第6話:臆病者のカウンターと精霊の宝玉
翌朝、ユウマは村人全員の盛大な見送りを受け、半ば強制的に鉱山へと送り出された。
村長からは「村の英雄に!」と涙ながらに手を握られ、子供たちからは「サモナー様がんばって!」と無邪気な声援を送られる。それは、ユウマにとって地獄への出陣セレモニーに他ならなかった。
「では、ユウマ様、参りましょうぞ! このガガルが、貴方様の進む道を切り開きます!」
「賢者様、山の気は淀んでおります。聖なる祈りで、道中をお守りいたします」
「ねえユウマ、まだそんなに怖がってるの? フフフ、面白いわ。今回はどんな手で私を驚かせてくれるのかしら」
三人の狂信者たちに囲まれ、ユウマはただただ、このまま引き返したいという衝動と戦っていた。
鉱山の中は、ひんやりと湿った空気が漂っていた。
放置されたツルハシや、壊れたトロッコが不気味な影を作る。奥から聞こえる水の滴る音が、やけに大きく反響していた。
ユウマは、その度に「ビクッ!」と肩を震わせる。
「フム…さすがはユウマ様。些細な物音も聞き逃さず、常に警戒を怠らないとは」
「山の精霊が、賢者様の来訪に気づき、囁いているのですね…」
(ただ怖いだけだよ!)
心の中のツッコミは、もちろん誰にも届かない。
一行が最も広い空洞に出た、その時だった。
ズシン、という重い足音と共に、巨大な影が姿を現した。
岩石でできた、身の丈5メートルはあろうかという巨兵――ロックゴーレムだ。その胸の中央には、周囲の岩とは明らかに異質な、鈍く黒い石が埋め込まれている。あれが「コア」に違いない。
「出たな、魔物め! ユウマ様の御前である、無礼を許さ…」
「待って待って待って! いきなり攻撃しないで! 話し合いで解決できるかもしれないだろ!」
ガガルが戦斧を構えるより早く、ユウマは悲鳴のような制止の声を上げた。
彼の意図は100%「時間稼ぎ」と「戦闘回避」だったが、仲間たちはそれを「知性なき魔物にも対話の機会を与えようとする、究極の慈悲と知略」だと解釈した。
しかし、ゴーレムはプログラムされた守護者だ。対話など通じるはずもなく、侵入者であるユウマたちを排除するため、巨大な腕を振り上げた。
その狙いは、最も魔力の強いガガルでも、聖なる力を放つアリアでもない。
なぜか、その中央で一番無力そうにしている、ユウマだった。
「なんで俺!?」
巨大な岩の腕が、猛スピードで迫ってくる。ユウマは腰を抜かし、その場にへたり込んだ。
もうダメだ。潰される。
だが、ゴーレムはユウマを握り潰すことなく、その巨大な両手で、彼の身体を優しく、しかし万力のような力で拘束した。守護者としての命令は「侵入者の排除」。ただ、彼を掴んで鉱山の外へ放り出すつもりなのだ。
しかし、ユウマにそんな事情はわからない。
全身を締め上げる圧倒的な圧力。ミシミシと軋む骨。これは、彼にとって明確な**「生命の危機」であり「悪意」**だった。
その瞬間、ユウマの身体から、黒紫色のオーラが閃光のように迸った。
**『災厄反転』**が発動したのだ。
ゴーレムがユウマに与えた「締め上げる物理圧力」が、悪意として認定され、100倍になって跳ね返る。
その矛先は、ゴーレムの全身ではない。全てのエネルギーは、動力源である胸の「コア」ただ一点に、奔流となって集中した。
ピシッ。
ゴーレムのコアに、小さな亀裂が入る。
次の瞬間、コアは内側から凄まじい光を放ち、ガラス細工のように粉々に砕け散った。
光を失ったゴーレムは、その場で動きを止め、ガラガラと音を立てて崩れ落ち、ただの岩の山に戻った。
後に残されたのは、岩の山の上で、恐怖のあまり呆然と座り込んでいるユウマと、静寂だけだった。
仲間たちは、今目の前で起こった出来事が理解できず、息を呑んで立ち尽くしている。
カラン、と乾いた音がした。
砕け散ったコアの破片の中から、ただ一つ、内包されていた宝物が姿を現す。
あらゆる不純物を取り除いた、究極の水晶のような、眩い光を放つ宝石――**『精霊の宝玉』**が、まるで主を選ぶかのように、ユウマの足元まで転がってきた。
ガガルが、震える声で呟いた。
「……ば、馬鹿な…。敵の力を、敵の内部で増幅させ、動力源のみを破壊する…。神の如きカウンターだ…」
アリアも、胸の前で十字を切る。
「自らの身を捧げ、魔物の悪意をその身で受け止め、聖なる力へと変えて浄化なされたのですね…。ああ、なんという自己犠牲…」
リリスは、初めて本気で驚愕した顔で、ユウマを見つめていた。
(…計算ずく? 捕まることすら、この結末に至るための筋書きだったっていうの…? 恐ろしい。あの魔神ですら、こんな戦術は考えつきもしない。この男、一体何者なの…?)
三者三様の、究極の勘違い。
当の本人は、足元で輝く宝玉を見つめ、自分がどうしてまだ生きているのか、全く理解できていなかった。
ただ、事態がさらに、とんでもなく悪い方向へ転がったことだけは、本能で理解していた。




