第八十八話 賢者の目覚めと、監視の目
ユウマが、次に目を覚ました時。
最初に感じたのは、信じられないほどの、寝心地の良さだった。
身体が、まるで、雲の中に沈んでいるかのように、軽く、心地よい。鼻をくすぐるのは、微かな、高級な香木の匂い。
(…あれ? 俺、気絶したんじゃ…)
ゆっくりと、瞼を開ける。
目に飛び込んできたのは、見たこともない、豪奢な、天蓋だった。
慌てて、上半身を起こすと、そこは、まるで、物語に出てくる、王様の寝室のような、途方もなく、豪華な部屋だった。
「…夢か…」
ユウマは、頬を、つねった。痛い。夢じゃない。
「お目覚めですか、ユウマ様!」
「主サマ! 大丈夫!?」
仲間たちが、ベッドの周りに、集まってきた。
「みんな…無事だったのか…。あの、赤い髪の、怖い王様は…?」
「フン! 我が主君が、その、御力の一端を、解放されたことで、恐れをなしたのでしょう!」
ガガルが、誇らしげに、報告した。
「ウィルナス王は、貴方様に、この、城で、最も、豪華な部屋を用意させ、丁重に、もてなしておりますぞ!」
「マジ、ウケるよね。天井ぶち破って来たのに、超VIP待遇」
アイが、ソファの上で、お菓子を食べながら、言った。
「(…助かったのか…?)」
ユウマは、訳が分からないまま、自分が、最悪の事態は、免れたらしいことを、理解した。
彼は、心の底から、安堵のため息をついた。
しかし、その、偽りの平穏を、打ち破ったのは、リリスの、冷ややかな、一言だった。
「…いつまで、浮かれてるのかしら」
彼女は、窓辺に立ち、外を、眺めながら、静かに、言った。
「あんたたち、気づいてないの? この部屋の外…ううん、この建物全体が、ネズミだらけよ」
「ネズミ?」
ユウマが、首を傾げる。
「気配のことよ」
リリスは、ため息をついた。
「それも、ただのネズミじゃないわ。魔力を、完全に、殺して、息を潜めてる、訓練された、賢者や、魔術師が、最低でも、二十人は、いるわね。…二十四時間体制で、この部屋の、全てを、監視してる」
「「「なっ!?」」」
ユウマと、アリアの、声が、ハモった。
「え、マジで!?」
アイが、慌てて、窓から、身を乗り出す。
「うわ、ホントだ…。なんか、ちょー、いやらしい視線、感じるんだけど…。てか、ウチの、寝顔も、見られてたとか!? マジ、ありえない! プライバシーの侵害で、訴えてやる!」
彼女は、ズレたポイントで、怒っていた。
ユウマは、顔面蒼白になった。
(監視…? 寝てる間も…? 寝言とか、寝返りの回数とか、全部…?)
自分の、プライバシーが、完全に、失われているという事実に、新たな、そして、種類の違う、恐怖が、こみ上げてきた。
「(…もしかして、トイレの中も…?)」
その、ユウマの、絶望的な、恐怖とは、裏腹に。
ガガルの、解釈は、いつも通り、ポジティブの、極みだった。
「フン! なるほどな!」
彼は、一人、納得していた。
「我が主君の、その、比類なき、御力! そして、その、深遠なる、思考! その、一挙手一投足、全てを、学び取ろうと、この国の、賢者どもが、集まってきておるのか!」
彼は、むしろ、誇らしげだった。
「殊勝な心がけではないか! 遠慮なく、見るがよい! そして、学ぶがよい! 我が主君の、偉大さの、ほんの、一端でもな!」
「(やめてくれ! 学ばなくていいから!)」
ユウマの、心の叫びは、虚しい。
その、カオスな、状況の中。
コン、コン、と、部屋の扉が、控えめに、ノックされた。
入ってきたのは、昨日の、絶対的な覇気は、どこへやら。まるで、面白い、実験道具を、手に入れた、子供のような、好奇心に、目を輝かせた、ウィルナス王、その人だった。
その後ろには、数人の、ローブを着た、いかにも、賢者といった風情の、老人たちが、控えている。
「―――よく眠れたか、『世界の器』よ」
ウィルナスは、にこやかに、しかし、その目は、全く、笑わずに、言った。
「さて、目覚めたところで、早速だが。一つ、面白い、実験に、付き合ってもらおうか」
彼の、その言葉は、これから、始まる、ユウマの、新たなる、受難の、幕開けを、高らかに、告げていた。
ユウマは、ただ、引きつった笑みを、浮かべることしか、できなかった。
彼の、安息の日は、まだ、遠い。




