第四十八話 精霊の国の歩き方と、ギャルの解説
大樹の幹に開かれた光の門をくぐった瞬間、ユウマは、息を呑んだ。
そこは、彼の知る、どんな景色とも違う、光と色彩に満ちた世界だった。
空には、柔らかなオーロラが絶えず揺らめき、地面には、水晶のように透き通った小川が、キラキラと輝きながら流れている。建物は、巨大な花や、自然に伸びた樹木が、そのままの形で利用されており、全てが、自然と一体化していた。
(すごい…。本当に、おとぎ話の世界だ…)
戦争も、政争も、面倒な勘違いもない。ただ、美しく、穏やかな世界。
ユウマは、ついに、安住の地を見つけたと、心の底から感動していた。
「ふぉっふぉっふぉ。どうじゃな、気に入ったかの?」
精霊王ファーンが、満足げに笑う。
「さあ、アイや。客人たちに、ワシの自慢の庭を、案内してやっておくれ」
「任せといて、じいちゃん!」
アイは、元気よく返事をすると、ユウマの腕をぐいっと引っ張った。
「主サマ、こっちこっち! ウチが、最強のガイド、してあげるから!」
こうして、アイによる、「聖地・精霊の国ツアー」が始まった。
最初に、一行の周りに、無数の、小さな光の玉が集まってきた。それらは、蝶のように舞い、キラキラとした光の粉を振りまく。あまりにも幻想的な光景に、アリアが、うっとりとため息をついた。
「まあ…。精霊たちが、私達を歓迎してくれているようですわ…」
「あ、こいつら?」
アイは、鬱陶しそうに、顔の周りを飛ぶ光を手で払いながら言った。
「光ってるだけが取り柄の、ただの虫みたいなもんだから、気にしなくていーよ。たまに目に入るとちょー痛いから、マジウザいんだけどね」
「(ただの虫…)」
アリアの感動が、音を立てて崩れていく。
次に、一行は、川岸へとたどり着いた。その川は、水ではなく、まるで溶かした虹のように、七色の液体が、ゆったりと流れていた。
「おお! なんという、濃密な魔力の奔流! これが、伝説に聞く『マナの川』か!」
ガガルが、興奮に声を上げる。
「ああ、これね」
アイは、鼻をつまむような仕草をした。
「昔は超キレイだったんだけど、最近じいちゃんが、足湯代わりに使ってるから、なんか、おっさんのダシが出てる気がして、ウチらは近寄んないようにしてんの」
「(おっさんの…ダシ…)」
ガガルの興奮が、急速に冷めていく。
道中、道端に腰掛けていた、岩の巨人が、一行に気づくと、ゆっくりと、しかし恭しく、頭を下げた。
「おお…! 大地の化身たるゴーレムが、賢者様に敬意を…!」
アリアが、再び感動を取り戻す。
「あ、ガンテツさん、ちーっす」
アイは、慣れた様子で、岩の巨人に手を振った。
「こいつ、マジうけるよ。見た目こーだけど、話しかけると『今日ノ天気ハ、晴レ…』しか言わないから。完全にボケてんの」
「(ガンテツさん…)」
アリアの感動が、再び、粉々になった。
やがて、一行は、ひときわ高くそびえる、巨大な水晶の塔の前へとやってきた。その塔は、オーロラの光を反射して、この世のものとは思えぬほど、美しく輝いていた。
ユウマは、その神々しいまでの光景に、今日一番の感動を覚えていた。
(すごい…! これだよ! これこそ、俺が夢見た、ファンタジーの世界だ!)
アイは、その塔を指さして言った。
「あそこが、じいちゃんの家ね」
「すごいな…! あんな綺麗なところに住んでるなんて!」
ユウマが、興奮気味に言うと、アイは、なぜか、不満げに頬を膨らませた。
「まあ、見た目はいーんだけどさあ」
彼女は、ぼやくように言った。
「あそこ、壁が水晶で厚すぎるせいで、念話の石の、感度が、マジ悪いのよね。ほとんど、圏外。LINEもできないとか、マジありえないし」
「(圏外…)」
ユウマの、最後の、そして最大の感動が、現代的すぎる不満の一言によって、木っ端微塵に、砕け散った。
彼は、静かに、天を仰いだ。
確かに、ここは、穏やかで、美しい世界だ。
しかし、どうやら、彼が夢見た、荘厳で、神秘に満ちたファンタジーの世界、というわけでは、ないらしい。
ユウマは、自分が、どこまで行っても、こういう「思ってたのと違う」という現実から、逃れられない運命なのだということを、静かに、悟ったのだった。




