第六十四話 求婚の行方と、次の大地
「では、私が、母親に、なってさしあげましょう」
水の精霊ウンディーネの、あまりにも純粋で、あまりにも突拍子もない求婚。
その言葉は、沈黙の森に、かつてないほどの、混沌を巻き起こしていた。
「だ、だめです! 賢者様は、万人のものです!」
「フン! 主君の血筋は、魔族である俺が!」
「あらあら、面白くなってきたわねえ」
「主サマ、逆ハーレムじゃん! 超ウケる!」
仲間たちが、好き勝手なことを叫んでいる。
その中心で、ユウマは、ウンディーネに頬を撫でられたまま、完全に、石化していた。
(母親!? なにそれ!? 俺、この人と結婚すんの!? 無理無理無理! 心の準備とか、そういうレベルの話じゃないから!)
ユウマの**『結婚からの全力逃避』の叫び。
それが、ウンディーネの『純粋な、種の保存(?)への欲求』**と、激しく衝突した。
【ユウマの『拒絶(無理!)』という概念が、ウンディーネの『純粋な好意(素敵!)』によって、『照れ隠し(嬉しい!)』の概念へと反転・昇華される】
ユウマが、パニックのあまり、ぶんぶんと、首を激しく横に振る。
その、必死の拒絶の仕草が、ウンディーネの、恋する(と思い込んでいる)乙女の目には、全く違う意味で、映ってしまった。
「まあ…」
ウンディーネは、嬉しそうに、くすりと、微笑んだ。
その笑みは、百の花が、一斉に咲き誇るかのように、美しかった。
「…そんなに、首を横に振って…。照れていらっしゃるのですね。うふふ、可愛らしい方」
「(ちがあああああう!!)」
ユウマの、心の絶叫は、もはや、誰にも届かない。
ウンディーネは、名残惜しそうに、ユウマの頬から、手を離した。
「…分かりました。今は、この子の、祝福を巡る、大切な旅の途中。私の、個人的な想いを、押し付けるのは、やめておきましょう」
彼女は、どこまでも、話の分かる、美しい精霊だった。
「その代わり」
ウンディーネは、ユウマの瞳を、じっと見つめ、言った。
「貴方が、全ての試練を終え、この子が、真に、大地に根ざす時。…その時は、必ず、私の元へ、お戻りください。…待っていますから」
それは、未来への、約束。
丁寧な言葉で包まれた、決して、逃れることのできない、婚約の誓いだった。
ユウマは、もはや、頷くことも、首を横に振ることもできず、ただ、その場で、あわあわと、口をパクパクさせることしかできなかった。
ウンディーネは、満足げに微笑むと、そっと、水面に手を触れた。
すると、一行の足元に、一枚の、巨大な蓮の葉が、現れた。
「さあ、お乗りなさい。次の場所まで、私が、送ってさしあげましょう」
一行が、その葉に乗ると、葉は、まるで、魔法の絨毯のように、音もなく、湖の上を滑り始めた。
森を抜け、川を下り、その速度は、どんどん、上がっていく。
周囲の景色が、目まぐるしい速さで、後ろへと、飛んでいった。
やがて、一行がたどり着いたのは、広大な、茶色い大地が、どこまでも続く、荒野だった。
地面は、乾燥してひび割れ、生命の気配が、ほとんどない。
「ここが、土の精霊、ノームの領域。『嘆きの大地』です」
ウンディーネは、名残惜しそうに、ユウマを見つめた。
「…では、私は、ここまで。…必ず、ですよ」
彼女は、最後に、もう一度、念を押すと、すうっ、と、水の中へと、姿を消していった。
後に残されたのは、荒涼とした大地と、呆然と立ち尽くす、ユウマたちだった。
「…主サマ、マジで、精霊と婚約しちゃったじゃん…」
アイが、面白そうに、ユウマの脇腹を、つつく。
「やるぅ!」
「(全然、やるぅ、じゃないんだよ…!)」
ユウマは、これから、攻略しなければならない、三人目の精霊のことよりも、試練を終えた後に、待っているであろう、あまりにも、美しすぎる許嫁のことから、どうやって、逃げ出すか、という、全く、別の、そして、より、深刻な問題に、頭を悩ませるのであった。




