第六十六話 創造の教えと、土の祝福
第六十六話 創造の教えと、土の祝福
「…もう一度、教えて…! 『創る』って、どういうことか…!」
ギラギラとした、期待の瞳。
引きこもり少女だったはずの、土の精霊ノームは、今や、伝説の師を前にした、求道者のような、凄まじい熱量を、ユウマに向けていた。
(教えるって言われても…!)
ユウマは、内心、悲鳴を上げていた。
美術の成績は、常に「3」だった。創造性のかけらもない、ただの凡人である。
そんな自分に、天地創造の極意など、分かるはずもない。
しかし、ノームの、純粋で、真剣な眼差しから、逃れることはできなかった。
ユウマは、必死に、頭を回転させる。
何か、言わなければ。それっぽいことを。当たり障りのないことを。
彼の視線が、自分が、先ほど、こん、と叩いただけの、丸い石と、ノームが作りかけていた、複雑な彫刻を、交互に映した。
(…そうだ)
「…まずは…」
ユウマは、おそるおそる、口を開いた。
「…簡単な、丸いものから、始めてみたら…どうかな…?」
それは、粘土細工の授業で、先生が、不器用な生徒にかける、アドバイスレベルの、あまりにも、初歩的な言葉だった。
しかし。
その言葉は、数百年ぶりに、創作意欲の奔流に飲み込まれていた、ノームの魂に、神の啓示となって、突き刺さった。
【ユウマの『初歩的なアドバイス』が、ノームの『創造への渇望』によって、『万物の根源を示す、至高の真理』の概念へと、反転・昇華される】
(…まるい…もの…?)
ノームの、輝きを取り戻した瞳が、驚愕に、大きく見開かれる。
(そうか…! そうだったんだ…!)
彼女の脳裏に、宇宙の法則が、流れ込んできた。
(私は、鳥や、獣といった、『結果』の形ばかりを、模倣しようとしていた…! でも、この人は、違う…! 全ての『始まり』の形を、示している…!)
(惑星も、恒星も、生命の卵も、万物の始まりは、全て、『球体』から始まる…! 『球』を制する者は、森羅万象を、制する…!)
ユウマの、あまりにも、当たり前なアドバイスは、ノームの中で、究極の、創造哲学へと、昇華されてしまった。
「…分かった…!」
ノームは、何かを、完全に、悟りきった顔で、力強く、頷いた。
「…ありがとう、マスター!」
「(マスター!?)」
ユウマの、心のツッコミも、虚しい。
「お礼に、この子に、祝福をあげる…!」
ノームは、そう言うと、足元の、ただの岩くれを、一つ、拾い上げた。
そして、彼女の手が、目にも留まらぬ速さで、動き始める。
岩は、まるで、柔らかな粘土のように、その形を変えていく。
数秒後。
彼女が、ユウマに差し出したのは、見事な、水晶でできた、小さな、ゴーレムの人形だった。その人形は、まるで、生きているかのように、ユウマに向かって、こてん、と、可愛らしく、お辞儀をした。
「私の、祝福。…『不屈の心』。この子は、どんな攻撃にも、決して、砕けない。大地が、この子を、守るから」
ノームは、そのゴーレム人形を、チビすけの入った宝玉に、そっと、触れさせた。
人形は、光と共に、宝玉の中へと吸い込まれ、チビすけの芽に、力強い、茶色の、三枚目の葉が、芽生えた。
「さて、と」
祝福を終えたノームは、もはや、ユウマたちには、目もくれない。
彼女は、洞窟の隅にあった、巨大な、丸い岩を、嬉々として、転がしてくると、ユウマから、半ばひったくるように、ノミと金槌を取り、一心不乱に、何かを、創り始めた。
その姿は、もはや、引きこもりの少女ではない。自らの天職を見出した、孤高の、天才芸術家だった。
「…終わった、みたいね」
リリスが、呆れたように、呟いた。
「ねえねえ、ノーム!」
アイが、岩を削るのに夢中な、ノームに、声をかけた。
「最後の、火の精霊って、どこにいるか、知らない?」
「…サラマンダー?」
ノームは、手を止めることなく、面倒くさそうに、答えた。
「あんな、暑苦しくて、うるさいだけの、脳筋トカゲ、知らない。…南の、『龍の顎火山』にでも、いるんじゃないの。…もう、話しかけないで。今、集中してるから」
その、あまりにも、素っ気ない態度。
彼女は、完全に、自分の世界へと、戻ってしまった。
一行は、一心不乱に、巨大な『球体』を、彫り続ける、土の精霊に、そっと、背を向けた。
ユウマは、腕の中で、大地のように、どっしりとした、安定感を増した、チビすけを見つめる。
彼は、ただ、引きこもりの少女に、当たり前の、アドバイスをしただけなのに。
その結果、彼は、一人の、天才芸術家の、ミューズ(創作の女神)に、なってしまった。
次なる目的地は、南の火山。
そして、最後の試練の相手は、「暑苦しくて、うるさい、脳筋トカゲ」。
ユウマの、心労は、まだまだ、尽きそうになかった。




