第八十四話 王の決断と、新たなる召喚
「ユウマ様! ついに、この時が! 貴方様が、真の、魔王となる、その、歴史的瞬間を!」
ガガルの、あまりにも、場違いな、歓喜の叫び。
ユウマは、その場で、へたり込み、完全に、魂が、抜けていた。
魔界へ行く。
その、絶望的な、未来が、確定してしまった。
「守護者殿」
宰相が、静かに、一歩、前に出る。
「ご安心ください。魔界への『門』は、古代の、転移魔法陣を用います。準備に、三日ほど、お時間を頂きたく。それまでは、どうか、星見の塔にて、ごゆるりと…」
(三日間の、死刑執行猶予…)
ユウマの、目から、光が、消えた。
その、時だった。
一行がいた、『星霜の間』の、空気が、突如、震えた。
部屋の中央にあった、巨大な、七世界の天球儀が、ギギギ、と、耳障りな音を立てて、その回転を、止める。
そして、床に、何の、前触れもなく、巨大な、燃えるような、深紅の、魔法陣が、現れたのだ!
「な、何事だ!?」
国王の、護衛騎士たちが、一斉に、剣を抜く。
ガガルと、アイも、即座に、戦闘態勢に入り、ユウマの前に、立ちはだかった。
魔法陣は、威圧的な、しかし、神々しいほどの、魔力の光を放ち、やがて、その中心から、一枚の、燃える、羊皮紙が、ゆっくりと、せり上がってきた。
「…これは…」
リリスが、その、魔法陣の、紋様を見て、初めて、その表情を、険しくさせた。
「…王家の、紋章じゃないわ。もっと、古く、そして、強力な…『覇王』の、印…」
羊皮紙は、ユウマの目の前で、ぴたり、と静止した。
そこに、書かれていた、文字は、まるで、炎そのもので、書かれたかのように、揺らめいている。
その、あまりにも、絶対的な、威圧感を前に、誰も、動くことが、できない。
やがて、その、羊皮紙から、荘厳で、若々しく、そして、有無を言わせぬ、力に満ちた、男の声が、響き渡った。
『―――我が名は、ウィルナス』
その名を聞いた瞬間、この国の、老王の顔が、驚愕に、引きつった。
ウィルナス。
この、人間界の、頂点に君臨する、『改革者』の名。
『『世界の器』たる、ユウマとやら。面白い、噂は、色々と、耳に届いている』
声は、楽しんでいるようでもあり、全てを、見透かしているようでもあった。
『魔界の、お遊戯も、結構だが、その前に、まず、この、人間界の、王の元へ、顔を見せに来るのが、筋、というものだろう』
それは、招待ではなかった。
紛れもない、召喚だった。
同じ、人間界にありながら、この国の王の、権威など、まるで、意に介さない、絶対的な、上位者からの、命令。
『三日後、日の出と共に、我が城の、玉座にて、待つ。…遅れるなよ』
その言葉を、最後に、羊皮紙は、一瞬で、燃え尽き、灰となり、魔法陣も、その輝きを、失い、消え去った。
後に残されたのは、ただ、呆然と、立ち尽くす、一行だけだった。
「…ウィルナス王…自ら…?」
老王は、信じられない、というように、呟いた。
「なぜ、今、この時に…」
しかし、その、絶望的な、状況の中。
ただ、一人。
死の淵から、生還した者がいた。
ユウマだった。
(…魔界行きが、延期になった…?)
その、あまりにも、ささやかで、しかし、彼にとっては、何よりも、大きな、希望の光。
ユウマの、死んでいた目に、わずかに、生気が、戻った。
その、ユウマの、わずかな、表情の変化を、仲間たちは、見逃さなかった。
「おお…!」
ガガルが、感動に、打ち震えた。
「ユウマ様! 人間界の王、ウィルナスからの、召喚を、前にして、その瞳に、闘志の炎を、宿らせておられる! ついに、人間界の、頂点を、賭けた、戦いが、始まるのですね!」
「賢者様…。魔界の、混沌を、鎮める前に、まず、この、人間界の、歪みを、正せ、という、天の、啓示なのですね…!」
アリアは、すでに、新たな、使命を、勝手に、解釈していた。
ユウマは、もはや、何も、言わなかった。
ただ、静かに、思った。
(三日後か…)
魔界に行くよりは、マシかもしれない。
いや、もっと、面倒なことになる、だけかもしれない。
ユウマの、平穏を求める、逃避行は、ついに、この、人間界の、最高権力者を、巻き込み、さらに、巨大な、混沌の、渦へと、その身を、投じようとしていた。
彼の、心労の種は、尽きることが、ない。




