第四十三話 地下水道の脱出と、宝玉の導き
星見の塔の地下に広がる通路は、ひんやりと湿った空気が漂い、彼らの足音だけが不気味に反響していた。
文明の光から切り離された、完全な暗闇。ユウマは、恐怖で足がすくみそうになるのを、必死にこらえた。
「フン、ネズミの巣のような道だな。まどろっこしい!」
ガガルが、窮屈そうに天井を睨みながら不満を漏らす。
「静かになさい、ガガル。ここは、祈りの声がよく響く、神聖な場所でもあるのよ」
リリスが言うと、アリアが「そうですわ。かつての王たちが、何を想い、この道を通ったのか…歴史の重みを感じます」と、敬虔な声で続けた。
そんな中、一行の先頭を、迷いなく進む者がいた。
エルフのアイだった。
「こっちだって!風の流れ、全然違うし。もうすぐ外じゃん?」
彼女の瞳は、暗闇の中でも、まるで昼間のように、進むべき道を見通しているようだった。居酒屋で見せた、あの自暴自棄な姿は、もはやどこにもない。使命を見出したエルフの目は、鋭く、そして澄み切っていた。
彼女に導かれ、どれくらい歩いただろうか。
やがて、通路は終わりを告げ、錆びついた鉄格子がはめられた出口が見えてきた。ガガルが、その鉄格子を、まるで紙でも破るかのように軽々と引きちぎると、ひんやりとした夜の空気が、彼らの頬を撫でた。
一行が外に出たそこは、王都の城壁の外れにある、古い地下水道の排出口だった。
振り返ると、城壁の向こうに、王都の灯りが見える。自分たちの名前を冠した戦争の準備で、いつもより、その灯りは騒がしい。
「…出られた…」
ユウマは、久しぶりに吸う、自由な空気の味に、思わず呟いた。
美しい牢獄から、ついに、彼は逃げ出したのだ。
「ねえ、主サマ?」
安堵に浸るユウマに、アイが声をかけた。
「こっからは、フツーの道とか通れないかんね。森とか山とかマジ越えてく感じ?精霊にOKされたヤツしか通れない、古の道ってヤツだし」
彼女は、ユウマの胸元を、真っ直ぐに見つめた。
「ちょい、うちらが進む道、示してくんない?例の『カギ』でさ」
「か、鍵…? ああ、あの石か…」
ユウマは、懐からおそるおそる、『精霊の宝玉』を取り出した。これまで、勝手に人を吹き飛ばしたり、腕を喰ったりと、ろくなことをしなかったトラブルメーカーだ。
(今度は、爆発したりしないでくれよ…)
ユウマは、祈るような気持ちで、宝玉を、月明かりの下へと差し出した。
どうすればいいのか分からない。ただ、アイに言われた通りにしただけだった。
その瞬間。
ユウマの、ごくささやかな**『道を示してほしい』という願い**。
アイの、絶対的な**『宝玉は、主の呼びかけに応える』という信仰**。
その二つが共鳴し、宝玉は、初めて、穏やかで、美しい輝きを放った。
それは、暴力的な閃光ではない。まるで、蛍の光を集めたかのような、優しく、温かい翠色の光。
そして、その光は、宝玉の中心から、一本の細い光線となって、すっと、北東の空を指し示した。
その先には、月明かりに照らされた、巨大な古代樹の森が、黒い影となって、横たわっている。
「…やば…!」
アイが、感極まったように、息を呑んだ。
「マジできれいな光じゃん…。てか、超ウケる、伝説通りだし。宝玉って、マジの主にしか道とか示さないんだ!」
彼女は、ユウマに向き直り、その場に深く、ひざまずいた。
「主サマ、ユウマっち。ウチ、アイはさ、マジで命懸けで、約束の地?『精霊の国』まで、ナビってくから!」
「フン! 当然よ! ユウマ様の行く道は、常に光に照らされているのだ!」
「なんと、神々しい…。これこそ、聖地への巡礼ですわ…」
ガガルとアリアも、その神秘的な光景に、改めてユウマへの信仰を深めている。
リリスだけが、その光を分析するように、鋭い視線で観察していた。
(ただの道標じゃないわね…。空間そのものに、干渉している…? 面白い…)
ユウマは、自分の手の中でコンパスのように道を指し示す、便利な(しかし、相変わらず得体の知れない)石と、それを見て感動に打ち震える仲間たちを、交互に見比べた。
彼は、ただ、逃げたかっただけなのに。
いつの間にか、彼の逃避行は、伝説の聖地を目指す、壮大な聖者の巡礼へと、その意味を完全に書き換えられてしまっていた。
ユウマは、一度だけ、戦争へと向かう王都の灯りを見やると、静かにそれに背を向けた。
そして、宝玉が示す、暗く、深い、森の入り口へと、最初の一歩を、踏み出したのだった。




