第七十話 壮大な宿命と、ささやかな抵抗
儀式を終え、一行が人間界へ戻る決意をしたのを、察したかのように。
泉の中心で、大地に根を下ろしていたはずのチビすけの苗木が、眩い光を放った。
そして、自らの意志で大地から根を引き抜くと、ふわりと宙に浮かび上がる。苗木の姿はみるみるうちに光の中へと凝縮され、再び、四枚の葉の芽を内に宿した、宝玉の姿へと戻ったのだ。
「…主サマ…!」
アイが驚きの声を上げる。
宝玉は、まっすぐにユウマの元へと飛んでくると、その胸に、ぽすん、と、甘えるように収まった。
その光景を見た精霊王は、何かを悟ったように、深く頷いた。
「…どうやら、この子は、まだ、親離れはしたくないようじゃな。…ユウマ殿、おぬしの旅は、まだ終わらんということじゃろう」
王は、真剣な顔つきになると、ユウマに向き直った。
「その子が、おぬしと共に行くことを選んだ以上、礼として、そして、道標として、一つの『真実』を授けよう」
王は、ユウマの腕の中の宝玉を指さした。
「おぬしが持つ『生命の宝玉』。あれはな、この世界に七つだけ存在する、『創世の宝玉』の一つなのじゃ」
「七つの…?」
「そうじゃ」と王は続けた。「世界がまだ混沌であった頃、七つの『理』が世界を形作った。時、空間、魂、力、知、そして生命。その六つを束ねる、心の理。その七つの理の結晶こそが、『創世の宝J‐玉』よ」
王は、ユウマの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「伝説ではこう伝えられておる。七つの宝玉が、ふさわしき『器』の元に一つに集う時、世界は、新たな創世の奇跡を目の当たりにするであろう、と」
その、あまりにも壮大な話。
それは、ユウマの「平穏なスローライフ」という願いを、完全に、宇宙の彼方へと吹き飛ばす、新たなる、そして、最大級の、面倒事の始まりを告げていた。
精霊王ファーンによって明かされた、世界の根幹に関わる、あまりにも壮大な真実。
『創世の七つの宝玉』。
そして、その『器』と目される、ユウマ。
一行は、もはや、言葉もなかった。
自分たちが、ただの逃避行や、巡礼の旅をしているのではなかった。世界の運命を左右する、壮大な物語の、ど真ん中にいるのだと、思い知らされたのだ。
最初に、沈黙を破ったのは、ガガルだった。
「な、七つの宝玉…! やはり、そうであったか!」
彼は、一人、何かを、完全に納得していた。
「我が主君、ユウマ様が、ただの人間であるはずがない! この世界の、真の理を、その手に収める、天命の子であったのだ! おお、このガガル、貴方様にお仕えできることを、誇りに思いますぞ!」
「七つの聖遺物…。それを、全て、集めし時、世界は、真の救済を、得るのですね…」
アリアは、その、あまりにも、壮大な使命に、武者震いしていた。
「賢者様。このアリア、どこまでも、貴方様の、その聖なる旅路に、お供いたしますわ!」
「え、マジ!? あと、六個も、あんの? ヤバい、超ウケるんだけど! コンプリート、目指すしかないっしょ、主サマ!」
アイは、完全に、壮大なスタンプラリーが始まったかのように、目を輝かせている。
リリスだけは、黙って、ユウマの横顔を、見つめていた。
(七つの、世界の理を司る、秘宝…。そして、その中心にいる、『器』…。…冗談じゃないわ。あの子、本当に、世界の運命を、ひっくり返しかねない、とんでもない、ジョーカーだったのね…)
その、仲間たちの、熱狂的な(あるいは、戦慄に満ちた)視線を、一身に浴びながら。
当のユウマは、ただ一人、顔面蒼白で、わなわなと、震えていた。
(嫌だ…)
彼の心の中は、ただ、その一言で、埋め尽くされていた。
(嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だァァァッ!!)
(なんで、俺が、そんな、世界の命運を賭けた、宝探しゲームの、主人公に、ならなきゃいけないんだ…! 絶対に、やらないからな! 俺は、絶対に、関わらないから! 残りの六個は、こいつらに、勝手に、探させておけばいい! 俺は、何もしない! 絶対に、だ!)
彼は、断固として、新たなる、壮大な使命を、全身全霊で、拒絶していた。
それは、彼の、ささやかで、しかし、あまりにも、切実な、最後の抵抗だった。
「ふぉっふぉっふぉ」
精霊王は、そんな、ユウマの、心の絶叫が、聞こえているかのように、楽しそうに、笑った。
「まあ、無理に、探す必要はないわい。宝玉は、自ら、その『器』の元へと、集うてくるものじゃ。…おぬしが、望むと、望まざるとに、関わらずな」
「(それ、一番、最悪なやつじゃないか…!)」
ユウマは、もはや、膝から、崩れ落ちそうだった。
「ふぉっふぉっふぉ」
精霊王は、そんな、ユウマの、心の絶叫が、聞こえているかのように、楽しそうに、笑った。
「まあ、そう、慌てるでないわい。宝は、向こうから、やってくるものじゃ。…それより」
王は、パン、と、軽やかに、手を叩いた。
「我が孫娘を助け、この国を救い、そして、新たな命まで、生み出してくれた、大恩人たちよ。このまま、帰すわけには、いくまい」
その目は、悪戯っぽく、輝いていた。
「今宵は、宴じゃ! 精霊の国の、ありったけの馳走と、美酒で、おぬしたちの、新たな旅立ちを、盛大に、祝おうではないか!」




