第八十五話 疾風の謁見と、覇王の玉座
『三日後、日の出と共に、我が城の、玉座にて、待つ』
人間界の、頂点に君臨する、ウィルナス王からの、絶対的な、召喚状。
その、燃えるような、文字が、消え去った後。
『星霜の間』は、ユウマだけが重苦しい、沈黙に、包まれていた。
「ウィルナス王! 人間界の、覇王か! 我が主君が、次なる、戦いを挑むに、ふさわしい、相手よ!」
ガガルは、すでに、戦う気、満々だ。
「改革者の王…。噂では、古い、慣習や、貴族の特権を、次々と、打ち破り、民からの、支持は、絶大であるとか…」
アリアは、真面目に、考察している。
「てか、それより! ウィルナス王って、超イケメンって、マジで、有名な話じゃん! ちょー楽しみなんですけど!」
アイは、完全に、ミーハーな、ノリだった。
「…つまらない男よ」
リリスだけが、退屈そうに、呟いた。
「古いものを、壊して、新しいものを、作る。ただ、それだけ。…力と、結果が、全ての、合理主義者。…あの子とは、正反対の、タイプね」
ユウマは、その会話を、聞きながら、ただ、胃の痛みに、耐えていた。
(イケメンだろうが、何だろうが、絶対、面倒くさい奴に、決まってる…)
その時。
「…なーにやってんのよ、あんたたち」
どこからともなく、不機嫌で、気まぐれな、少女の声がした。一行が、はっと、老王の宮殿の窓の外を見ると、そこには、小さな、翠色の竜巻の中心で、腕を組み、仁王立ちする、風の精霊シルフィードの姿があった。
「シルフィード!?」
アイが、驚きの声を上げる。
「決まってるじゃない! あたしのライバル(ユウマ)が、変な人間に、呼び出されたって聞いたから、様子を見に来てやったのよ!」
シルフィードは、一行の出発準備の様子を、鼻で笑った。
「ていうか、馬車で行く気? 三日もかかるんでしょ? 遅っ! ありえないんだけど!」
彼女は、ぷい、とそっぽを向くと、断言した。
「あんたたちが、そんな、のろまな移動してるとか、あたしのプライドが、許さないわ! …あたしが、送ってってあげる!」
「え、本当かい、それは、助か―――」
ユウマの、感謝の言葉は、最後まで、続かなかった。
「それじゃ、行くわよ! スペシャル・シルフィード・エクスプレス!!」
シルフィードが、指を鳴らした、瞬間。ユウマたちの足元から、凄まじい、竜巻が、発生した!
「「「うわあああああああああっ!!」」」
一行の身体は、もはや、なすすべもなく、宮殿の天井を、突き破り、空へと、舞い上げられる。
「三日間の旅なんて、かったるいわ! あたしの風なら、三分よ!」
それは、もはや、移動ではなかった。
発射だった。
ユウマの、意識は、完全に、ブラックアウトした。
耳元では、ガガルの「おおおお! これぞ、神速!」という、歓喜の雄叫びと、アイの「ひゃっほーい! 超、ア-トラクションじゃーん!」という、はしゃぎ声だけが、微かに、聞こえていた。
その頃。
中央王都ヴァロリア、王城の玉座の間。
日の出の光が、壮麗なステンドグラスを通して、広間を、厳かに照らし出していた。
そこには、寸分の乱れもなく、白銀の騎士たちが整列し、国の重鎮たちが、緊張した面持ちで、控えている。
そして、その、長い、長い、道の先に。
玉座に、深く、腰掛けた、一人の、男がいた。
燃えるような、赤い髪。鋭い、金色の瞳。
改革者、ウィルナス王だ。
その、時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴッ!!
玉座の間の、遥か、上空の天井で、突如、轟音が鳴り響いた。
次の瞬間。
ガラガラガッシャアァァァァァァンッ!!
玉座の間の、ちょうど、真ん中の天井が、巨大な竜巻によって、粉々に、砕け散った!
瓦礫と、粉塵が、悲鳴を上げる、大臣たちの頭上へと、降り注ぐ。
そして、その、天井に、開いた、大穴から。
一つの、巨大な、ゴミ袋が、天から、降ってきたかのように、ユウマたち一行は、凄まじい勢いで、落下してきた。
ズシャアアアアアアアッ!!
一行は、玉座へと続く、深紅の絨毯の上に、もつれ合うように、叩きつけられる。
その場所は、奇しくも、ウィルナス王の、玉座の、ほんの、数メートル手前だった。
「…うっぷ…」
ユウマは、地面に、四つん這いになり、強烈な、吐き気に、襲われていた。髪は、鳥の巣のように、めちゃくちゃ。服は、粉塵に、まみれている。
「…つ、着いたわよ! 早かったでしょ! しかも、玉座の目の前! ぴったりじゃない!」
天井の穴から、ふわりと、舞い降りてきた、シルフィードだけが、自分の、完璧な、ナビゲーションに、満足げだった。
玉座の間は、完全に、フリーズしていた。
騎士たちは、剣を抜くことも忘れ、ただ、目の前の、ありえない光景を、見つめている。
ウィルナス王は、玉座に、腰掛けたまま、動かなかった。
しかし、その、常に、冷静沈着だった、金色の瞳は、人生で、初めて、驚愕という色に、見開かれていた。
彼の、完璧に、計算され、演出されたはずの、謁見は、開始一秒で、最悪の、そして、最高に、カオスな形で、ぶち壊されたのだ。
やがて、王は、ゆっくりと、その美しい、唇を、開いた。
その声は、若々しく、しかし、絶対的な、王の、威厳と、そして、かすかな、呆れの響きに、満ちていた。
「―――よく来たな、『世界の器』よ」
彼は、わずかに、眉をひそめた。
「…思ったより、早かったな」
「俺が、王だ」




