第六十七話 龍の顎火山と、炎の姉御
土の精霊ノームに、半ば追い出されるようにして、一行が次に向かったのは、南。
大地が、次第に、熱を帯びていく。
乾いた荒野は、やがて、黒い、火山岩に覆われた大地へと、姿を変えた。空気は、硫黄の匂いが立ち込め、時折、地面の亀裂から、熱い蒸気が、噴き出している。
その、地獄のような光景の中心に、その山は、そびえ立っていた。
山頂から、絶えず、黒い煙を噴き上げる、巨大な活火山。
『龍の顎火山』。
「うわ…あつっ…」
ユウマは、額の汗を拭った。まるで、巨大なサウナの中にいるようだ。
「うっひょー! あちーけど、テンション上がんじゃん!」
アイが、暑さにも負けず、元気にはしゃいでいる。
一行は、チビすけが示す光を頼りに、溶岩が川のように流れる、危険な登山道を進んでいく。
そして、ついに、火山の頂上、巨大な火口の縁へと、たどり着いた。
眼下には、真っ赤なマグマが、巨大な湖のように、ぐつぐつと、煮えたぎっている。
「で、最後の脳筋トカゲは、どこにいるんだ?」
リリスが、うんざりしたように、呟いた、その時。
「だーれが、脳筋トカゲだっつーのよ!」
マグマの湖の中心から、巨大な火柱と共に、快活で、しかし、喧嘩っ早い、少女の声が、響き渡った。
マグマの中から、現れたのは、燃えるような、真っ赤な髪を、ポニーテールに揺らした、快活な少女だった。その肌は、褐色に焼け、身体の節々には、竜の鱗のようなものが、浮かび上がっている。
彼女こそ、火の精霊、サラマンダーだった。
「やっと来たわね、待ってたわよ!」
サラマンダーは、ニッと、好戦的な笑みを浮かべた。
「あんたたちが、例の、新しい精霊の赤ん坊を、連れてるって奴らね?」
彼女の視線が、ユウマの腕の中のチビすけに、注がれる。
「へえ、可愛いじゃない。よし、決めた!」
彼女は、ユウマたちを、ビシッと、指さした。
「あんたたちの中の、誰か、一人! あたしと、本気で、やり合いなさい! もし、あたしに、一発でも、クリーンヒットさせられたら、そいつは、大した奴よ。この子の祝福、認めてあげる!」
それは、あまりにも、単細胞で、分かりやすい、試練だった。
その言葉を聞いて、歓喜の雄叫びを上げた者が、一人。
「望むところだァァァッ!!」
ガガルだった。
「ようやく、話の分かる奴が、現れたようだな! 我が主君の、偉大なる旅路の、最後の門番! このガガルが、相手をしてつかわす!」
「へえ、あんた、やる気じゃない!」
サラマンダーとガガルは、まるで、長年のライバルが出会ったかのように、互いに、獰猛な笑みを浮かべた。
こうして、四大精霊の試練、その最後を飾るにふさわしい(?)、脳筋と脳筋の、ガチンコバトルが、始まった。
ガガルの戦斧が、唸りを上げて、サラマンダーに襲いかかる。
サラマンダーは、それを、炎を纏った拳で、軽々と受け止める。
火口の頂上で、凄まじい、破壊と、熱波が、渦を巻いた。
「(…もう、勝手にしてくれ…)」
ユウマは、その、あまりにも、暑苦しい戦いを、少し離れた場所から、げんなりと、見守っていた。
戦いは、拮抗しているように見えたが、ここは、サラマンダーの、ホームグラウンド。
次第に、ガガルが、押され始めていた。
「終わりよ、この筋肉ダルマ!」
サラマンダーの拳に、これまでで、最大の、炎が、凝縮されていく。
ガガルの守りを、打ち破る、必殺の一撃。
しかし、その一撃は、ガガルではなく、彼の背後で、呆然と見守っていた、ユウマの方へと、わずかに、狙いが、逸れた。
「「「ユウマ様(主サマ)!!」」」
仲間たちの、悲鳴が、響く。
(え、俺!?)
ユウマの目の前に、太陽が、落ちてくるかのような、巨大な、炎の塊が、迫っていた。
もはや、逃げることは、できない。
ユウマは、反射的に、とっさに、腕の中にあった、唯一の、盾になりそうなもの――チビすけを、前に、突き出していた。
「うわあああああっ!」
その、瞬間。
ユウマの**『我が子を守りたい』という、父親としての、本能的な、防御反応**。
それが、引き金だった。
チビすけの中に宿っていた、三つの、大精霊の祝福が、主の、絶対的な、守護の意志に、応えた。
【ユウマの『守護(守る!)』という概念が、チビすけの『三つの祝福』によって、『絶対的な理』へと、増幅・具現化される】
ごうっ!
チビすけを中心に、シルフィードの、翠色の、風の渦が、巻き起こる!
ざあん!
その内側に、ウンディーネの、蒼色の、水の球体が、現れる!
ガキン!
さらに、その内側を、ノームの、茶色の、岩石のドームが、覆い尽くす!
風が、炎をいなし、
水が、熱を消し、
土が、衝撃を、受け止める。
風と、水と、土。
三重の、完璧な、絶対防御結界が、炎の塊を、完全に、飲み込み、霧散させた。
「…………は?」
サラマンダーの、口が、ぽかん、と開いていた。
必殺の一撃が、赤子の、それも、父親と思われる、ひ弱な男によって、完璧に、防がれた。
いや、防がれた、だけではない。
そこには、自分が、最も、苦手とする、三人の、大精霊の力が、完璧な調和をもって、存在していた。
「…なによ、それ…。ずるいじゃない…」
サラマンダーは、戦う気も失せたのか、その場に、ぺたり、と座り込んでしまった。
彼女の、戦いへの情熱は、ユウマの、あまりにも、規格外な、親バカパワー(?)の前に、完全に、消し炭にされていた。
ユウマは、自分が、また、何か、とんでもないことを、しでかしてしまったことにも、気づかず。
ただ、チビすけを、守れたことに、ほっと、胸を撫で下ろすのであった。




