第五十六話 賢者の不貞腐れと、宝玉の芽生え
「おぬしに、見せたいものが、ある」
精霊王ファーンの、穏やかだが、有無を言わせぬ言葉。
しかし、ユウマは、動かなかった。
壁に向かって体育座りをしたまま、完全に、沈黙を貫いている。
(もう、知らない。話しかけるな。俺は、石になるんだ…)
彼の、あまりにも子供じみた抵抗に、精霊王は、ふぉっふぉっふぉ、と、楽しそうに笑った。
「そう、拗ねるでないわい。まあ、来ぬとあらば、ワシ一人で行くだけじゃが…。おぬしが、この世界に、何を生み出してしまったのか、見れずとも、よいのかのう?」
「(生み出した…?)」
ユウマの耳が、ぴくりと動いた。
その隙を、仲間たちが見逃すはずがない。
「主サマ、行こ! じいちゃんが、見せたいモンあるって!」
「そうですわ、賢者様! きっと、何か、素晴らしいことが!」
アイとアリアに、両腕を引かれ、ユウマは、結局、不承不承、立ち上がらされた。
その後ろを、リリスが、面白そうに、そして、未だに魂の抜けたガガルが、幽鬼のように、ついてくる。
一行が、再び、あの『生命の泉』へとたどり着くと、ユウマは、目を見張った。
泉は、昨日見た時よりも、さらに、生命力に満ち溢れていた。水面は、まるで、生きているかのように、穏やかな光を放ち、周囲には、見たこともない、美しい鳥や、小動物たちが、集まってきている。
楽園、そのものだった。
しかし、精霊王が、ユウマに見せたかったのは、その光景ではなかった。
「あれを、見るのじゃ」
王が指さしたのは、泉の中心。
かつて、黒い瘴気が、最も、激しく湧き出ていた、その場所。
そこに、『精霊の宝玉』が、ぷかぷかと、浮かんでいた。
しかし、その姿は、以前とは、明らかに、違っていた。
宝玉は、まるで、内側から、発光しているかのように、力強く、そして、温かい翠色の光を放っている。
そして、何よりも。
その、水晶のような、宝玉の中心に。
一本の、小さな、小さな、緑色の芽が、生まれていた。
「…芽…?」
ユウマが、呆然と呟く。
「そうじゃ」
精霊王は、感慨深げに、頷いた。
「『精霊の宝玉』は、この地の生命力の結晶。それが、おぬしの、あの、凄まじいまでの『生の渇望』を浴びて、その核が、目覚めたのじゃ」
王は、ユウマに向き直り、その目は、慈愛に満ちていた。
「あれは、ただの芽ではない。数千年来、この国では、生まれることのなかった、新たな『泉の精霊』の、赤子じゃよ。…そして、その命の親は、おぬしじゃ、ユウマ殿」
「……………は?」
「おぬしの、あの『死にたくない』という叫びが、この子を、産み落とした。言わば、あれは、おぬしの…子供じゃよ」
こども。
コドモ。
CHILD。
その単語が、ユウマの脳内で、危険な警告音となって、鳴り響いた。
(子供!? 俺に!? 無理無理無理無理! 結婚もしてないのに! ていうか、責任とか、絶対無理だから!)
ユウマの**『責任からの全力逃避』の叫び。
そして、その場にいる全員の『新たなる生命の誕生を祝福する』という思い**。
二つの概念が、衝突し、ユウマの意志とは、全く無関係に、一つの、絶対的な『繋がり』を、生み出した。
ユウマが、パニックのあまり、後ずさった、その瞬間。
泉の中心で、浮かんでいた宝玉が、すーっ、と、こちらへ飛んできた。
そして、まるで、親鳥の元へ帰る雛のように、ユウマの胸へと、そっと、飛び込んできた。
宝玉の中の、小さな芽が、ぽっ、と、ひときわ、温かい光を放つ。
まるで、「パパ、みーつけた」と、言っているかのように。
「おお…!」
アリアが、感動に、胸を押さえる。
「賢者様が、新たな精霊を、その身一つで、お産みになられた…! まさに、聖母…いえ、聖父の奇跡ですわ!」
「やば! 主サマ、いきなりパパになったん!? 超ウケるんだけど!」
アイが、携帯のカメラ機能がないことを、本気で悔しがっている。
「…石ころと、子供を作った…? ふふ、ふふふ…。あんた、本当に、私の想像を、いつも超えてくるわね…」
リリスは、もはや、面白すぎて、肩を震わせていた。
壁際で、落ち込んでいたガガルでさえ、その光景を見て、ハッと顔を上げた。
(ユウマ様の…お子…? ということは、若君…!? おお…! このガガル、守るべきものが、また一つ、増えてしまった…!)
彼は、勝手に、新たな忠誠を、心に誓っていた。
ユウマは、胸に、温かい宝玉(赤ん坊)を抱きしめたまま、完全に、フリーズしていた。
不貞腐れて、全てを放棄しようとした、結果が、これだ。
彼は、この異世界に来て、最も、重く、そして、逃れられない『責任』を、その両腕に、抱いてしまった。
王国大賢者ユウマ。
本日、一児の父(?)となる。
彼の、安息の日は、もはや、永遠に、やってこない。




