第七十九話 賢者の涙と、分け隔てなき癒し
戦いは、終わった。
しかし、その爪痕は、あまりにも、深く、森の、あちこちに残されていた。
黄金色の、奇跡の光が、ゆっくりと、収まっていく。
すると、それまで、光に、魅入られていた、兵士たちの耳に、再び、現実の音が、戻ってきた。
それは、傷ついた、仲間たちの、苦痛に満ちた、うめき声だった。
敵も、味方も、関係ない。
この森で、剣を交えた、全ての者たちが、血を流し、傷つき、倒れていた。
「…い、医務兵! 医務兵を、早く!」
ギデオン将官の、焦った声が、響く。
勝利の、余韻に、浸る暇など、なかった。
丘の上で、涙を流していたユウマも、その、苦しみの声で、ハッと、我に返った。
目の前には、自分が、引き起こした、戦いの、結果が、広がっている。
(…俺の、せいだ…)
その、罪悪感が、彼の、身体を、突き動かした。
彼は、丘を、駆け下りていた。無我夢中で。
「け、賢者様!? お待ちください! 危険です!」
兵士たちの、制止の声も、彼の耳には、届かない。
ユウマは、最初に、目についた、倒れている兵士の元へと、駆け寄った。
それは、敵である、帝国軍の、若い兵士だった。その腹には、味方である、王国軍の矢が、深く、突き刺さっている。
「う…うう…」
兵士は、朦朧とする意識の中、近づいてくるユウマを見て、怯えたように、身を固くした。
敵国の、謎の、奇跡の賢者。自分は、殺されるのだと、思った。
しかし、ユウマは、何も、言わなかった。
彼は、ただ、前線の野戦病院で、したことと、同じように、近くにあった、水筒の水を、布に、湿らせると、兵士の、血と、泥に汚れた、額を、そっと、拭ってやった。
そして、その、冷たい手を、優しく、握った。
「…大丈夫…もう、大丈夫だから…」
それは、何の力もない、ただの、慰めの言葉だった。
しかし。
その、瞬間。
奇跡は、再び、起こった。
ユウマの**『ただ、助けたい』という、純粋な、憐憫の情**。
それが、引き金だった。
彼の腕の中の、チビすけが、再び、虹色の光を放つ。
その光は、ユウマの手を通して、帝国軍の、若い兵士の身体へと、流れ込んでいく。
兵士の腹に、突き刺さっていた矢が、まるで、身体が、異物を、拒絶するかのように、するり、と、抜け落ちる。
そして、その傷口は、まるで、時間を、巻き戻すかのように、瞬く間に、塞がっていった。
「…え…?」
兵士は、自分の、身体に、何が、起きたのか、理解できなかった。
ユウマは、その奇跡に、気づくことなく、次々と、倒れている、兵士たちの元へと、駆け寄っていく。
敵も、味方も、関係ない。
ただ、目の前で、苦しんでいる人を、助けたい。
その一心で。
彼が、水を、与えれば、瀕死の重傷が、癒える。
彼が、手を、握れば、失いかけた、意識が、戻る。
彼が、ただ、傍らに、寄り添うだけで、兵士たちの、心と、身体の傷は、みるみるうちに、回復していった。
その、あまりにも、神々しく、そして、分け隔てのない、慈悲の光景を。
王国軍の兵士たちも、武器を捨てた、帝国軍の兵士たちも、ただ、言葉を失い、見つめていた。
「…あれが…」
ギデオン将軍は、震える声で、言った。
「…敵も、味方もなく、等しく、救いを、与える…。あれこそが、真の…『聖者』の、お姿か…」
やがて、夜が、明け始める頃。
森の中に、うめき声は、もはや、一つも、なかった。
全ての、負傷兵が、まるで、何も、なかったかのように、その傷を、癒やされていた。
朝日が、森を、照らし出す。
その、光の中で。
疲れ果てて、その場に、へたり込んでいる、ユウマの姿は、ひどく、小さく、そして、なぜか、とても、大きく、見えた。
彼は、まだ、気づいていない。
彼の、その、敵味方を、問わない、絶対的な、慈悲の行いが。
この、一つの、戦いを、終わらせた、だけではない。
二つの国の、長きにわたる、憎しみの連鎖そのものを、根底から、揺るがす、新たなる、奇跡の、始まりになるということを。




