第五十八話 親の自覚と、新たな使命
ユウマの腕の中で、宝玉――いや、新たな精霊の赤子は、満足げに、温かい光を放っていた。
先ほどまで、ユウマの心を支配していた、不貞腐れた気持ちは、どこかへ消え去っていた。
代わりに、そこにあったのは、目の前の、ちっぽけで、頼りない、光る石ころ(我が子)に対する、なんとも言えない、むず痒いような、庇護欲のような、不思議な感情だった。
(…なんか、調子、狂うな…)
ユウマが、その温かい光を、ぼんやりと見つめていると、精霊王ファーンが、満足げに頷きながら、近づいてきた。
「ふぉっふぉっふぉ。どうやら、初めての『ミルク』は、お気に召したようじゃな」
「…じいちゃん…」
アイが、心配そうに尋ねる。
「この子、これから、どうなるの? ずっと、主サマの生命力を吸って、生きてくわけ?」
「それはいかん」
精霊王は、首を横に振った。
「この子は、この『生命の泉』から生まれた、次代の森の核となるべき存在。いつまでも、親の乳を吸うてはおれん。自らの足で立ち、この大地に、根を張らねばならんのじゃ」
「根を張る…?」
ユウマが、思わず、聞き返す。
「うむ」と、精霊王は、頷いた。
「そのためには、『定着の儀式』が必要じゃ。この国を支える、四つの大精霊――風のシルフィード、水のウンディーネ、土のノーム、火のサラマンダー。彼らの祝福を得て、初めて、この子は、真に、この地の精霊として、認められる」
つまり、RPGでよくある、「四天王を倒してこい」的なお使いイベントだ。
ユウマの顔が、一気に、引きつった。
(また、何かやらされるのかよ…!)
せっかく、戦争から逃げて、静かな場所に来られたと思ったのに。
今度は、この国で、新たな使命を、押し付けられようとしていた。
「嫌です」
ユウマは、即答した。
「俺は、もう、何もしません。ただ、ここで、静かに、暮らしたいんです。この子が、腹を空かせたら、ミルク(生命力)は、あげます。それ以外は、何もしませんから」
それは、彼の、ささやかで、切実な、ニート宣言だった。
しかし、その宣言を聞いた仲間たちは、当然のように、首を横に振った。
「主サマ、何言ってんの!」
アイが、呆れたように言った。
「この子のためじゃん! パパになったんでしょ! ちょっとは、父親らしいこと、しなよ!」
「(パパ…!)」
その言葉が、ユウマの胸に、ぐさりと突き刺さる。
「そうですぞ、ユウマ様!」
ガガルも、砕け散った心から、いつの間にか復活していた。
「若君の、輝かしい未来のため! 四大精霊の試練など、我々にかかれば、赤子の手をひねるようなもの!」
「ええ、賢者様。これは、貴方様が、この地にお産みになられた、聖なる命に対する、貴方様の、最初の『愛』の試練なのですわ」
アリアの瞳は、もはや、完全に、イエス・キリストを見守る、聖母マリアのそれだった。
リリスでさえ、面白そうに、ユウマの顔を覗き込んでいる。
「あら、どうするの? 父親としての、責任を、放棄するつもり?」
責任。
その言葉が、ユウマの、最後の逃げ道を、完全に、塞いだ。
(…ああ、もう、分かったよ…! やればいいんだろ、やれば!)
ユウマは、心の中で、降伏の白旗を上げた。
彼は、腕の中で、すやすやと、幸せそうに光る、宝玉を見つめる。
こいつのために、もう少しだけ、面倒事に付き合ってやるか。
そんな、諦めにも似た、しかし、確かな『親の自覚』が、彼の心に、芽生えていた。
「…よし、決まりね!」
ユウマの、苦渋に満ちた表情を、仲間たちは、やる気に満ちた表情だと、勝手に解釈した。
アイが、元気よく、宝玉を指さした。
「じゃあさ、ちゃんとした名前が決まるまで、この子のあだ名、決めよ! ウチ、考えたんだ! 『チビすけ』って、どう!?」
「(ち、チビすけ…!?)」
ユウマは、その、あまりにも、あんまりなネーミングセンスに、絶句した。
しかし、腕の中の宝玉は、その呼びかけに応えるかのように、ちかっ、と、一際、嬉しそうに、輝いた。
「おお! 若君が、お喜びだ!」
「まあ、可愛らしいお名前ですわ!」
ユウマは、もはや、何も言えなかった。
彼は、腕の中で輝く、我が子『チビすけ』と、それを見て、はしゃいでいる、能天気な仲間たちを、交互に見比べた。
そして、これから始まるであろう、さらなる面倒な旅路を思い、深く、深く、ため息をつくしかなかった。
こうして、ユウマの、新米パパとしての、最初の試練の旅が、今、始まろうとしていた。




