第四十九話 圏外の聖地と、エルフの自宅
「LINEもできないとか、マジありえないし」
アイの、あまりにも現代的な不満によって、ユウマのファンタジーへの憧れは、完全に砕け散った。
(俺の異世界、どうしてこうなった…)
「まあ、じいちゃんの家は、電波悪いからさ」
アイは、ユウマの絶望には気づかず、けろりと言った。
「今日は、ウチん家に泊まりなよ。ウチの部屋、この国で唯一、マザーツリーのWi-Fiが、ギリ三本立つ神スポットだから」
「(Wi-Fi…)」
ユウ-マは、もはやツッコむ気力もなかった。
「てことで、こっちこっち!」
アイに腕を引かれるまま、一行は、精霊王の水晶の塔を後にし、集落の中心部へと向かって歩き始めた。
道中、すれ違うエルフたちは、皆、驚くほど美男美女だった。彼らは、ユウマたち、特に、その中に混じるガガルの姿を見て、一瞬、驚きの表情を浮かべるが、すぐに、穏やかな笑みを浮かべて、会釈をしてくれる。
「フン。なかなか、礼儀の正しい連中ではないか」
ガガルは、まんざらでもない様子だ。
「まあね。ここ、マジ平和だから」
アイが、得意げに言った。
「じいちゃんが、国の外の面倒なこと、全部シャットアウトしてるし。うちら、ニートみたいなもんよ」
「(ニート…)」
ユウ-マは、聖なる民であるはずのエルフの、あまりにも俗っぽい自己評価に、めまいがした。
やがて、一行は、ひときわ大きな、光り輝くキノコを、そのままくり抜いて作ったかのような、可愛らしい家の前にたどり着いた。
ドアには、『AI★HOUSE』と、下手くそな手書き文字で書かれたプレートがぶら下がっている。
「ここ、ウチん家。まあ、適当に入って入って」
アイが扉を開けると、そこには、ユウ-マの想像を、再び斜め上に裏切る光景が広がっていた。
家の内装は、確かに、木の温もりを生かした、ファンタジー的な作りではある。
しかし、そのあちこちに、どう見ても、この世界の文明レベルとは思えない、異質なものが、散乱していた。
壁には、なぜか、前世でユウ-マがバイトしていたコンビニの、ポスターが貼られている。
床には、空になったポテトチップスの袋らしきものや、読みかけの漫画雑誌のようなものが、散らばっていた。
そして、部屋の奥には、巨大な水晶が置かれているのだが、その表面には、なぜか、猫が追いかけっこをする、ループ動画のようなものが、延々と映し出されていた。
「…あの、アイさん」
ユウ-マが、恐る恐る、壁のポスターを指さした。
「これって…」
「ああ、これ?」
アイは、面倒くさそうに言った。
「なんか、たまに、次元のゴミ捨て場みたいなとこに繋がること、あんだよね、この森。そん時に、拾ったヤツ。絵柄、ウケるよね」
(次元のゴミ捨て場…)
ユウ-マは、自分のいた世界が、この世界では、その程度の認識なのだという事実に、静かに、涙した。
「てか、それより、主サマ!」
アイが、目を輝かせて、ユウ-マの手を引いた。
「見て見て! これが、ウチの、自慢のコレクション!」
彼女が指さしたのは、部屋の隅に、山と積まれた、無数の、キラキラとした石だった。
それは、一見すると、ただの綺麗な石ころにしか見えない。
「『精霊の宝玉』を探す旅の途中でさ、各地で見つけた、キラキラした石、全部集めてんの! 可愛くない? これとか、超レアなんだから!」
アイが、得意げに差し出したのは、どう見ても、ただの、川原に落ちている、丸い石だった。
ユウ-マは、絶句した。
このエルフは、聖なる使命感に燃える、気高き騎士などではなかった。
ただの、キラキラしたものが大好きな、収集癖のある、ちょっと残念なギャルだったのだ。
「…綺麗だね」
ユウ-マが、引きつった笑みでそう言うと、アイは、心底嬉しそうに、はにかんだ。
その時、ガガルが、床に落ちていた漫画雑誌を拾い上げ、真剣な顔で、ユウ-マに見せた。
「ユウ-マ様! この書物には、『最強魔王への道』と書かれております! やはり、ここにも、貴方様の覇道を示す、天啓が!」
「…それ、もう、いいから…」
ユウ-マは、この、あまりにもカオスで、あまりにも俗っぽい、エルフの家に、自分が、今夜、泊まらなければならないという現実に、ただただ、遠い目をするしかなかった。
彼の、安住の地を求める旅は、まだまだ、続きそうだった。




