第六十三話 湖の祝福と、母性の目覚め
花の橋を渡り、巨大な蓮の花の上にたどり着くと、そこは、柔らかな光と、水の清らかな香りに満ちていた。
水の精霊、ウンディーネは、一行を、特に、ユウマの腕の中にいるチビすけを、慈愛に満ちた瞳で見つめていた。
「よく、来てくれました。…そして、私を、長い眠りから、目覚めさせてくれて、ありがとう」
その声は、湖の水面を撫でる、優しい風のようだった。
「あの…」
ユウマが、おどおどと、口を開いた。
「この子の、祝福を、お願いしに、来ました」
「ええ、分かっています」
ウンディーネは、にっこりと微笑むと、ユウマの腕の中の宝玉を、そっと、覗き込んだ。
「なんて、可愛らしいのでしょう。まだ、生まれたばかりの、小さな、小さな光。…風の子の、祝福も、受けているのですね」
彼女は、その、白魚のような指先を、宝玉に、そっと、触れさせた。
指先から、清らかな、蒼い光が、宝玉の中へと、溶けるように、流れ込んでいく。
ユウマの腕の中のチビすけは、その、あまりにも心地よい、水の祝福に、嬉しそうに、きゅるる、と鳴いた。
宝玉の中で、二枚目の葉に続き、三枚目の、瑞々しい、雫の形をした葉が、ゆっくりと、芽生えていく。
「…これで、私の祝福は、終わりました」
ウンディーネは、満足げに、頷いた。
「この子は、いかなる水辺においても、その身を清め、力を得ることができるでしょう。そして、その涙は、枯れた大地すらも、潤す、癒しの雫となります」
「おお…!」
アリアが、その、あまりにも神々しい祝福の内容に、感動の声を上げる。
ユウマは、腕の中で、さらに、力強い光を放ち始めた、我が子(?)を、見つめていた。
(なんか、どんどん、すごい能力、付与されていくな、こいつ…)
祝福を終えたウンディーネは、名残惜しそうに、チビすけから、視線を外すと、今度は、まっすぐに、ユウマの瞳を、見つめた。
その、湖の底よりも、深い、蒼い瞳に見つめられ、ユウマは、思わず、息を呑む。
「…不思議な方」
ウンディーネは、静かに、呟いた。
「貴方からは、何の力も、感じられない。それなのに、どうして、こんなにも、温かいのでしょう。まるで、全ての命の、源となる、最初の、一滴のよう…」
彼女は、そっと、ユウマの頬に、手を伸ばした。
その手は、ひんやりとしていて、心地よかった。
「…貴方が、この子の、父親なのですね」
「(…また、その話か…)」
ユウマが、うんざりとした気持ちで、頷こうとした、その時。
ウンディーネは、うっとりとした、母性溢れる表情で、衝撃的な一言を、口にした。
「では、私が、母親に、なってさしあげましょう」
「「「「「はあああああ!?」」」」」
ユウマと、仲間たちの、絶叫が、綺麗に、ハモった。
それは、この『沈黙の森』で、数千年ぶりに響き渡った、魂からの叫びだった。
「な、何を、おっしゃるのですか!」
アリアが、慌てて、前に出る。
「賢者様は、そのような、俗世の、男女の、関係とは、無縁の、お方です!」
「あら、そうかしら?」
ウンディーネは、小首を傾げた。
「この子は、この世界に、新たな生命の息吹を、もたらしてくれた。こんな、素晴らしい子を、産み落とした、父君の、血を、私も、受け継ぎたい、と思うのは、自然なことでしょう?」
彼女の、あまりにも、純粋で、悪意のない、そして、生物の根源的な欲求に基づいた言葉に、誰も、反論できない。
「主サマ、超モテるじゃん! やるぅ!」
アイだけが、全く、空気を読まずに、はしゃいでいる。
「おい、水の女! 我が主君に、気安く触れるな!」
ガガルが、嫉妬の炎を燃やす。
リリスは、その、カオスな求婚劇を、腹を抱えて、笑っていた。
「アハハハ! いいじゃない! 精霊の女王を、愛人にするなんて! 魔王でも、やったことないわよ!」
ユウマは、自分の頬に、優しく触れ続ける、絶世の美女と、それを見て、大騒ぎしている仲間たちの間で、完全に、思考が、フリーズしていた。
彼は、ただ、子供の、祝福をもらいに来ただけなのに。
どうして、自分が、いきなり、求婚される展開になっているのか。
もはや、彼の、ちっぽけな、常識では、到底、理解が、追いつかなかった。




