第八十七話 王の観察と、金色の鳥籠
「…面白いじゃないか、『世界の器』よ」
ウィルナス王の、その静かな呟きは、粉塵の舞う、破壊された玉座の間に、奇妙に響き渡った。
床に、大の字で、無様に気絶しているユウマ。
その、あまりにも情けない姿と、先ほど、空間そのものを捻じ曲げた、絶対的な圧力との、ギャップ。
王の、合理的な精神は、その、矛盾に満ちた現象に、完全に、魅了されていた。
「ユウマ様!」
「主サマ!」
最初に、我に返ったのは、仲間たちだった。アリアとアイが、慌てて、ユウマの元へと駆け寄る。
「フン! 我が主君に、その真の御力の一端を、解放させることになるとは! ただ気絶させるだけに留めた、ユウマ様の慈悲に、感謝するがいい、人間界の王よ!」
ガガルは、ユウマが、わざと手加減して気絶したのだと、完璧に解釈し、ウィルナスに向かって、威嚇の唸り声を上げた。
「まあ、お待ちなさい、ガガルさん」
アリアは、ユウマの額に、そっと手をかざした。聖なる、癒やしの光が、彼を包む。
「…お身体に、外傷は、ありません。ですが、魂が…まるで、燃え尽きてしまったかのように、深く、眠っておられます…」
「Hold(待て)」
ウィルナスが、静かに、しかし、有無を言わせぬ響きで、制した。
彼は、玉座から、ゆっくりと、歩み寄ってくると、気絶したユウマを、値踏みするように、見下ろした。
その、金色の瞳は、まるで、未知の、古代遺物を、分析する、研究者のように、冷徹で、そして、好奇心に、満ちていた。
「…その者を、下手に、起こすな」
王は、背後に控えていた、白銀の騎士団長に、命じた。
「彼らを、我が城の、最上級貴賓室、『鳳凰の間』へ、お連れしろ」
そして、彼は、付け加えた。その声は、騎士団長にしか、聞こえないほど、静かだった。
「…我が国の、全ての、賢者と、魔術師を、集めよ。決して、気づかれぬよう、この『賢者』の、全てを、観察し、記録せよ。睡眠中の、魔力の流れ、心拍、呼吸、寝言の一言まで、全てだ。…これは、王命である」
「はっ!」
騎士団長は、驚きを、微塵も、顔に出さず、完璧な一礼をすると、一行の、案内役を務めた。
こうして、ユウマ一行は、王城の中でも、最も、豪華で、最も、見晴らしの良い、一区画を、丸ごと、与えられることになった。
気絶したユウマは、天蓋付きの、巨大なベッドに、そっと、寝かされる。
窓の外には、計算され尽くした、美しい、王都の街並みが、一望できた。
「おお! 我が主君に、ふさわしい、寝所ではないか!」
ガガルは、部屋の、豪華さに、満足げだ。
「マジ、ウケる…。天井、ぶち破って、来たのに、VIP待遇じゃん…」
アイは、ふかふかの、ソファに、飛び乗りながら、呟いた。
「賢者様の、偉大さを、ウィルナス王も、即座に、理解されたのですね…」
アリアは、ユウマの、安らかな寝顔を見て、安堵の、息をついた。
その、どこか、気の抜けた、空気の中。
ただ一人、リリスだけが、部屋の、窓辺に立ち、その、完璧すぎる、街並みを、冷たい、瞳で、見下ろしていた。
「…勘違い、しない方がいいわよ」
彼女は、仲間たちに、静かに、言った。
「あの、老王の国とは、訳が、違う。…ここは、貴賓室なんかじゃない」
リリスは、振り返ると、ベッドで、無防備に、眠る、ユウマを、指さした。
その唇には、妖艶な、しかし、どこか、憐れむような、笑みが、浮かんでいた。
「ここは、金色の、鳥籠よ。…そして、あの、合理主義の王様にとって、ユウマは、客人なんかじゃない。…彼の、知的好奇心を、満たすための、最高の、**観察対象**ってわけ」
その言葉に、仲間たちの、顔が、こわばった。
ユウマは、まだ、眠りの中にいる。
彼は、自分が、魔界行きの、恐怖から、逃れた代わりに、今度は、人間界で、最も、冷徹で、最も、探究心の強い、王の、実験動物に、なってしまったという、新たな、絶望に、全く、気づいていなかった。
彼の、安らかな、眠りの、すぐ側で。
無数の、目に見えぬ、視線が、彼の、全てを、解析しようと、静かに、動き始めていた。




