第五十話 エルフの部屋と、宝玉の異変
アイの家、『AI★HOUSE』での一夜は、ユウマにとって、安らぎとは程遠いものだった。
まず、寝床の確保からして、カオスだった。
「主サマは、当然、ウチのベッドね!」
アイが、当然のようにユウマを案内したのは、部屋の奥にある、フリフリのレースと、大量のぬいぐるみで飾られた、あまりにも少女趣味な天蓋付きベッドだった。
「いや、俺は、床で…」
「ダメに決まってんじゃん! 主サマを床に寝かせるとか、ありえないし!」
ユウマは、有無を言わさず、その甘い香りのするベッドへと押し込まれた。
一方、他の仲間たちは、思い思いの場所を確保していた。
ガガルは、床に落ちていた『最強魔王への道』という漫画を、聖典のように熟読しながら、部屋の隅で満足げに陣取っている。時折、「なるほど! 魔王たるもの、まずは『生徒会』を支配下に置くのが定石か!」などと、ブツブツ呟いていた。
アリアは、部屋のあまりの俗っぽさに、少し引き気味だったが、自ら聖なる結界を張った一角で、静かに祈りを捧げている。
リリスは、なぜか、アイのクローゼットの中から、一番肌触りの良い服を数枚拝借し、それを敷布団代わりにして、快適そうに寝転んでいた。
ユウマは、ぬいぐるみに囲まれ、レースの天蓋を見上げながら、静かに思った。
(俺、何やってんだろ…)
その夜、ユウマは、なかなか寝付けなかった。
慣れない環境のせいか、それとも、自分の未来への不安からか。
彼は、お守りのように、懐に入れていた『精霊の宝玉』を、そっと取り出し、月明かりにかざしてみた。
(結局、こいつのせいで、俺の人生、めちゃくちゃだよな…)
そんな、恨み言めいたことを、考えた、その瞬間だった。
宝玉が、まるで、ユウマの言葉に反応したかのように、その輝きを変えた。
これまでのような、清らかで、力強い光ではない。
まるで、病人の呼吸のように、弱々しく、そして、どこか苦しげな、黒ずんだ光を、明滅させ始めたのだ。
「え…?」
宝玉から、ズキリ、と、痛みに似た感覚が、ユウマの手に伝わってくる。
思わず、彼は、宝玉をベッドの上に落としてしまった。
「…主サマ?」
物音に気づいたのか、床で寝ていたアイが、身を起こした。彼女の、エルフ特有の鋭い感覚が、即座に、宝玉の異変を察知する。
「…宝玉が…泣いてる…?」
その言葉に、ガガル、アリア、リリスも、一斉に、ベッドの上の宝玉へと視線を向けた。
宝玉は、まるで、何かに蝕まれているかのように、その輝きを、どんどん失っていく。
(どうしよう…俺のせいか…? 俺が、文句言ったから…?)
ユウマは、パニックになりながら、再び、宝玉を手に取った。
(ごめん、ごめんって! 頼むから、元に戻ってくれ…!)
ユウマの、純粋な**『心配』と『焦り』。
それが、弱り切った宝玉を介して、彼の仲間たちの『信仰』**と共鳴し、『概念誘導』を、新たな形で発動させた。
ユウマの意識が、宝玉の内側へと、引きずり込まれるような感覚に陥る。
彼の脳裏に、断片的な、しかし、鮮明なイメージが、流れ込んできた。
(黒い…泥…? 何かが…腐って…泉が…枯れて…)
「う…あ…」
ユウマの口から、無意識に、うめき声が漏れた。
「黒い…何かが…泉を…汚して…る…」
それは、彼自身にも、意味の分からない、ただの幻覚。
しかし、その言葉を聞いた仲間たちの表情は、一変していた。
彼らには、それが、大賢者が、宝玉を通して、この地の『病巣』を、神眼で見抜いた言葉に、聞こえていたのだ。
「「「!」」」
その、張り詰めた空気を破って、静かに、アイの家の扉が開かれた。
そこに立っていたのは、いつかの、人の良さそうな笑顔を消し、厳しい、そして、悲しげな表情を浮かべた、精霊王ファーンだった。
「…やはり、おぬしには、分かってしもうたか」
精霊王は、弱々しく明滅する宝玉と、苦悶の表情を浮かべるユウマを、交互に見つめた。
「ようこそ、大賢者ユウマよ。歓迎は、ここまでじゃ」
彼の声には、深い、絶望の色が滲んでいた。
「おぬしが、今、垣間見たもの。それこそが、この『精霊の国』を、内側から蝕み続ける、不治の病の正体なのじゃよ」
ユウマの、安息を求めた旅は、終わりを告げた。
彼は、逃げ込んだ先の楽園で、その楽園そのものを、死に至らしめる病の、ど真ん中に、立たされているのだった。




