第四十話:聖なる塔の介抱騒動
王国大賢者の住まい、『星見の塔』。
その、あまりにも荘厳で、静謐であるはずの空間に、ユウマは、頭を抱えていた。
原因は、最高級のビロードで覆われたソファの上で、「うぅ…おさけ…おかわり…」と、幸せそうな寝言を呟きながら、ぐっすり眠っている、絶世の美女エルフ、アイだった。
「…どうしよう、この人…」
ユウマの、途方に暮れた呟き。
それは、これから始まる、混沌の夜の、始まりを告げる、ゴングとなった。
「フン! 決まっておろう!」
最初に、行動を起こしたのは、ガガルだった。
彼は、アイの寝顔を、スパイでも見るかのような、険しい目つきで、睨みつけている。
「この、正体不明の、曲者め! 我が主君、ユウマ様の、慈悲深さに、つけこみ、まんまと、この、聖域に、潜り込むとは! 今すぐ、椅子に縛り付け、尋問してくれるわ!」
「やめろ! 普通に、介抱してるだけだから!」
ユウマは、本気で、縄を持ち出そうとする、ガガルを、必死に、羽交い締めにした。
「お待ちください、ガガルさん」
次に、動いたのは、アリアだった。彼女は、聖母のような、慈愛に満ちた、しかし、どこか、ズレた瞳で、アイを、見つめていた。
「この方は、きっと、深い悲しみのあまり、お酒に、逃げてしまった、哀れな、迷える子羊…。汚れた、俗世の酒で、その魂を、穢してしまわれたのですわ」
彼女は、どこからか、取り出した、銀の盥に、聖水を、なみなみと注ぎ始めた。
「わたくしの、聖なる祈りを込めた、この湯で、全身を、清め、魂の、浄化を、行いましょう! さあ、皆様、彼女の服を!」
「それもやめて! ただの酔っ払いだから! そんな、儀式みたいなことしたら、逆に、死んじゃうから!」
ユウマは、本気で、アイの服を、脱がせようとし始めた、アリアを、必死に、押しとどめた。
「あら、楽しそうじゃない」
ソファの、反対側に、いつの間にか、座っていた、リリスが、面白そうに、アイの、尖った耳を、つんつん、と突いている。
「綺麗な顔してるじゃない。こんな、無防備なところを、襲って、弄んでしまいたくなるわねぇ。…とりあえず、金目のもの、持ってないか、ポケット、探ってみましょうか」
「あんたが、一番、やめろ!」
尋問しようとする、脳筋獣人。
浄化しようとする、天然天使。
弄ぼうとする、元魔神の愛人。
その、あまりにも、カオスな、三者三様の、介抱(?)案。
ユウマは、ただ一人、必死に、ツッコミを入れ、彼らの、暴走を、食い止めていた。
その、時だった。
コン、コン。
部屋の扉が、控えめに、ノックされた。
入ってきたのは、完璧な、姿勢の、執事長ロデリックだった。その手には、銀の盆に乗せられた、湯気の立つ、ハーブティーが、置かれている。
「皆様、夜食の、ハーブティーを、お持ちいたしましたが…。…お取り込み中の、ようでしたかな?」
ロデリックは、部屋の、惨状―――縄を持つオーク、聖水の盥を持つ聖女、酔っ払いの耳を突く元愛人、そして、その真ん中で、頭を抱える主人―――を、見ても、一切、表情を、変えなかった。
「あ、いや、ロデリックさん、これは…」
ユウマが、しどろもどろに、説明しようとすると、ロデリックは、静かに、頷いた。
「左様でございますか。お客様が、お一人、増えられたのですね」
彼は、完璧な、一礼をすると、続けた。
「ならば、西棟の、来賓室を、ご用意いたします。パジャマは、シルクと、コットンの、二種類ございますが、エルフ族の方には、肌触りの良い、シルクが、好まれる傾向にございます。また、明日の朝には、二日酔いに、よく効く、薬草のスープも、ご用意させておきましょう」
その、あまりにも、完璧で、あまりにも、想定内であるかのような、対応。
部屋の、混沌とした空気が、一瞬で、浄化された。
「…ありがとう、ございます…」
ユ-マは、心の底から、この、完璧すぎる執事に、感謝した。
やがて、ロデリックによって、アイは、丁重に、来賓室へと、運ばれていった。
ようやく、訪れた、静寂。
仲間たちは、ハーブティーを、すすりながら、今日の、出来事を、振り返っていた。
「フン! 我が主君は、あの、酔っ払いを、使い、我々の、判断力を、試されたのだな! 俺は、まだまだ、未熟であった!」
「いいえ。賢者様は、苦しむ者を、決して、見捨てぬという、慈悲の心を、我々に、お示しになられたのですわ」
いつもの、壮大な、勘違い合戦。
ユウマは、もう、ツッコむ気力もなく、ソファに、深く、沈み込んだ。
その時、静かになった、来賓室の方から、微かに、声が聞こえてきた。
それは、夢うつつに、呟かれた、アイの、寝言だった。
「…みつけた…私の…『主』さま…」
その、一言を聞いて。
仲間たちの、ユウ-マを見る、目が、さらに、尊敬と、畏怖の、色を、深めた。
ユウ-マは、何も、聞こえていなかった。
彼は、ただ、静かに、思った。
(…明日は、きっと、平和な、一日でありますように…)
彼の、その、ささやかな願いが、翌朝、木っ端微塵に、砕け散ることを、まだ、彼は、知らない。




