、いたずらではない。
空間そのものが、悲鳴を上げている。
やがて、天井の、大穴から、見えた、ヴァロリアの、青い空に、まるで、黒い、インクを、垂らしたかのように、巨大な、禍々しい、『亀裂』が、走り始めた。
そして、その、亀裂の、向こう側から。
この世界の、理とは、明らかに、異なる、混沌とした、魔力の気配が、溢れ出してくる。
「…あらあら」
リリスが、楽しそうに、呟いた。
「…呼ばれてもいないのに、来ちゃったみたいね。…魔界からの、お客様が」




