第四十七話 精霊の小道と、森の王
『友よ、こちらへ』
トレントが示したのは、森に認められた者だけが通ることを許される、『精霊の小道』だった。
一行は、まるで神話の世界を旅しているかのように、幻想的な光景の中を進んでいった。
やがて、その不思議な旅は、終わりを告げる。
たどり着いたのは、森の奥深くに、ぽっかりと空いた、巨大な円形の広場だった。
そして、その中央には、天を突き、雲を貫くほどの、一本の、巨大な、巨大な大樹が、そびえ立っていた。
その幹は、白銀に輝き、枝葉からは、柔らかな光の雫が、絶えず降り注いでいる。
「…マザーツリー…」
アイが、呆然と呟いた。
「エルフの伝説に伝わる、森の心臓…。実在したなんて…」
一行を導いてきたトレントは、その大樹の前で、恭しくひざまずいた。
そして、古の言葉で、高らかに、その到来を告げた。
『王よ! 『返礼の儀』を執り行う、土の友を、お連れいたしました!』
その声に応えるように、大樹の根元から、柔らかな光が集まり、ゆっくりと、人の形を成していく。
現れたのは、木の幹のようなローブを纏い、豊かな白髭をたくわえた、小柄で、人の良さそうな笑顔を浮かべた老人だった。
その姿を見るやいなや、アイが、ぱあっと顔を輝かせた。
「じいちゃん!!」
彼女は、それまでの緊張感をかなぐり捨て、その老人の元へと駆け寄った。
「おお、アイではないか。久しぶりじゃのう」
老人は、アイの頭を、わしゃわしゃと優しく撫でた。彼こそが、この森の全てを束ねる、精霊王ファーンだった。
「久しぶり、じゃないっての! じいちゃんが『精霊の宝玉』を無くしたとか言うから、里のみんな、どれだけ心配して、あたしがどれだけ苦労したと思ってんのよ!」
アイが、頬を膨らませて抗議する。
「はっはっは。すまんすまん。ちょっと、散歩の途中でな、落としてしまったようでのう」
精霊王は、悪びれる様子もなく、カラカラと笑った。
ユウマが命からがら手に入れた秘宝は、どうやら、この老人の、ただの落とし物だったらしい。
精霊王は、アイの頭を撫でながら、その視線を、ユウマへと移した。
彼は、ユウマの魂を覗き込むような、無粋な真似はしなかった。ただ、面白い玩具でも見るかのように、じっと、ユウマとその仲間たちを観察している。
「ほう…」
精霊王は、感心したように呟いた。
「魔王軍の生き残りに、女神の使徒、元魔神の眷属に、ワシの孫娘。…して、その中心にいるのが、ただの人の子、か。なんとも、奇妙な一行じゃのう」
彼は、ユウマの懐で輝く、宝玉に目をやった。
「宝玉が、おぬしを選んだのか。それとも、おぬしのその、とんでもない『厄介事を引き寄せる体質』が、宝玉を引き寄せたのか。…ふぉっふぉっふぉ。面白い、実に面白いわい」
その言葉に、ユウマは、ぎくりとした。
この老人は、もしかしたら、全て、お見通しなのではないか。
ユウマは、目の前の、計り知れない存在を前に、ただ、深々と、頭を下げることしかできなかった。
その、あまりにも普通で、礼儀正しいだけの反応を見て、精霊王は、満足げに頷いた。
「まあ、よい。礼儀正しいのは、良いことじゃ。長旅で、疲れたじゃろう」
精霊王は、ユウマたちに向かって、優しく微笑みかけた。
「ようこそ、『精霊の国』へ。試練などという、面倒なものはないわい。ワシの客として、ゆるりと、骨を休めていくとよい。話は、それからじゃ」
彼が、大樹の幹に、そっと手を触れる。
すると、大樹の幹が、光のカーテンのように、ゆっくりと開き、その向こうに、この世のものとは思えぬほど、美しく、穏やかな、光に満ちた世界への入り口が現れた。
ユウマは、呆然と、その光景を見つめていた。
試練も、戦いも、尋問もなかった。
ただ、人の良い「じいちゃん」が、孫娘の連れてきた客人を、温かく、家に招き入れてくれた。
ただ、それだけだった。
ユウ-"マは、この異世界に来て初めて、何の勘違いも、何の裏もなく、ただ、純粋な善意に触れた気がして、思わず、目頭が熱くなるのを感じたのだった。




