第七十二話 帰還と、仲間たちの正体
精霊の国での、狂乱の宴の翌朝。
一行は、精霊王ファーンに見送られ、再び、人間界へと、その足を踏み入れた。
精霊の国での、数日間は、まるで、長い夢を見ていたかのようだった。
「ふん!」
一行の中で、最も、早く、現実へと適応したのは、ガガルだった。
彼は、人間界の、土の匂いを、大きく、胸に、吸い込んだ。
「おお! 懐かしい、鉄と、血の匂いだ! 南の方角から、微かに、漂ってくるわ! 戦は、まだ、続いておるようだな!」
その、あまりにも、鋭敏な嗅覚に、ユウマは、素朴な疑問を、口にした。
「そんな遠くの匂いまで、分かるのか。すごいな、魔族の鼻は」
しかし、その言葉に、意外な方向から、ツッコミが入った。
「え、主サマ、知らないの?」
アイが、きょとんとした顔で、ユウマを見つめた。
「ガガルっち、魔族じゃないじゃん。**獣人**だって」
「………………はああああああああ!?」
ユウマの、魂の絶叫が、森の鳥たちを、一斉に、飛び立たせた。
「う、嘘だろ!? だって、ガガルさん、魔王軍の、幹部だったんだろ!?」
その、あまりにも純粋な驚きに、当のガガルは、心外であると同時に、自らの血統を語る、絶好の機会だと、その巨大な胸を、さらに大きく張った。
「フン! ユウマ様、お目が高い! このガガルを、そこらの、ザコな獣人共と、一緒にしては、困りますな!」
彼は、誇らしげに、宣言した。
「我が父は、嘆きの山脈を根城とした、伝説の巨獣ベヒーモス! そして、我が母は、全てのミノタウロス族を束ねた、偉大なる女王! この俺は、二つの伝説の血を引く、唯一無二の存在なのだ!」
「(べ、ベヒーモス…? クイーンミノタウロス…?)」
ユウマの脳が、情報の処理を、拒絶し始める。
ガガルは、お構いなしに、続ける。
「魔王軍が、種族を問わず、強者を集めていると聞き、腕試しでのし上がったまでのこと! この、緑色の肌の色は、偉大なる母譲りの、高貴なる血統の証なのだ!」
「ああ、角折りの女王ね。懐かしいわ」
リリスが、ふと、思い出したように、言った。
「魔王様に喧嘩を売ってきてねえ。城の門を三つも素手でへし折っていった、元気な女だったわ。…なるほど。あんたが、あの時の息子か」
リリスの、その一言が、ガガルの、とんでもない血統の、完全な裏付けとなってしまった。
ユウマが、白目を剥きかけた、その時。
「まあ…」
アリアが、納得したように、手を合わせた。
「ベヒーモスの剛力と、ミノタウロスの武勇…。どうりで、私の聖なる祈りを受けても、魔族ほど苦しんでおられないわけですわ。貴方の魂は、深淵ではなく、大自然に根差しているのですね」
アリアが、感心したように、そう言った、その瞬間。
リリスの、悪魔のような、ツッコミが、今度は、アリアに、突き刺さった。
「あら、アリアちゃん。他人の正体について、感心してる場合かしら? その言い方だと、まるで、自分は、ただの、人間です、みたいに、聞こえるわよ?」
「!?」
アリアの、聖女のような、穏やかな表情が、初めて、ぎくり、と凍りついた。
「リ、リリス様! 何を、おっしゃいますか!」
「え、そうなの?」
ユウマが、今度は、アリアの方を、信じられないものを見る目で、見つめる。
「アリアさんも、人間じゃ、ないのか…?」
「てか、言われてみれば!」
アイが、ぽん、と手を叩いた。「アリアっちって、なんか、人間離れしてるっていうか、オーラが、超キラキラしてるもんね!」
全員の視線が、アリアに集中する。観念したように、彼女は深くため息をつくと、ユウマに向き直り、申し訳なさそうに、ひざまずいた。
「…申し訳、ございません。賢者様。わたくし、生まれは、人の子ではございません」
彼女がそう言った瞬間、その背中から、まばゆいばかりの、光の翼が一対、ふわりと現れ、すぐに消えた。
「わたくしの真の名は、アリアエル。…天界より、この下界を見守ることを使命とする、天使の一柱にございます」
「…………………」
ユウマの、思考が、完全に、停止した。
魔王軍の幹部は、伝説級モンスターのハイブリッド獣人。
聖女は、天界の天使。
(じゃあ、何? このパーティ、普通の人、俺だけ…?)
その、あまりにも絶望的な事実にたどり着き、ユウマは、その場で、崩れ落ちそうになった。
しかし、彼は、倒れなかった。
彼は、すっと、真顔に戻ると、仲間たちに、言った。
その声は、奇妙なほど、落ち着き払っていた。
「…そうか。分かった。…さて、行こうか」
仲間たちは、顔を見合わせた。
((((おお…! 我々の、正体を知っても、一切、動じられない…! なんという、器の大きさ…!))))
ユウマの、あまりの衝撃に、全ての感情が、一周して、無になってしまっただけの、「思考放棄」は。
仲間たちの目には、「全てを受け入れる、王の器」として、完璧に、映ってしまっていた。
彼の、勘違いの伝説は、もはや、彼が、何もしなくても、勝手に、加速していく。




