第4話:気絶している間に伝説は完成する
ふかふか、だった。
硬い地面に額を擦りつけていたはずなのに、ユウマの背中を包んでいたのは、天国のように柔らかいベッドの感触だった。
(……あれ? 俺、気絶して……)
ゆっくりと目を開けると、見知らぬ木製の天井が目に入った。村の宿屋だろうか。それにしても、一番良い部屋のようだ。
ユウマが上半身を起こすと、ベッドの周りにいた三人の従者たちが、一斉に彼に注目した。
「おお、お目覚めになられましたか、ユウマ様!」
「賢者様、ご気分はいかがですか?」
「ん、おはよ、ユウマ。よく眠れた?」
三者三様の言葉。しかし、その瞳に宿る熱狂的な光は、全く同じ種類のものだった。
ユウマはこめかみを押さえながら尋ねる。
「……ここ、はどこだ? 俺は、あの後どうなったんだ?」
その問いに、アリアが誇らしげに胸を張って答えた。
「ご安心ください、賢者様。貴方様が慈悲の儀式の後に倒れられた後、村の方々が丁重にこの村長様のお屋敷までお運びしたのです。賢者様のお力と深いお考えは、すでに村の隅々まで伝わっております!」
ガガルも、満足げに腕を組む。
「フン。我が主の圧倒的な覇気をその身で感じ、ようやく己の立場を理解したのでしょう。村長をはじめ、村人全員がユウマ様への忠誠を誓っておりますぞ」
リリスは、しれっとユウマのベッドに腰掛けると、楽しそうに微笑んだ。
「すごいわよね、ユウマ。気絶してるだけで、一つの村が丸ごと手に入っちゃうんだから。力ずくで支配しようとしてた魔神が、なんだか可哀想になってきちゃうわ」
(ダメだ、こいつらとの会話はもう諦めよう…)
要するに、気絶している間に、勘違いがさらに加速・暴走し、既成事実化してしまった、ということらしい。
ユウマが頭を抱えていると、部屋の扉が丁寧なノックと共に開かれた。
入ってきたのは、初老の穏やかそうな男性――この村の村長だった。彼はユウマが目覚めているのを見ると、顔をぱあっと輝かせ、深々と頭を下げた。
「おお、お目覚めになられましたか、偉大なる召喚士様! この度は、我々のような辺境の村にようこそお越しくださいました! ささやかではございますが、歓迎の宴の準備が整っております!」
「はあ…どうも……」
もはや、何を言っても無駄だ。ユウマは力なく返事をする。
村長は、そのユウマの覇気のない姿すらも「大物ならではの落ち着き」と解釈しているようだった。
「実は…召喚士様がこの村へお越しになられたのは、我々を救うため、神々がお遣わしになったに違いないと、村中が噂しております!」
「……はあ?」
村長は、懇願するようにユウマににじり寄った。
「この村は、近くの鉱山から採れる鉱石で生計を立てております。しかし、ひと月ほど前から、鉱山の奥に恐ろしい魔物が住み着き、鉱夫たちが襲われ、村の経済は破綻寸前なのでございます! どうか、どうかその偉大なるお力で、魔物を討伐し、我々をお救いください!」
(やっぱりこうなるーーーーーッ!!)
ユウマは心の中で絶叫した。
勘違いが勘違いを呼び、いつの間にか村の救世主に祭り上げられている。魔物討伐など、元コンビニ店員の自分にできるわけがない。
断固として断らなければ。
「いや、あの、村長さん。それは大きな勘違……」
ユウマが断りの言葉を口にしようとした、その時。
ぐぅぅぅぅぅぅ………。
極度のストレスと空腹が、再びユウマの腹の虫を盛大に鳴らさせた。
その音を聞いた村長は、ハッと顔を上げた。
「も、申し訳ございません! 腹ペコの英雄に、お願い事ばかりするなど、なんと無礼な! まずは宴の席へ! 最高の料理と酒をご用意しております!」
ユウマは、「宴」という言葉を聞いて、ピクリと反応した。
(ちゃんとした、飯……)
洞窟で木の実をかじり、ガガルの腕を勧められる生活から一転、温かいご馳走が食べられる。
その誘惑は、あまりにも強大だった。
ユウマは、断る言葉を、そっと飲み込んだ。
そして、力なく、こくりと頷いた。
その瞬間、部屋にいた全員の顔が輝いた。
「おお! おお! やはり、我々の願いを聞き入れてくださるのですね!」
「さすがです、賢者様!」
「ユウマ様、ご決断、お見事であります!」
「やる気になったのね、ユウマ。楽しませてちょうだい」
(……もう、どうにでもなれ)
こうしてユウマは、温かい食事という名の断頭台へ、自らの足で歩みを進めることになった。
彼の伝説は、本人の意思を完全に無視して、また一つ、新たなページを刻もうとしていた。




