第六十八話 炎の祝福と、一方的な宿敵
静寂が、灼熱の火口を支配していた。
風と水と土の、三重結界が、炎の精霊の、必殺の一撃を、完全に無効化した。
その、あまりにも、ありえない光景を前に、戦っていたガガルも、見守っていた仲間たちも、そして、攻撃を放ったサラマンダー本人も、全ての動きを、止めていた。
「…なによ、それ…」
最初に、口を開いたのは、地面にへたり込んだままの、サラマンダーだった。
「…ずるいじゃない…」
その声は、怒りよりも、むしろ、子供が、到底かなわない相手を前にした時のような、純粋な、呆れと、感嘆に、満ちていた。
ガガルは、好機とばかりに、戦斧を振り上げる。
「勝負あったな、火のトカゲ! 我が主君の御前では、貴様ごときの炎、線香花火にも劣るわ!」
「…トカゲって言うな!」
サラマンダーは、むくりと立ち上がった。しかし、その瞳には、もはや、戦意はない。
彼女は、まっすぐに、ユウマを見つめていた。その瞳は、生まれて初めて、理解不能な強敵に出会った、武芸者のように、キラキラと、輝いていた。
「…参ったわ。あんた、面白いじゃない! 全然、弱そうなのに、あたしの本気の炎を、あんな風に、止めちゃうなんて!」
彼女は、ニカッと、快活に笑った。
「気に入ったわ! 約束通り、そのチビに、祝福をあげる!」
サラマンダーは、ユウマの腕の中のチビすけに、そっと、その手をかざした。
彼女の手のひらから、破壊の炎ではない、生命の息吹を宿した、温かい、橙色の光が、宝玉の中へと、注がれていく。
チビすけの芽に、四枚目となる、小さな、炎の形をした葉が、芽生えた。
風、水、土、そして、火。
四つの祝福を得た宝玉は、これまでとは比べ物にならない、虹色の、穏やかで、しかし、絶対的な、調和の光を、放ち始めた。
「よし、と」
サラマンダーは、満足げに、頷いた。
そして、ユウマの目の前に、ずいっと、顔を寄せた。
「決めた! あんたは、今日から、あたしの、ライバルよ!」
「…へ?」
ユウマが、素っ頓狂な声を上げる。
「今は、あんたの勝ちでいいわ。でも、次に会う時までには、あたしは、もっともっと強くなる! そして、あんたのその、変な技ごと、あたしの炎で、丸焼きにしてやるんだから! 覚えときなさいよね!」
彼女は、一方的に、ライバル宣言を叩きつけた。
(仲間になるより、面倒くさいかもしれない…)
ユウマは、その、あまりにも暑苦しい宣言に、げんなりとした。
「さて、と」
アリアが、咳払いをして、話を進めた。
「四つの祝福は、全て、集まりました。あとは、精霊王様のもとへ戻り、『定着の儀式』を、執り行うだけですわね」
「戻るって言っても、また、あの道を引き返すのかよ…。マジ、だるいんだけど…」
アイが、げんなりとした顔で、呟いた。
その時、ユウマの、新たなライバル(になってしまった女)が、にやりと笑った。
「フン! あたしのライバルが、ちんたら、歩いて帰るなんて、見てらんないわね! 近道を、教えてあげる!」
サラマンダーは、火口の、隅にある、巨大な洞窟を、親指で、指し示した。
洞窟の奥からは、ごうごうと、熱風が、吹き出している。
「ここの、地下にはね、火山の、マグマだまりに繋がる、『火の道』が、通ってんのよ。それを使えば、じいさんのいる、森の心臓まで、ひとっ飛びよ! さっさと行って、儀式でも何でも、済ませてきなさい! あたしは、ここから、修行の始まりよ!」
彼女は、そう言うと、一行に、背を向けた。
その背中は、強大なライバルを見つけた、喜びに、満ち溢れていた。
こうして、一行は、最後の祝福と、新たなライバル(と、ユウマは認めていないが)、そして、帰り道のショートカットを、手に入れた。
ユウマは、これから、時々、修行の成果を試しに、この、暑苦しい精霊が、追いかけてくるのではないか、という、新たな、心労の種を、抱えながら。
仲間たちと共に、灼熱の、地下洞窟へと、足を踏み入れるのだった。




